観察七日目
バトル回
【SIDE:B】
べしょべしょと目の前で泣いている女の子。
いやいや、結果としては「攫った」ことになるのかもしれないけど、「あいつなら、いつかやると思ってました」とか自称・友人にテレビのインタビューとかで言われちゃうようなことじゃないからね!?
唐突に始まったダンジョンバトル。
繋がったダンジョンはウチとは違って狼や熊やライオン(に似たモンスター)の獣系のモンスターメインらしく、群れをなして襲って来た狼と便所ゴブリンたちの戦闘がいきなり始まった。
こちらが攻め込まれる形で便所ゴブリンたちは押されていたが、「ふん、ふがいないな、マスターに内面まで似たか?」とリリスがどこからか引っ張り出して来た巨大ハンマーを片手に乗り出していくと、もはや無双ゲーの見本プレイ状態になった。
サポートキャラ無双。
ゲームだったらクソゲ認定を目出度く獲得していたことであろう。
ダンジョン運営だって、ほぼスキップモードだったしなぁ。
『チェックメイト!』
どこか機械音声っぽい、ボカロより更に人間っぽくない声が響く。
見ればモニターの先、リリスがどう見ても人間の女の子にしか見えない相手に思いっきりハンマーを叩き付けている所だった。
「うわあ、ちょっと待てよ、普通、お伺い立てないか、俺に?」
「赤や白やピンクの入り混じったグロ画像を見ることになるのでは」と目を背けながらも呟く俺の服の袖をイエハがツンツンと引いている。
「え、なに?」
指を指す画面上では『相手ダンジョンマスターをどうしますか A)捕獲する B)殺す』とのメッセージが表示されている。
「捕獲する、Aで!」
なんかどう見ても女の子、それもダンジョンにも冒険にも縁の無さそうな小さな子だ。これ殺しでもしたら、いくら冒険者相手には平気になっている俺でも夢見が悪いし、ホント、選択出来るシステムで良かったよ。
リリスに「首を取って来たぞ!」とかポーンと渡されたら発狂してしまうかもしれない。
『ダンジョンバトル終了です。相手ダンジョンマスターを捕獲しました。勝利特典300ポイント、初回戦闘勝利特典200ポイント、不殺勝利150ポイントを獲得しました。今後、相手ダンジョンは従属ダンジョンとなります』
まあ、そんな経緯でリリスが担いで連れて来たのがこの女の子。
年齢は二桁に達していないように見える。
つまりは俺がタッチしちゃいけない年齢層だ。
心配そうに狼やらライオンやら熊やらが後を付いて来たが、俺の許可が無ければこの部屋に入れないために、入り口前でウロウロしている。
ほんと、どうすりゃいいんだ、この状況?
【SIDE:A】
「『よいこの学習』・・・約1,320,000件、絞込み、ダンジョン、最近一ヶ月以内・・・うーん、書き込みは無いみたいだね。なんか学習教材やら塾やら習い事関係ばっかりだ」
スマホをいじっていた悟史の返事に保も優も「そっか」と残念そうな顔をする。
7月号とあるから、前の月や後の月、場合によっては去年のものなどもあるかもしれないと思い付き、その情報を探そうとしているのだ。
あの後、学校からの帰り際には、あのお姉さんが居ないかと校門を振り返って見る癖が付いてしまった保だが、残念ながらあの後一度もお目にかかっていない。
「ちぇっ、これはもう全部読んじゃったしなぁ」優が言うように、隅から隅まで3人で読みつくした雑誌は、古本屋で買取拒否されるレベルに痛んでいる。
「うーん、あんまりあの時も売れてないみたいだったしね。買ったことのある人ってもしかすると僕だけ?」
「ミスリルとか、魔法とか、この世界のものじゃないよな、明らかに」
「魔法おぼえてーのになぁ!」
勉強は苦手な優だが、魔法に関しての勉強は苦にならないらしく、普段は読まない本を読んでまで、魔法を調べたりしている。
まあ、小学校の図書室レベルだから大したことはないのだが。
「ダンジョンの方は何をいれてるんだ?」
「水と食べ物色々は基本として、拾った石とか革の端切れとか、かな?」
「消えてるんだよな、次の日には?」
「うん。オサルのせいで牛乳こぼした時も消えてた」
「なあなあ、保。このダンジョン、前より大きくなってねえか?」
保と悟史の会話をつまらなそうに聞いていた優だが、ダンジョンキットを見ると不思議そうに尋ねてきた。
「え?」
「前、俺が牛乳こぼしちゃった時って、ここの厚み2センチちょい位だったじゃん?」
「今は3センチくらいあるな、厚み」
「え? そうだっけ? でも、え? なんで?」
毎日見ている保にはかえって気が付き難い変化だが、言われてみれば確かに厚みが増している気がする。
こういう入れ物が勝手に変化する筈が無いという思い込みで気が付かなかったが、確かに「今日は」そうなっている。
「でも、昨日は確か、こんなじゃ無かったよ?」
「なんか特別なもん入れたか?」
「入れてないと思う」
「レベルアップじゃね? ファンファーレとかならなかった?」
「いや、ゲームじゃないんだから」と考え「そう言えばあのお姉さんも広い意味ならゲームみたいなもんだって言ってたっけ」と思い直す保。
「ファンファーレとか鳴らなかったと思うけど、寝てる間ならわからないからなあ」
「この中って生き物居るんだよな。人間みたいなの居るの?」
「この光る石のトコに良く居る」
「細かいトコは分からないけど、確かに人間っぽいなぁ・・・そうだ、なら調味料とか色々入れたら喜ぶかもしれないぞ」
「おお、醤油とかソースとかマヨネーズとかだな!」
「ああ、それはいいかもね。ちょっとずつならお母さんにも怒られないだろうし」
「おし、そしたら冷蔵庫だな!」
「なんか入れ物もあった方がいいかも」
あれを入れるべき、これはどうしようとにぎやかに話始めた3人の頭からは「なぜケースが大きくなったんだろう」という疑問はすっかりと抜け落ちていた。
【SIDE:B】
「絵面的に性犯罪者なんで、このマスクを被っててくださいやがれ!」
マスクというより着ぐるみの頭部とも言うべきものを頭からすっぽり被せられた俺だが、それによって女の子の反応が変わるということは無かった。
もういい加減こっちの方が泣きたいんだけどな?
いつでも叩き殺せるようにハンマーを振りかぶった悪魔幼女メイドの足元でベショベショと泣くロリと、変な被り物をして左右に美女をはべらせた大人の男。
うん、どう見ても俺が悪役だよな?
「なあ、結局、ダンジョンバトルってなんだったの?」
「ダンジョンを拡張していった結果、ダンジョンの勢力圏、もしくはダンジョンそのものが他のダンジョンと接触した際に生じる戦いだな」
「勝てば相手ダンジョンを吸収するか配下における。負ければお前の場合で言えば最悪、殺されて、運が良ければ奴隷だな」
「奴隷って・・・」
「つまり、この小娘は貴様の奴隷だということだ、良かったな」
ジロリとロリを見るロリ。
駄洒落じゃねーぞ?
見た目的には凶悪さは無いんだが、言ってる事や実情的には物騒極まりない。
「うわああーーーん!」
「なんだ、死ぬ方が良かったのか、小娘は?」
「うわああああああーん、びゃああああーん!!」
「あんま、いじめんな。あー、奴隷とか言ったって扱い方わからねえぞ、俺は? それに何か出来そうにも見えないしなあ、この子」
「こう見えてこの小娘もダンジョンマスターだぞ? 一対一なら貴様より強いだろう。まあ、今は隷属の首輪があるから平気だがな」
「うわ、ほんと首輪着いてる。外せないのこれ? 絵面的に犯罪臭がヤバいんですけど!」
女の子に首輪つけて喜ぶ趣味はないぞ?
付けられて喜ぶ趣味も無いけど!
俺用の数少ない甘味であるオレンジジュースをコップに入れ、リリスに頼んで冷やしてもらう。
「ほら、これ飲んで落ち着け!」
子ども、それも女の子との接し方なんて分からないが、大人の女や女子高生なんかだったよりはマシだったかもしれない。
ヒステリックに逆ギレされたら、理も何もなく土下座していたかもな?
泣き叫び過ぎて喉が渇いていたのか、躊躇することなく口をつけ、見る見る飲み干すとまだ欲しそうにこっちを見ている。
「飲んでもいいから、そっちのことも説明しろよ?」
うなずく頭をなでてしまったが、当然、スキル無しの俺に女の子が「ポッ」となることはなかったのだった。
【SIDE:A】
「しょうゆ、中濃ソース、ケチャップ、マヨネーズ、味噌、砂糖、塩、唐辛子、胡椒、片栗粉、小麦粉、出汁の素、どれもちょっとずつだからバレないよね」
「ペットフードとかどうだ?」
「意外と高いんだよねえ、特に猫用」
「特売のツナ缶の方が安いよね」
「電池とかどうだ?」
「あー、どうなんだろ?」
「入れちゃえ!」
「米は?」
「ご飯じゃなくて?」
「俺はパンの方がいいな!」
「誰もお前の好みなんか聞いてない!」
「えー? パンうまいじゃんなぁ?」
「ティッシュとか、包帯とかはどうだ?」
「脱脂綿とか?」
「綿棒でいいんじゃない?」
「戦車のプラモについてきた小さいおっさんは?」
「電池入れたんだよね? モーターは?」
「ああ、モーター使い方では発電機になるかも?」
「豆電球もいいんじゃない?」
ゴチャゴチャと色々入れて「これ閉まるかなぁ?」とケースの蓋を持ってから考える3人。
「あんま、ぎゅうぎゅう押すとダンジョンに影響が出るかも?」
「入れる順番を考えた方がいいな」
「この土、普通の土と違うの?」
「マナがたっぷり入った土だって」
「マナってもしかすると魔力と関係ある奴?」
「ミスリル作った時のあれかな?」
「手をこーやって力注ぐとか出来んじゃね?」
「マナよ出ろ~」と目をつぶって手をかざす優。
結局、そのままバタバタしている間に二人が帰る時間になってしまう。
「あ、宿題やんなきゃ」
ダンジョンは置いておいて、宿題に取り掛かる保だった。
【SIDE:B】
「羨ましいです~」
俺の庇護者からの物資を前に女の子(名前は「美雨」だという)が呟いている。
彼女のダンジョンの場合、木の実とか毛玉とかくらいしか補給物資が無く、それも常にあるとは限らなかったそうだ。
ダンジョンバトル自体も彼女も初めてで、びっくりしてワタワタしている間に死にそうな目にあったため、俺やハエルフコンビはともかく、リリスに対してはまだ構えるところがある。
いや、前々からウチの庇護者は凄いと思っていたが、今回はもう「神」扱いしてもいいんじゃなかろうか?
調味料各種、電池、電球、モーターだぞ?
料理無双、科学知識無双が出来そうじゃね?
モーターを何らかの動力で回せば発電機になるからな!
さっきまで涙と鼻水でグシャグシャだった女の子の顔も、投下物資のティッシュで綺麗になったしな。
「マスターにはマヨネーズが合いますね」
「いやいや醤油に唐辛子も捨て難い」
相変わらずだな、ハエルフどもは!
リリスは「あれ」だし、この女の子が俺の癒しになるかもしれん。
「食わなくても死なないとは言え、やっぱおいしいものは食べたいよな!?」
「はい!」
ニコニコと愛らしいが、この子どう扱おう?
奴隷としてこき使うとか絶対無理だし?
「こちらのコアでまとめて管理することも、あちらのコアで小娘に命令して管理させることも出来るぞ?」
「それにしてもウチのマスターより危機感無しにマスターやってる人が居たんですねぇ」
美雨は「なんだか良く分からないけど」ダンジョンマスターになって、モフモフの動物に囲まれて楽しく暮らしていたのだそうだ。
冒険者とか入って来なかったのかよ、ダンジョンに?
あー、ご主人様との幸せライフのために、見えないトコでこっそりやってやがったな、このモフモフ要員どもめ!
なんもせずに居たにしては便所ゴブリンとの戦いは見事過ぎたもんな。
ダンジョンバトルは俺のダンジョンの勝ちってことで、このモフモフ要員も俺の配下になったわけだ。
熊の肉球をプニプニする機会なんかまず無いからな、是非やってみたい。
この子はなあ・・・下手に任せると「知らん内に死んでた」とかなりそうで怖いよな?
ここに置いて、向こうも俺が管理するか?
ポイントもけっこう入ったし、色々と考えてみるか?
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