7話 ケンカ
「・・・・・・俺は…ぜってぇまけねぇ!!!」
「ふっ、望むところだ! さぁこい!」
緊迫した状態が続く。ただのババ抜きだが。
「なぁ龍希少年。お前はどっちが勝つと思う? 」
「正直なんでここまで和也さんが残ったのか不思議なくらいだ。てことで和也さんに一票で。」
「あたしもムッツーに一票! どう考えてもそこの筋肉ダルマが勝てるとは思わないしー。」
「あははは、龍神さん? そのムッツーてのやめて貰えますか?」
その要望には緋奈ではなく、結月雪が答えた。
「純情な女の子の下着を見るなんて最悪です。事故とかじゃなく故意に見たんですよね?」
「いやぁ…あの状況下じゃ仕方ないと…それにりゅ、」
「とにかく! ムッツーはムッツーなの!」
緋奈は強引に和也の話をきった。
「これだぁ!!!」
『!?』
「・・・・・・ち、ちくしょぉぉぉ!!!」
和也が一息つくと皇離が立ち上がる。
「んじゃ罰ゲームとして一週間俺達の掃除当番を代わりによろしくー。」
「そりゃないぜおーりー…」
「お前がババ抜きしようぜなんか言うからだろ?」
皇離は軽く受け流し、部屋を去った。皇離も艦長としての仕事があって忙しい。他のメンバーも部屋を後にする。龍希も部屋から出ようとすると、肩を叩かれた。振り向くと雪がいた。
「ちょっといいですか?」
雪のあとについていくと、雪と龍希がはじめて会った甲板で止まった。
「私とはじめて会った時のこと覚えてますか?」
「もちろん。あの時はが何がなんだか分からなかったけどな。」
「この船の能力者達は、夢の中で皇離に未来を見せられた方々で、やむを得ず親を日本に残したままこの紀伊に乗り込んだんです。でも来なかった方もいると皇離が言っていました。」
「結月は何で紀伊に乗ろうと思った? 俺なら…」
ふと思った。俺ならどうする? 今俺の両親は生きているのか? それとも…
龍希は記憶が無くなっていたため、確証は無かった。だが何となくそんな気がした。自分には家族と呼べる存在はいなかったと、
「俺はによく分からない。」
「私は家族に相談しました。私の能力に関しては既に話してあったので、すぐに信じてもらえました。そして家族としっかり話してから紀伊に乗船することを決断しました。」
「結月は強い人だな。俺なら逃げ出してしまいそうだ。」
「ではなぜ龍希さんはこの船を降りなかったんですか?」
「あの島で降りようともした。迷惑とか義理とかを考えなければ…自己満足になるけど、俺はこの船に乗って最後まで戦わなければならない、そんなことを思うんだ。」
雪は龍希を見て微笑んだ。と、龍希は不可解な言葉を、自分自身でも無意識に発した。
「それが自分自身のせめてもの罪滅ぼしだから。」
二人は息を飲んだ。少し不気味な雰囲気が漂った。
「つ、罪滅ぼし? えっ?」
「あれ? 今俺何て…」
「龍希さんは責任感が強いんですよ。私はそういうの嫌いじゃないですよ!」
二人はしばらく色々な話をした。雪の話を聞いていると、雪はすごい人だと誰でも分かる。
「私、勉強はしっかりやってたんですけど、運動は苦手だったんです。中学のころのマラソン大会は万年ビリ付近で…」
意外と多くのことを知っている龍希であるが、マラソン大会という言葉は聞いたことがなかった。学校については緋奈に教えてもらっていた。なぜか学校関係に関しては無知だったのだ。
「マラソン大会?」
「えっと…皆で何キロか走って競争するんですよ。」
龍希は無言で頷く。
「私は高校になって、運動が苦手なことを克服するために、毎朝ランニングしたんですよ。結果は変わりませんが…何事も努力は大切だと思います!」
すると後ろから足音がした。
「なにそれー。努力なんてしても無駄無駄。」
声の主は緋奈だった。
「龍神さん!?」
「だってさ、努力なんてあくまで仮定でしょ?結果は才能のある人間にいくら努力したところで勝てない…」
緋奈の言葉は、とても重い感じがした。
「なっ…そんなことはないです! 努力は実ります!」
「だっさ、そんなくだらないことも分からないの?」
「くだらない?…私がやっていることを否定してるってことですか!?」
「別に否定ってわけじゃないけど、仮定で満足しているようなやつがくだらないって言ってんの!」
「なっ…別に私は…」
「なら何で龍希にそんなことを話したの?」
「そ、それは…龍神さんには関係ないでしょ! 私は龍希さんと話してるんです! だいたい何の力もないあなたが何でこの船にいるんですか? 邪魔です。」
「あたしはただ…あーもーいいや。突っかかっていったあたしがバカだった。でもあたしの前で二度と努力なんて言葉使わないで! ちょームカつくから。」
そう言い残し緋奈はその場を去った。同時に雪も緋奈とは反対方向に移動した。その時の雪の目には涙がいっぱいにたまっていた。龍希は突然の出来事に慌ててしまっていたが、すぐに緋奈のもとに向かった。
「緋奈? ちょっと言い過ぎだよ。結月泣きそうだったよ?」
緋奈はさっきの怒った表情を保って、
「何? 龍希まであの女の肩持つの? じゃあ、あの女の方に行けばいいじゃん…」
「俺は緋奈のことが心配で…」
緋奈の表情はやわらぎ、ちょっと驚き、それから顔を赤めた。
「べ、別にあんたに心配されたくないしー! でもあの女の言う通りあたし邪魔者だよね…」
「そんなことないよ。緋奈がいなかったら和也さんは今頃どうなってたか分からないし、何より俺が緋奈にここにいて欲しいと思ってるから。」
緋奈は頭のてっぺんから蒸気を出した。
「な、なには、はずかしいこといってんのよ!!! ・・・・・・あ、あたしもあんたと一緒にいたかったからついてきた…」
「ごめん…そっちの方が恥ずかしい…」
二人はお互いに顔を見れずにもじもじしていた。龍希が勇気を出して緋奈の方を向こうと前を見ると、遠くの窓越しから和也と一緒にニヤニヤしている皇離を発見した。
「ちょっ、あの野郎ー悪いちょっと皇離のとこ行ってくる!」
緋奈は走って艦内に戻っている龍希の背中をじっと見つめていた。
「バカ…」
皇離の元についた龍希はさっきの皇離とは違うただならぬ空気を感じた。
「龍希少年か、さっきはすまんな。それより航路変更だ。」
「それはいいけど…何が?」
「僕から説明するよ。さっき通信が入ってね…」
和也の話によると、フィリピンからの広範囲に送られている通信をキャッチしたらしく、内容はこのままだと中国にやられる。救援求む!とのことだった。
「皇離。どうする? 僕は今は早くヨーロッパに向かうべきだと思う。」
「んー物資も欲しいし、何より燃料のことを考えて救援にいくべきだとは思う。これまで中国に攻められて耐えてきた国だ。同盟を結びついでに、と思う。まぁバカとここにいる龍希に働いてもらうことになるけどな。そこんとこどうだ?バカは困ってる人をほっとけない症だからいいが…」
「俺は助けたい。アメリカから自国を守るためとはいえ、武力を使って植民地にしようなんて許せない。それに緋奈に希望の希をもらったから…」
皇離は笑みを浮かべ、どこからか小型マイクを取り出した。
「えー皇離だ。先程フィリピンから救援要請の電波をキャッチした。我々の燃料補給や、同盟国の増加なども考え、救援を決定した。戦闘員も非戦闘員も仕度してくれ。航路は下にアメリカ軍もいるのでサマー島に上陸予定。あと緊急会議もやるから責任者はすぐに艦長室に集合。以上皇離だ。」
龍希はこんな方法を…と思いながら、雪のことを思い出した。
「あ! 皇離、和也さん。またあとで!」
「オー!」
航路変更して、フィリピンのサマー島に向かう皇離一行。そんな中、龍希は緋奈とケンカした雪の元へと向かう。