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【六日目】

【六日目】

 うん。オタマジャクシ、まだいる。

 ああ、どうしようか。

 将棋とか囲碁で言うところの『詰み』って、こんな感じかねぇ。


 俺は船の上から動けないでいた。


 船の上から何度かその姿を目撃できた。

 見間違いではなく、長すぎる尻尾を除けばオタマジャクシと似た外見の巨大生物。

俺を狙っているのか、それともここが住みなのか、先日から船の周りを離れる気配が無い。時々海面に現れては、意外なほどつぶらな瞳でジッと俺を見つめ、海の底へと消えて行くオタマさん。

 かれこれ丸一日、睨み合っている。


 おなか減った。

 夜中の寒さは船の一部を燃やすことで耐えたのだが、昨日の朝から何も食べていないのでおなかが減った。船の探索はすぐに言ってすぐに帰るちょっとした探検のつもりだったので、食い物になりそうな物は何も持ってきてはいない。持ってきている物と言えば内ポケットに入れていた、水没しても大丈夫な頑丈が取り柄のライター、アルカリ単四乾電池×2(未開封)、レーザーポインター、手の平サイズのプラスチック鋏。と、役に立たないメンバーたち。

 食事情よりも、水事情のほうが重要かもしれない。

 やはり同じく昨日の朝から水を飲んでいない。

 けっこう喉はカラカラ。まだ充分に我慢できるレベルではあるけど、水確保は本気で考えた方がいいかもしれない。どうやって? って感じだが、どうにかしてだ。都合よく雨が降ったりすれば問題ないけれど、週間天気予報は見ていないんだよね。どうなるか分からない。

 空を見た感じのフィーリングとしては、雨、降りそうにないなぁ。

 いっその事、泳いでみるか?

 オタマさんは肉食ではないことを信じて、大海原に飛び出してみるか?

 うむ、……命を賭けたギャンブルはまだ早いと思うので、選択肢の一つとして留めておこう。それに俺の勘だとオタマさん、肉食だと思うし。

 ああ~、詰んだぁ~。

 何もやることがない~。

 嫌がらせとしてレーザーポインターの光を目に当ててみたが、視力が退化しているのかあまり効果があったように見えない。このことからオタマさんはオタマジャクシではないと思うのだが、やっぱり外見はオタマジャクシなのでオタマさんと呼ぼう。オタマ弱視さん。

 もし俺が空手家とかなら「戦う」選択肢もあったかもしれないけれど、「戦わない」選択肢を選んだだろうね。だって高名な人でやっと牛とかクマとか倒せるぐらいだよ? 体長が二メートルに満たない熊は倒せても、体高が二メートル以上、全長が八メートル以上になる化物を倒せるとは思えないね! しかも岩場の上で戦うとしても下一メートルほどは相手側のフィールドだ。下半身が海に浸かっていて、どのようにして勝てと言うのだ!


 ぱしゃん。


 ん? ……どこか遠くで水が跳ねる音が聞こえた。波の音ではない。はっきりと、水が跳ねた音だと判別できる音だ。

 どうせ暇なので音が聞こえた方を向き、音を出した正体が何なのかを確かめる。

また違う巨大な生物が現れたならギャンブルに出る可能性を本気で検討しかねないのだが、音を出したのはオタマさんと比較して小さな生物だった。

というか、俺が助けた(?)人魚さんだった。

 人魚さんはオタマさんと真反対の方向にいて、海の中からジッと俺を見つめている。

 ……いやいや、下半身が海に浸かって半端にしか見えないと普通の美人さんにしか見えないので、そんな美人さんに熱烈な視線を送られると照れてしまう。思わず顔を逸らしたよ。

 とまあ、照れる俺はどうでもいい。重要なのは人魚さんの行動だ。

 人魚さんは尾っぽを海面より上に出して、器用に島の方を指す。何度も何度も。

…んんん、もしかして島に向かえと言っているのだろうか?

俺は全身で「島に向かえばいいのか?」とジャスチャーを送ってみるが、相手側もいまいち俺の意図を理解できていないようだ。しかし微妙そうに顔を二~三回上下に振った。日本的にはそれは肯定の意味だが、世界の一部地域では否定の意味もあるので一概に意思伝達が十全に行われたとは言えないが、まあ、たぶん、肯定しているのだと思う。雰囲気的に。

人魚さんは、オタマさんをどうにかしてくれるのかもしれない。

 俺はそれに賭けてみることにした。

 人魚さんは海に潜った。おそらく行動開始だ。俺は深呼吸を二~三回して、船首から海に向かって勢いよく飛んだ。そして脇目も振らず全速力のクロールだ。現在の目測距離約三百六十メートル。足が付く砂浜までと換算すればもう数メートル短くなるか。服による水の抵抗や潮流により、ベストタイムからプラスアルファ秒の誤差があることを計算に入れて、五分間オタマさんを引き付けてくれれば余裕だ。最低でも三分間は引き付けておいて欲しい。




 ぜえ、はあはあ。

 何とか五体無事に泳ぎ切った。

 たとえ砂浜に上がったとしても油断すれば襲われる可能性もあるので、安全な距離を確保するまでは全力で逃げました。結果、背後から襲われるという危険な出来事なんて一つもなく、「疲れた」以外は問題ない。

 というか、人魚さん! 彼女は無事なのか?

 命の恩人(?)である俺に恩を感じてこのような行動に出たのかもしれないけれど、それで命を落としていたら救いのない悲劇だ。どうか無事でいてくれ。

 沈没船が浮かぶ海を凝視するように眺めていると、海の一部がゆるりと黒くなり始めた。その黒色は大きさと濃さを増していき、水面近くまで浮き上がる。

 オタマか!

 一日睨み合ったことですでに旧知の間柄のような気もするオタマジャクシ。大きさ、色合いともに見間違えないだろう。オタマが砂浜に乗り上げる勢いで徐々に近づいてくる。その勢いは止まることなく、オタマは砂浜に乗り上げた。

 ずざざざぁー。


 うっぁ、……エグ…。

 すこし前まで生きていたはずのオタマは、すでに亡き者となっていた。

それは一目で判断できた。つぶらな瞳からは光が消え、内側から嫌な感じの液体が染み出してきている。大きな口はだらしなく広げられ、やはり内側から嫌な感じの液体が染み出ている。全身からは力が消え失せ、ぬめりと張りのあった黒い体表は、ぬめりだけのぶよぶよな別の物体へと変貌していた。

 一昼夜を共にした好敵手ライバルなだけあって、その変貌振りは少なからずショックを受けた。誰なんだ、オタマさんをこんな目にあわせた奴はっ⁉

 海の中から人魚さんがぴょこんと顔を出す。

無事だったのか人魚さん、怪我が無いみたいで良かったよ。だけどちょっと待ってくれ、オタマさんをこんな無残な姿にしたのは君なのか? だとしたら、なんでこんなことをしたんだ!

そんな俺の心の叫びを知ってか知らずか、人魚さんは「これで借りは返したわよ」とでも言っているような雰囲気だった。しかし俺は、いまいち感謝をする気になれない。いや、でも、気分はそうだけど、俺けっこう礼儀正しく育てられたんで感謝の言葉はきちんとしたけどね。助けてくれてありがとうございました。




 人魚が去り、オタマもいなくなった無人島。

 と言うか、本当にここは日本海の島なのか? まるで異世界に流れ着いたみたいな感じがする。もちろんそんな荒唐無稽なことなんてありえないので、これまで伝説上の生物とされていた希少種がたまたま俺の前にいただけで、新種がやっぱり俺の前にいただけで、珍種が俺の前に現れただけと言う方が現実味がある。

 大きすぎる無人島も、俺が無知でその存在を知らないだけだ。もしくは偶然人と出会わなくて無人島だと思い込んでいるだけ。何もおかしいところはない。


 そろそろここが何処なのか、本格的に調べてみようか。


 この島の全容を確認するために山に登ることを決意する。

 ついでに、人がいるなら積極的に会って話をしてみよう。

 今日はあと二時間ほどで日が暮れるので、それらの予定は次の日に回して、食事と寝床の準備をすることにした。




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