観察一日目
【SIDE:A】
保は机の上に抱えてきた箱を置くと、ランドセルを下ろして教科書とノートとドリルを出し、宿題を始めた。
保の歳だとそろそろランドセルは卒業したい所なのだが、入学時にお父さんが買ってくれたランドセルは革職人の注文生産の手作り(出来ればお父さんは自分で作りたかったらしい)の逸品で、使い込めば込むほど風合いが出て良くなってくるものなのだそうだ。
そういう事情を関係無しに新しいランドセルに入学時の保は喜んだものだが、そうした本人以上にお父さんが「これは凄いなぁ、流石職人だなぁ」と目をキラキラさせていたものだ。
「他の鞄を」などとは言えないし、言ったところで、作ったはいいが貰ってくれる人も居ずにしまいこまれたお父さんの趣味の手作りの革鞄になるだけな話。お父さんは喜ぶかもしれないが、相当高かったらしいのでお母さんは怒るだろう。
中学校までランドセルということは無いので小学校の間だけの我慢だ。
そんなわけで保はランドセルを使い続けている。
保は食事の時、嫌いな食べ物から真っ先に食べて、後は好きな様に食事を楽しむタイプだ。
本当は箱の中身を見てみたくてたまらないのだが、きっと夢中になってしまう。
少しでも見てしまったら夕食までそれに夢中になって、お母さんに怒られることになるだろう。
漢字の書き取りを終え、算数のドリルに取り掛かる。
算数はやり方さえ間違えなければきちんと答えにたどり着けるので保が好きな科目だ。
国語は本を読むこと自体は好きなものの、テストとなると正解に納得出来ないこともあるのであまり好きではない。漢字の書き取りも苦痛だ。
宿題を終え、ランドセルの中身を明日の時間割に合わせて入れかえると保は机に向かい、箱の中身を取り出した。
薄く縦に高い水槽の様な入れ物と、袋に入った土、それに宝石の様にキラキラ光る石、そして雑誌の様な本が入っている。
お父さんが趣味のレザークラフトで使っている牛皮紙の様な茶色い紙が一枚中から出てくる。
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よいこの学習7月号ふろくダンジョンかんさつセット
はこの中みがちゃんと入っているかどうかきちんとたしかめましょう
●ダンジョンかんさつケース 1こ
●ダンジョン用のマナの高い土 1ふくろ
●ダンジョンコア 1こ
●よいこの学習7月号 1さつ
ダンジョンかんさつセットのせつめいは『よいこの学習』の17ページからです
はじめる前によくよんでからはじめましょう
※お父様、お母様方へ
ダンジョンかんさつセットは十分に安全に考慮しておりますが、小さなお子様などがダンジョンコアなどを口にしないよう気をつけてあげてください。万が一飲み込んでしまった場合、通常、コアはそのまま排泄されますが、ごく稀に体内に定着し生体ダンジョン化することがあります。なるべく早く吐き出させるなどの適切な処置をしてあげてください。
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「なんだか、隆くんが持ってたアリの巣観察セットみたいだな」
ケースを持ち観察する保。
プラスチックなのかと思ったケースだが、プラスチックともガラスとも違う。
軽いが固そうで間違って踏んでも割れそうも無い。
雑誌を手に取る。
見たことの無い雑誌だ。
今日の放課後、同じ方向に帰る友達はいないので校門の所で友達に別れを告げて歩き出そうとした保だったが、ふと振り返った校門の脇に机と椅子を置いて、箱を積んで暇そうにしているお姉さんと目が合ったのだ。
普通、そんなトコに机や椅子なんて置いたら、学校の先生に怒られる。
それなのに保以外誰も気にしてもいない。
お姉さんは保と目が合うとにっこり微笑んで手招きをした。
大人の人には人見知りなところのある保にしては不思議なことに、なんの警戒心も無くその手招きに応じてしまった。
「ダンジョン作ってみない?」
「ゲームですか?」
「ゲーム・・・広い意味で言えばゲームだけどね、テレビゲームとかじゃないわ。」
後から考えると怪しい話だが聞いている間は何の疑問も持たず、帰りにコミックスでも買って帰ろうと普段より多めに持っていたお金の中から五百円玉を取り出し、保はお姉さんからその箱を買ってしまったのだ。
実際には虫かなにかの生き物の観察セットなのだろうなぁ、と思いながらも期待に胸が膨らむのを止められない。
雑誌を開く。
目次のページに何故かあのお姉さんが居る。
まるで女神様の様な服を着て、指を一本立てて微笑んだ写真だ。
「え? あのお姉さんモデルさんだったの?」
思わず独り言を口に出してしまう保。
写真のお姉さんがウインクをした様な気がして目をこする。
目次を確認した上で、ダンジョンかんさつセットの説明のページを開く。
「まずはケースの下側に2センチくらいの深さまで土を入れましょう・・・か。周りにこぼすと汚れるから下に何か敷いてからにしないとな・・・これで、よし、割とサラサラした土なんだな、もっとモコモコしてるかと思った。」
指示に従い、ケースに土を入れていく保。
雑誌にはイラストで解説が入っていて、順序に従って作業をしていけばいいらしい。
「ダンジョンコアをその敷いた上に置きましょう・・・はい、置いたよ・・・えっと、置く場所によってダンジョンが色々変わります、自分なりに工夫してみましょう・・・あんまり端っこは良くなさそうだし、かといってど真ん中ってのもなんか嫌だな・・・。」
綺麗な石を向かって左寄り、小指一本分くらい真ん中からずらして置く。
「コアを置いたらその上から残った土をかけます・・・はい、かけた・・・えっと、金属、木材、紙など色々なものを入れた土の上から置いてみましょう、置いた物でダンジョンの大きくなる速さやダンジョン内に出現するモンスターが変わります・・・へえ、こういうトコはゲームみたいだな。」
折れたカッターの刃、バラけたステープラーの針、シャーペンの芯、練り固めた消しゴムカス、ビー玉、干し梅、チョコの欠片、川原で拾った石、折れたプラスチックの定規・・・思いつくまま色々入れ過ぎて、まるでゴミ箱の様になってしまったケースを見て「失敗しちゃったかな?」と少し不安になる保。
考えている内に玄関でガチャガチャと音がしてお母さんが帰って来た様子だったので、保はケースをそのままに「おかえりなさい」を言うために玄関へと向かった。
夕食とその後のテレビですっかりとダンジョンから意識がそれてしまった保は、その日はそのまま眠りについたのだった。
【SIDE:B】
「俺ツエーがしたいですか?」
綺麗なお姉さんにそう問いかけられて「いいえ」と応えるオタクがいったい何人居るだろうか?
それどころか「テンプレキタコレー!」と叫ぶやつが大半なんじゃなかろうか?
「はい! 俺ツエーがしたいです!」
「よろしいならばダンマスだ!」
別に死んだりはしていないそうだが、適当に地球を回してダーツを投げて当たった俺が「選ばれた」ということらしい。
ていうか、地球どうなっちゃってるの?
回したとかさらっと言ってたよね?
「了承が得られたんで外見変更いっとくね。」
「あの? 自分で選べたりとか?」
「美術の成績2だよね、君。一応外見いじれるツールあるけど、実質3Dグラフィックソフトだよ? 自分の作った外見で生きていくなんて罰ゲームじゃない?」
「多少は自分の意見も入れて欲しいなぁ・・・なんて。」
「しようがないなぁ、じゃあ三択①名状しがたい冒涜的な何か②シンプルイズベスト、単なる骨③銀髪へテロ目、顔に入墨の様な模様の美少年、さあ、どれにする?」
「それだと③しか・・・でも痛い、痛過ぎる。」
「はい、時間切れー、ですんで④の今の外見のままにします!」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
「じゃ、頑張ってねー!」
こうしてどこか分からない、取り敢えずは屋内だって分かる部屋に飛ばされた俺だったが、薄暗くて何が何やら分からないな。
ピトっと何か硬い物に手が触れた。
途端にその触れたものから光が溢れ、周囲が見える様になっていく。
「マスター確認・・・起動シークエンス始動・・・コア活性化・・・物資確認・・・素材及び食料アイテム確認・・・倉庫へ転送します・・・サポートユニット作成しますか? YES/NO」
「い、イエスで!」
サポートと来れば美少女でしょ!
当然、ここはYes!
「マスターの承認を受けました、サポートユニットを作成します・・・マスターの嗜好に合わせ悪魔幼女メイドタイプです」
いやーっ!
人の性癖を暴露しないで!
その、あれだよ?
愛でるという意味合いでのものだからね!?
「問おう、貴様が俺様のマスターか?」
たしかに悪魔幼女だが、キリッとした眉といい、随分男前な美幼女だな。
真っ赤な髪に黒い角がサークレットの様に頭を囲んで、背中には黒い翼竜の翼、矢印型の悪魔尻尾にくるぶしまである長いスカートのメイド服・・・デザインセンスいいなぁ、ダンジョンコアか、あのお姉さんか知らないけど・・・これだったら美少年選んでおけば良かったかな?
で・・・一人称「俺様」?
「耳が無いのか、貴様!」
「うごぅっぁっ!!!!」
そこを全力で殴っちゃダメ!
身長差の関係で殴りやすい位置なのかもしれないが、それはマズい・・・主に俺の生命にとって。
死んじゃうから、色んな意味で死んじゃうから!
「いいか、はいかYESで答えろ!」
「はい」
「貴様がマスターなら面倒だが説明をしなくてはならない。マスターで無いならダンジョン外へ排除・・・いや、今後召喚するであろうモンスターの餌でいいか?」
「オ、オレ、マスター! なんのマスターかは分からないけど、少なくとも喫茶店のマスターじゃないけど、さっきなんか触った時に『マスター確認』とか言ってたからっ!」
「チッ・・・なら説明してやろう。貴様はこのダンジョンのダンジョンマスターだ。」
「ダンマスってそういう意味かよ。」
なんかノリで話進めてたけど「俺ツエー!=ダンジョンマスター」ってことだったのか・・・。
「このダンジョンの庇護者はなかなか気前が良かったようでな、鉄、ゴム、ガラス、石材、食料などなと資源が豊富な状態からのスタートだ、喜ぶがいい!」
「庇護者ってなに?」
「女神の外部協力者だな。こちらからのコミュニケーションは不可能だ。タイムスケールが違い過ぎるのでな。」
「タイムスケール?」
「こちらの一週間があちらの一日だ。まあ、ゼロからダンジョンを始めるヤツに比べれば恵まれた状況にあると思っておけばいい!」
「ふーん、まあ、ラッキーだったと。それよりなんか俺ツエー! 出来るって聞いてたんだけど?」
「ダンジョンが発展すればポイントが入り、それで自分やダンジョンの強化が出来る。そういう意味ではいくらでも強くなれるぞ?」
ポイント割り振り型か、良く考えないとドツボにはまりそうだな。
「ポイントってどうやって入るの?」
「冒険者や他のダンジョンの住人を倒したり、特定の設備を完成させたりした時に入る。」
「冒険者って人間だよね? 倒すって『殺す』ってこと?」
「そうだが、どうかしたか?」
「人間殺す・・・って抵抗が。」
「貴様は既に人間ではないぞ? 自分のステータスを見てみるがいい。『ステータス・オープン』で自分が『ステータス公開』で他人が見られるぞ、ステータスは。」
「ステータス・オープン・・・なに、これ、種族がダンジョン・マスター? 職業かクラスじゃないの? なにこの数値、1が一般人レベル? でも俺ツエーには程遠い様な? 」
「なにを勘違いしている。ステータスは10が一般成人、20で有能、30で天才、40で天災だ。」
「小学校の時の通信簿の様な数字並びなんですけど?」
「一般人以下ということだな! 子どもにも負けかねんな!」
ちょっと待て!
俺ツエーはどこに行った!
「ちなみに俺様のステータスで50以下は無いがな?」
サポートキャラ以下の初期ステータスって・・・。
っていうか、なんでそんな強いの?
俺ツエーじゃなくて、「俺様」ツエーなの?
「初期ポイントから必要な設備分を既に使用済みだ。なんせ、倉庫を12室も作る必要があったからな!」
まあ、中身の為の保管場所作成は仕方ないだろう。
その分、物資的に恵まれてるって話だし。
「で、残った初期ポイントが12だ。ちなみにステータスの数値を1上昇させるのに必要なポイントは10だからな? スキルや魔法は最低のもので20だ。当然強いもの、有用なものほど必要なポイントは高くなるぞ?」
じゅ、12って、それで何か出来るの?
「ああ。それからダンジョンであるから、当然、冒険者たちのやってくる入り口は既に開いているぞ? 内部の初期モンスターは初心者といい勝負、それより上のクラスが来ればここまで一直線だな。ダンジョンコアが破壊されない限り、俺様や貴様は何度でも復活出来るが、コアが破壊されればダンジョンごと消滅する。」
あれ?
ツンでね?