観察十日目
仕事と並行して書きました
【SIDE:A】
学校帰り、家には戻らず直接、通っている塾のある隣町へ向かう路線バス内で、ぼんやりと目を休めるのも兼ねて外の風景を眺めていた悟史は、とある光景を見かけ慌ててバスの降車ボタンを押すと、次の停留所で降りて走り始めた。
走りながら登録してある保の家に電話をかける。
塾通いで帰宅が遅くなることもある悟史は自分の携帯電話を買って貰っているが、保も優も自分の携帯電話を持っていないため、自宅の固定電話にかけるしかないからだ。
「もしもし、保? 今すぐ三崎第二小の前に来い!」
「悟史? なんかあったの、悟史にしては珍しい感じだし…」
「『よいこの学習』のお姉さんが居た!」
「わかった! すぐ行く!」
学校から帰って、壊れたおもちゃの部品や湿気ったおせんべい「飲みなさい!」と母親に今朝押し付けられた野菜ジュースなどをダンジョンかんさつセットに入れていた保は、財布の中身を確認し、机の一番上の引き出しに入れておいた自転車のカギを取り出すと、家を自転車で飛び出した。
【SIDE:B】
「ハエルフ共が要らんフラグ立てた気がして焦ったけど、そもそも、この世界って勇者居るの?」
俺の質問に「だから、このダメマスターは……」ってバナナで釘が打てる温度の目線でリリスが説明してくれたところによると、このダンジョンが所属するというか、冒険者の産地というか、外の世界には勇者も魔王も居るのだという。
「え、なに? そうすんと、このダンジョンって魔王の傘下ってことになんの?」
「いや、むしろ逆……女神さまの傘下だな」
「ん? あ、もしかして、あの綺麗なお姉さんが女神様?」
「美しい方だとは聞いているが、そもそも貴様の会った相手のことなど俺様が知るはずも無いだろう」
「魔王の逆ってことは魔王軍とか攻めて来るの?」
「地上の入り口から入ってくる事は無いな」
「ふう、良かった魔王に攻め込まれることは無いんだ」
「何時、俺様が魔王が攻めて来ることは無いと言ったっ!?」
ひ、久々のリリスジョルトが危険領域にクリティカルヒット……やっぱファウルカップ購入しとけば良かった。
「いや攻め込まれることは無いって言ったじゃん!」
「頭蓋骨の中身を全く使っておらんのか!? キンバ、イエハ、こいつの脳みそ食っていいぞ!」
「やっふう! 御馳走だぁ♪」
「うむ、ご相伴にあずかろう」
「ちょ、ちょっと待って、脳みそなんか食われたら、死なないけど死んじゃう!」
「現実問題として生きてさえいれば、身動き出来なかろうが、口がきけなかろうが、全く問題無いからな!」
ひ、酷過ぎませんかね? リリスさん?
考えろ、俺! 地上からは攻められない……地上以外から攻められる?
もしかして……。
「魔王ってダンジョンマスター?」
「ちっ! 足りぬ頭でも使えばその程度のことは考えられるか……なら、普段からもっと使え!」
2、2発目はかなり厳しいんですが……。
「もしかしてダンジョンバトルって、最悪、魔王戦?」
「うむ」
「ゆ、勇者は攻めてこないよね?」
「勇者は地上の入り口から入って来るな」
「ま、マジっすかぁ~!?」
「真剣と書いてマジだな」
「そ、そんなぁ……あんまりだぁ」
魔王にも勇者にも攻め込まれる可能性があるだなんて、酷過ぎる。
いまだに平均的初心者冒険者以下のステータスなんだぞ、俺?
今更俺を強化したトコでタカが知れてるし、ブレードゴーレム師匠を強化するくらいしか手が無いんじゃね?
いくら無敵幼女リリスとは言え、魔王や勇者の相手は荷が重いだろう。
「魔王に攻め込まれない方法もあるぞ?」
「なんだぁ……脅かさないでよ」
「貴様が魔王になれば、必然的に魔王に攻め込まれることは無くなるぞ?」
「それ詭弁……俺でも魔王になれちゃうの?」
「不本意ながら次期魔王候補トップ10入りしてるな、貴様は……」
苦々し気に俺を睨むリリス。
え? このダンジョンって出来たばっかだよね?
もしかして、魔王ってそんなに強く無いの?
「でも、魔王になっても勇者に滅ぼされるんでしょ?」
「その為の勇者だからな。いいか、ダンジョンは魔王の孵卵器であり、勇者の孵卵器でもあるのだ」
「それなんてマッチポンプ?」
「世界に広がる澱みと濁りをダンジョンが集め、それを人々が倒すことで浄化しているのだ。ダンジョンマスターが倒されず、ダンジョンが成長し続ければマスターは魔王となる。それを倒し浄化する役割を持つ勇者は、ダンジョンで己を鍛える者の中から現れる。魔王が出現すれば3年以内に勇者が誕生する」
世界のシステムに組み込まれてる系ダンジョンかぁ……。
強くなれば魔王になって勇者に討伐され、弱ければ冒険者や他のダンジョンマスターに殺される。
ダンジョンマスターって最初から詰んでね?
【SIDE:A】
「悪い、遅くなった」
汗をダラダラ流し、乱れた呼吸のまま謝罪する保に「問題無い」という表情で悟史が返答する。
「いや、大丈夫だ、まだ居るから」
「暇そうだね?」
保の視線の先では、あのお姉さんが「よいこの学習」を積んだ長机に頬杖をついて、パイプ椅子に座っている。
まだまだ校門から出てくる生徒は居るものの、誰もお姉さんの方を見ないし、気付いてもいない。
「オサルは?」
「留守みたいだ、電話に出なかった」
「また、コンビニにマンガの立ち読み行ってんのかな?」
悟史は優にも連絡を取ったが連絡が付かなかったようだ。
「で、どうすんの?」
「僕もよいこの学習を買ってみようかと思ってるんだけど」
「ちょっと待って? あれから僕も色々考えてみたんだけど……ダンジョン育てると魔法使えなくなるかもしれないよ?」
魔力や魔法があることがほぼ確定したこともあって、保はバカにしていた風邪魔法を自室の窓から見える通りを通る、猫や近所の嫌味なおばさん相手に練習していた。しかしながら、いっこうに手ごたえが無く、かといって育つダンジョンという非常識に関与していることから自分に全く魔法の素養が無いとも考えられず、マンガやゲームから得た知識をこねくり回している内に「もしかして、僕の魔力とか魔法とか、全部ダンジョン育てるのに使われてるんじゃ?」という結論に辿り着いたのだ(3人の中で自分だけ魔法の才能が無いと思いたくなかったということもあっての結論だ)。
「ふむ、無いとは言えないな。まあ、ダンジョンを育てるかは別にして、よいこの学習は買うつもりだし、あのお姉さんも暇そうだから、色々と話を聞いてみるのもいいんじゃないかな?」
「そうだね、実際に作ってる人なのかは分からないけど、あの本やその内容に関しては僕たちより詳しいハズだしね?」
保と悟史が連れ立って近づくと、お姉さんは「いらっしゃい」と目次ページで見た笑顔を浮かべた。
【SIDE:B】
どう考えても詰んでるけど、冒険者たちは相変わらずブレードゴーレム師匠の手を煩わせるに至ってないし、ダンジョンバトルもここのトコ発生していないため、再びダイエットトレーニングと雑魚冒険者狩り、そして怠惰なコアルームでの観戦といった日常を過ごしている。
雑魚冒険者狩りも完全に作業化したなぁ。
今じゃ、誰も一緒について来てくれなくなった。
最初は顔が見えてる相手とかダメだったんだけどね。
「経験値魔王の道の一里塚……なんてね」
理想は永遠の「次期魔王」だな。
魔王候補はある程度育って以降は直接対決ってます無いみたいだし。
まあ、最悪、俺が倒されるのはいいとしても、美雨やリリスに累が及ぶなんてことはやめて欲しいなぁ。
美雨なんか女神訴訟案件じゃね?
ダンマスにしちゃった女神の責任が大きいだろ、どう考えても。
とは言うものの、酷い環境からの救済措置だったなんてこともあり得るのが現代社会の酷さだよな。
なんせ、モフモフ隊や俺のダンジョンの連中で満足して、母親や父親に関しては話題に上げる事すらしないからな、美雨は。
あの年齢で、恵まれたとはいかなくても普通の家庭で育った子なら、親を恋しがるのが普通だろ?
うーむ、お先真っ暗な未来を認識して以降、どうも考えが暗くなるな。
俺ってもっといい加減で行き当たりばったりの人間のハズ。
……そうだった、もう人間じゃ無かったね。
そもそもが地球回してダーツに当たって選ばれたんだし、救済措置とか事情を配慮してなんかある訳が無かった。
コアルームに戻ると美雨がトテトテとお出迎えしてくれる。
この子はホント天使やでぇ……。
【SIDE:A】
「2人ともなかなか有望ね、ここでの人生終わったら、お姉さんの所で管理のお仕事してみない?」
まずはよいこの学習を購入しようとした悟史と保。
近付くと「あれ? そっちの子は前に買ってくれた子よね? もしかして乱丁落丁、不良品があった?」と保の顔をお姉さんが覚えていて、ダメもとのつもりであったが、会話も質問も問題無く出来てしまった。
一通り、聞こうと思っていたことは聞けた。
やはり、保の予想通り、ダンジョンかんさつセットを使ってダンジョン所有者になると、総ての魔法関係のリソースがそれに回されてしまい、魔法が使えなくなるのだそうだ。
また、お姉さんがこことは別の世界の女神様だという話も聞いた。
「月に7日だけ、それも1日4時間だけこっちの世界に居られる許可を貰ってね? で、色々試行錯誤した末に、この星のこの国の小学生をターゲットに絞ってダンジョン育成に協力してもらってるのよ」と言いながら、かなり疲れてる様子だった。
話の最後に管理の仕事の話を冗談の様な口調で尋ねて来たのに対し、保はあっさりと「あ、はい、僕で良ければ」と承諾し、悟史は「今の僕としてはそれもいいかなと思うけど、年取って考え変わるかもしれないので、保留でいいですか?」と熟考の末、真面目に答えていた。
どちらの返答にも満足そうな笑みを浮かべ、2人が立ち去るのに手を振る女神。
「魔法関連使っちゃっても平気と言われるとは思っても見なかったな」
女神から完全に遠ざかってから、ポツリと悟史が言う。
「遅かれ早かれ、誰かが見つけてたもんだし、気にしないで使っちゃって平気よ」
女神の話ではこの世界の神からも魔法の知識の漏洩の許可は出ているそうで、女神の情報漏洩が無かったとしても「再発見」されることになっていたのだとか。
「昔は魔法が使われてたとか、なんか変な雑誌や本の方が教科書より正しかったんだね」
保も真面目に勉強してきた「常識」が通用しないことに、けっこうショックを受けているようだ。
魔法が当たり前になると、少なくとも理科と社会に関しては教科書全面改訂だろう。
漠然とした予感にすらなっていないかもしれないが、保や悟史の未来はそうした過渡期の真っ只中ということになる。不安を感じて当然だ。
「特許は大騒ぎになるんで少なくとも今の僕らには無理だけど、あの修復の魔法陣、意匠登録しておくと将来的に武器になるな。前々から将来は弁護士になりたいと思ってたし、関連の法律を調べてみるよ」
「悟史は凄いなぁ。でも、そういうのって書類出すんだよね? 書類が修復の機能持ったりするんじゃ? あとパソコンとかスマホとかの画像の場合はどうなるんだろう?」
「スマホ自体にかかるか、それともOSとかアプリにかかるか、全く効果が無いか……うん、それも試してみたいね。スマホなら下敷きを写真に撮ってすぐ検証出来るし、帰ったら試してみるよ」
コンビニに立ち寄ってから帰ると言う悟史と別れ、自宅へと自転車を漕ぐ保は、どこかの家から漂ってくる夕飯の匂いに「やばっ! 夕飯間に合わないと怒られる!」と全力漕ぎに切り替えるのであった。
仕事より先に完成しましたww