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おっぱい×忍者

シリアスなんて知らない。

 戦闘は完全に終わった。

 バルディッシュに寄りかかる俺の呼吸は、遠目にも判るほど大きく乱れていた。戦闘中は脱力していたつもりだったけれど、やはり緊張して過剰な力が入っていたらしい。肌が白くなるほどバルディッシュの柄を握り込んだ両手は、すぐに自分の意志で離すのは難しそうだ。

「おーい、もう終わったぞ」

 納屋の戸を石突き側で叩いて、非常事態の終了を知らせる。

「……」

 返事がない、ただの屍のようだ。とっさに思いついたフレーズは親の葬式でオナニーするぐらい不謹慎なものだ。

「終わったぞー、鍵を開けてくれないか?」

 再度、呼びかける。

 やはり、返事は返って来なかった。

 おいおい、まさか勘弁してくれよ。泣きそうになりながら俺は、思い切ってバルディッシュを納屋の戸に叩きつける。破壊対象の薄っぺらい木の板は意外と頑丈なもので、一度の加撃では壊れない。三度、四度と三日月の刃を叩きつける。

 

 納屋に放り込んだとき女の右腕が裂けて、血で真っ赤に染まっていた。

 中の「人」は生きているのだろうか。だが生きていて欲しいと望む心は、期待のある明日に生の活力を貰う人生に等しい。

 望みは薄いということだ。

 七回目の打撃でようやく鍵が破壊された。支えを失った扉が断末魔の軋みを上げながら、体内の暗闇を午後の陽に晒す。埃くさい木製の納屋、隙間だらけの板を並べた壁は人が生活することなんて一寸(すこし)も考慮の対象に入れなかったのだろう。中にあるのは殆どが見慣れない農耕器具だった。

 壁の、隙間から差し込む西日が納屋を黒と赤の斑に染め上げていた。黒と赤を遮る左側の壁に彼女は寄りかかって、達磨のように縮籠めた四肢に顔を埋めていた。

 遭遇時から度肝を抜かれた、まるで忍者の様な赤と黒の服が、今は野良着に代わってしまったような錯覚すら覚える。 


 泣いているのだろうか。

 

 陳腐な憶測が脳裏をよぎると同時に俺は酷くそれを後悔する。余計なことを。これならまだ無神経に近づいて怒鳴られる方がマシというものだ。

 「あのさ、」

 バルディッシュを壁に立て掛け、ようやく強張りの取れて来た右手で俺はジャージのポケットを探る。生憎と、人通りの少ない田舎の道にバルディッシュの素振りに来た俺のポケットには余計なものなど入っていなかった。

 舌で口蓋を舐め口の滑りを良くしながら、言葉を探った。確かラノベの知識ではこういう時は目線を合わせるのが重要だったはずである。

 俺は片膝を付いてしゃがんでいるから、この問題はクリアずみだ。やったね、言葉が浮かばねえぜクソッタレ。

 

 最初のあのさ、から少し間を開けて俺は仕方なく平凡な問いを口にする。

「あなたは忍者ですかね?」

 返事はない。顔も上げて貰えなかった。しかし逆に考えればこれは好機なのではないか。

「おっぱい揉んでいいですか?」

 反応がない=良いと解釈することを彼女に伝える。

 そうだ。ゾンビに追われてふらふらの彼女を納屋に放り込んだとき、なんだかおっぱいが印象的だったのだ。ところで、どうして男はおっぱいに惑うのだろうか。それは恐らく原点回帰、観念に頼らぬ原始のソフトな、温かみのある感触、おっぱいの様な人生を俺は生きたい。

「……いいですよ」

 しかして、ようやく口を開けた彼女の言葉は絶望に塗れていた。

「ここまで来るのに右腕を噛まれました。どうせ、あれみたいになります」

 言葉を間違えたとすぐに悟る。俺が言いたかったことは言葉通りの意味ではない事など明白だというのに何とも力のない返事が返ってきた。

「じゃ、揉みやすいように両手上げて貰えあますか?あ、ところで揉みやすいっておっぱいの価値が下がったみたいに感じません?」

 止まれ俺の口。ゾンビを倒して確実に気が大きくなっているなこの野郎。

「ふ、ふふふふ…何ですかそれ」

 意外なことに、ようやく顔を上げた女は、涙を溢しながら呆れ顔で微笑んだ。ここまで来れば俺のやることなど殆どないだろう。

「やっぱり、止めます。取り消し」「いやそこを一揉み、」「そんな単位はない」俺の邪な願望はあっさりと切り捨てられる。

「立てますかね?」

女の左脇から右腕を肩まで差し込んだ。戸惑う女を無視して足に力を入れて立ち上がる。俺の右脇に布越しのソフトな感触が伝わって来た。それは至福。

「あ、なんで?」

「いやあ、助かるかもしれないでしょう」

 そんなに意外なことだったのだろうか。少なくとも女は助かる可能性があるし、見捨てるべきではないと俺は考えただけだ。確かに、ゾンビ映画の常識としてはここでこの女の頭をかち割った方がいいのかもしれない。だけれども、どうしてか俺は残酷な処刑人には徹せなかった。

 多分、引きこもりだったからだろう。別に噛まれてもいい。すぐにゾンビ化するわけじゃないのだから。この女を始末してから周りの人に介錯を頼む時間は十分にある。

 そんな程度の理屈だったのかもしれないけれど、反論する最大多数の最大幸福なんて言葉は今の俺に対しては特に意味が無いように思えた。 

続きます。悪評罵倒及び賞賛絶賛等如何なる感想であろうと受け付けております。

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