【五十二日目】
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ほんの少しだけでいいから、おらに元気をわけてくれ!
【五十二日目】
巨大逆さピラミッドが大地に降り立ってから三日目。
いまのところ被害は無く、危険も感じられず、平穏だ。
しかし空気は悪い。
みんな不安なんだろう。
エイミーさんとアウエラさんは普段通りにも見えなくもないが、すこしだけピリピリとしたものを感じる。
フェラクラーリさんは、ドンッ、と腰を据えていけど、笑顔は少なくなった。
エディは、まるで不安から逃げるように厳しい表情で(普段通り?)編み物に専念していた。
俺はと言うと、不謹慎なことにちょっとだけワクワクしていた。
【魔物】を生み出す謎のピラミッド。
常に死の危険と隣り合わせとなった現状。
いいことは何一つとして無いはずなのに、どこか楽しい気分になっている。
こんなところが俺のイケないところっ!
俺がこんなのだから友人と言える奴は少ないし、親友なんて極悪非道だ。
今日は一人で行動することにした。
魔物と言ってもそこまで恐れる必要はない。
むしろ野生動物のほうが二倍は危険で、空を飛んでいる凶悪生物のほうが怖いぐらいだ。
雑魚いぜ魔物、ピラミッド襲来に怯えていた俺が馬鹿みたいじゃないか!
だけど数が揃うと脅威になるので、俺たちがここで生活している以上、ピラミッドと魔物の動向には気を遣わなければいけない(ピラミッドに『動向』という言葉を使うのもおかしいけど)。
今回俺が一人で行動するのは、魔物の生態を調べるためだ。
――というのは口実で、ただの散歩が正しいかな?
単独行動は団体行動に比べてたしかに危険度が増すけど、これまで団体行動をあまりしてこなかった俺は一人のほうが『ラク』なのだ。
逃げるにしても立ち向かうにしても即断即決ができる。
俺の逃げ足の速さを舐めるなよ?
ニューヨークの路地裏で、圧倒的に地理情報に勝る地元のガラの悪いお兄ちゃんたちに追われても逃げ切ったぐらいだぜ! 挟み撃ちで通路を塞がれたときに壁走りを披露すると「ジャパニーズ忍者!」と歓声を上げられたぐらいだ!(じつは壁走り、そんなに難しい技じゃなかったりする。これで忍者扱いされるのもなぁ)。
とにかくまあ、一人のほうが『ラク』なんッスよ。
魔物がいくら気配に鈍いとはいえ、三人よりも一人のほうがバレにくいし?
そもそも魔物単体だと脅威も少ないし大丈夫かなって?
油断していると言えばそうですけど、俺の直感はこれぐらいの余裕があった方が良いと囁いているし?
そもそも俺って一つのことに縛られると視野が狭くなって大失敗するタイプだし?
魔物はたしかに現時点で最大の問題だけど、そればかりに捕らわれていると《なにか》に足元すくわれるような気がするんだよね。
それが《なにか》なのかは分からないけれどー。
ってなわけで、今日は一人で当てもなく散歩です。
ピラミッド襲来の件以降会っていない人魚さんに会いに行き、微妙な距離感のもと「大変なんっすわー」と愚痴を聞いてもらい、別れた後は方向を一転させて山の中を不規則に散策。
自分から探すつもりではなく、偶然出会う可能性はどれだけあるのかを調べました。
いやー、見つからないものだー。
自分から意図して探そうと思わないと魔物と出会うことは難しいようだった。
全然エンカウントしません!
……えっと、一時間に一匹ペースで出現しているとして五~六十匹?
そのうち八匹ほど狩っているけどそれでも残りは四~五十匹ぐらいいる計算なのだが、なかなか出会わないものだ。
それもこれも広いからなんだよ。
俺たちがいる島は、本当に広大な大自然の中だ。
探索できる範囲は、いまだ海岸線にほど近い、浅い森と山のなかだけ。
エイミー・アウエラさんは森の少し奥のほうから来て、俺が見たこともない光景を見てきたけれど、森の奥はどこまで続いているのか分からないとの話。
どこに何が潜んでいて、どんな危険が待ち受けているのか、まったく分からないのだ。
だからと言う訳でもないけれど、――だからこそなのかな?
俺はすでに《適応》していた。
ピラミッドから【魔物】が生まれてくる非常識な現実も。
一寸先に何が起きるのか分からない現在も。
これから何が起きるのか分からない未来も。
すべてひっくるめて『日常』として受け入れつつあった。
だからね。
いつぞやかに見かけた蜘蛛少女さんと狼男さんがバトッている現場を見つけて、俺は「まあ、こんなこともあるよね」と思うわけですよ。
蜘蛛少女さんも狼男さんも南の半島で出会ったわけだから、ここにいる可能性はそう高くはないはずなんだけど、偶然というものは《起きうるからこその》偶然なんだよな。
蜘蛛少女と狼男は偶然出会い、そしてどのような行き違いがあったのか、相手の命を奪わんばかりの激しすぎる闘争を繰り広げていた。
狼男の左腕は肘関節のあたりがおかしな方向に捻じ曲がり、内臓に打撃を受けたのか狼口の端からかなりの量の吐血あとが見て取れた。俺が出会った時の衰弱状態に比べて動きは鋭かったけれど、それでも動くたびに内臓が痛むのか、身体を捩じる度にちょっとしたタイムラグが生じている。
蜘蛛少女も満身創痍だ。
背中に生えていた二対四本の脚はすべてポキポキに折り切られていて、すでにその背中には無く、人間っぽい少女の細腕も、両腕ともポキリと折られていた。
そこまで損傷が大きいと普通の生物は闘争を諦めているはずなのだが、蜘蛛少女の無表情の顔は狼男を見据えていて、まだ逆転の目を諦めていないように見えた。
うわ。えぐい、えぐい、えぐい。
なぜそこまで痛い目を見ながら戦うん?
俺には格闘技者の気持ちが分からん。
むろん、蜘蛛少女と狼男の気持ちも同様だ。
どっかの高名な武道家が言っていたはずだけど「武術は弱者が身を守る手段」ではなかったのかね? 殴る蹴るを好んでしている人たちがどうも俺には理解できない。自己防衛するにはまず逃げ足を鍛えればいいし、そもそも危険に近づかない努力をすればいい。それでもどうしても逃げ切れない危険に遭遇する可能性はあるのだが、その時はその時だ、いまあるすべてで醜く足掻け。どうせ人生は、あるものをやりくりして前に進んでいくしかないと俺は思う。もちろん事前に備えておくことは大切だけど、本当の【危険】は備えの盲点を突いてくるものだ。いくら備えても不安はなくならない。
不安の根絶が不可能なら、受け入れる覚悟を持つべきなのだ。
未来の結果を受け入れる覚悟を。
つまり、どういうことかと言うと、すべて自己責任ってことだ。
うわー、えぐいえぐい。と言って、俺はこのバトルの勝者がどちらに決まるのかこのまま観戦することだってできる。むしろ「痛いこと嫌ぁー」の俺からすれば『邪魔する者には死あるのみ』的な野生の闘争をしている二人の間に割り込むことなんてしない。
怖いですよ、狼男さんの血走った視線。
蜘蛛少女も、俺を餌としてしか見ていない無機質な非道行為は俺の心を抉りましたね。
その二人から敵認定されるのは自殺行為ってものだ。
だが俺はあえて邪魔をしてやろう!
神聖な二人の決闘に茶々を入れてやる!
何故ならそれは、どちらが勝者になってもどちらか片一方が屍となりかねない血みどろな闘争を止めたいからだ!
超・個人的我儘だ!
怨まれ、殺されることになっても自己責任ってね!
ってなわけで、突撃ぃー。
超怖いけど、俺はまだ元気いっぱいな狼男に向かって走る。
さあ、どうしたものか。
この場を上手く収めるためにはどうしたらいいのだろうか。
考えても答えでねー。
んじゃ、まあ、とりあえず喧嘩両成敗ってことで二人ともぶん殴ってみるか。
シンプル・イズ・ベストっ!
だけど、蜘蛛少女さんは見た目可憐な少女なので殴るってのは拙いよな。
両腕を折られ、背中の四本の腕も千切られた蜘蛛少女は、どんな手段で逆転勝ちを狙うのか想像できないほどの満身創痍な姿で、目下の敵である狼男に向かってふらふらと突撃している。
狼男は俺の割り込みに気付き、神聖な勝負を邪魔しようとする俺に狙いを変えようとしたが、蜘蛛少女が自分に向かって無謀とも見える突撃をしているので標的を改めて蜘蛛少女に戻す。
右腕を振りかぶり、防ぐ腕も無い蜘蛛少女を全力で叩き潰そうとしていた。
狼男の攻撃に付属される雄叫びと威圧感は、俺の身体を回れ右させたいほどに強烈だったが、俺は渦中のど真ん中へと身を投げ込んだ。
よく意味の分からない蜘蛛少女の突撃。
狼男の殺気の込められた【振り落とす右】。
そのど真ん中に割り込んだ俺は、狼男の振り落とされる右手首をピンポイントで狙って左ショートアッパーで迎撃。空中に漂う鋭い爪がギラリと輝く右腕が動いていない隙に左にショートフックで狼男の顎を打ち、高すぎる闘争心から飛んできた左ロングフックを右肘で迎撃。返す刀で右ショートフックを顎に当てる。
あー、怖かった。
って言うか、折れた左腕でよくやるなー。
闘争心とは無関係に膝から崩れ落ちた狼男。俺は狼男を睥睨しながら、後ろにさし迫る蜘蛛少女に気を配る。
俺の乱入にも構わず蜘蛛少女は相変わらず意味不明な突貫をしているので、俺は振り返ることせずに一歩足を後退させ、足を絡ませて転ばせた。
そして地面に転がった蜘蛛少女の背後を取って、首を絞めて眠らせる。
いや、意外とできるもんだね。
格闘技経験ゼロの素人でも、人(?)をオトすことができるんだ。
今の感触を忘れないうちに俺はふらつく狼男の背後を取って、蜘蛛少女と同様に眠ってもらった。
ふぃーっ!
よくやったぜ、俺っ!
そして「よくやったぞ俺」はいいけど、
……この後どうしようか?
あとさき考え無しに行動しちゃうのが、俺のイケないところっ!
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