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【五日目】

【五日目】

 あまりにも文明の香りが薄い島なので、すこし道を戻って沈没船を探索してみることにした。俺の気紛れここに極まりって感じだ。まったくもって理性的ではない。山にでも登って島の全貌を確かめるべきなのかもしれないが、好奇心が勝った感じだ。遭難している自覚が足りていないと叱ってやらなければ!

 ……しかし、何があるんだろうなー。

俺は、わくわく気分で海に浮かぶ沈没船へ一刻でも早くクロールで向かいましたとさ。

 ざぷん。




うむ、なかなか雰囲気がある。

海の中から見上げた沈没船は迫力があった。水面上に出ている高さでだけでも縁までの距離は三メートルある、――――一番低いところで。

登って行けないことはないが、ひとまず全体像を確かめるためにも潜ってみることにした。

 喫水は二メートルと言ったところか、――――一番深いところで。

 現場を見た感じ座礁した原因は、左側底を岩に乗り上げてしまった所為のようだ。水面から一メートルほどの場所に滑らかに盛り上がる岩があって、見事に乗り上げてしまっている。

 あきらかな不注意運行だ、航海図はなかったのか? この船が走っていた時代(現代の可能性のほうが高いけど)、どちらにしても海底レーダーなどないこの船では目視で海面や海底の様子を見ていたはずだけど、これほどの大岩を見逃すとか不注意としか言いようがない。

 とまあ、沈没した原因はさておいて、俺は沈没船に侵入することにした。

 一番低いところから侵入するのではなく、高さが四メートルになる左側から侵入することにした。だって海面から一メートル下には足場になる岩があるし、垂直から少し倒れて緩やかになっている左側面こちらのほうが侵入しはいり易い。

 木造の継ぎ目に指をひっかけて、握力の割合多めで登ります。

登った後は酷使した指をプラプラと揺らして握力を回復させる。意外と朽ちていなくて助かった。指を引っかける度にボロボロと崩れ落ちるなら、さすがに探索そのものを諦めなければいけなかったかもしれない。いや、むしろこんなプチ探検即座にやめてすこしでも外部情報を取り入れる方が建設的なのだが、人間、好奇心を失ったら終わりだと思うのでやめません。

 レッツ探検。

 それなりに精巧な獅子が彫り込まれた扉を開き、船内へと入ります。

うむ、薄暗い。そして独特な匂い。探検している感じが凄くある。さして大きくもない船で、数分から十数分あれば調べ終わるような探検だが、このドキドキ感は大事だろう。不法侵入でもあるからさらにドキドキだ。

左に傾きながら廊下を渡り、階段を下りて、今度は右に傾きながら暗い廊下を渡る。光源となるのはレーザーポインターとライターの明かりだけ。後悔先に立たずだ、せめて松明ぐらい作って持ってくれば良かった。こんな光源だと頼りなさすぎる。ほとんど見えない。

 個室の扉を開いては下り坂のような室内を物色し、違う部屋の扉を開いては上り坂のような部屋の物色をする。ライターの火を限界まで近づけて、やっとのことで何が置いてあるのかを把握できた。結論から言うと、価値のありそうな物は何もない。日常的に使われていた形跡のある素焼きの食器が数点と、朽ちかけた家具雑貨が数点あるだけ。そうそうお宝なんて転がってはいない。すこしがっかり。


 準備不足の所為で予定していた時間よりも大幅に時間を浪費してしまったようだ。外に出て新鮮な空気を吸った頃には太陽がすでに真上の近くまで来ていた。

 しかしまあ、作業効率の悪い探検で、まったくの無駄骨で、がっかりな結果だったが、気分的には悪くない。面倒臭さがそれなりに楽しめた。

 俺は沈没船を後にして島に戻ろうとする。船が座礁した例の岩場に降り立ち、さあ泳ぐぞ、と屈伸運動。

 …………うん? 背後に何か気配が……。

 振り向くと海面がパシャンと跳ねた。

 海面に大きな波紋ができていたが、次々と寄せ付ける波によってすぐに呑まれて消える。

 ふむ。

 ふむふむ。

 いま海を泳ぐのは、ちょっと怖い気がした。

座礁した船と島との距離は三~四百メートルほどでたいした距離ではなく、時間にしても数分のことだが、なにか危険なことが起きる予感がする。

 浅く沈んだ岩場の上で、その予感の原因が何なのか、周囲を観察することで見つけ出そうとした。

 うーむ。……なんかね、嫌な予感がするんだよ。それが何なのかは分からないけど。巨大人食いザメでもいるんかねえ?

 五分から十分ぐらいその場から動かずに周囲を見回してみたけど、何も異常はなさそうだった。勘違いだったのかな? 自分の直感を頼りにしていることは多いけど、その直感は外れることも多い。当たるか外れるかのどっちかだ。詳しく統計を取れば当たる確率の方が倍以上高いだろうけど、うん、でも気分的には五割程度。よく外れる。

 このまま船が座礁した岩場ここに居ても埒があかないので島に戻ることにした。

さあ、今度こそ泳ごう。

 ……え、

 ……は、

 うぎゃあああああああっ‼

 水深一メートルしかない岩場の上を巨大な生物が泳ぎ、俺に向かって猛突進してきた。

その体の半分以上を水面より上に出した、本当に巨大な何か。

 俺はそれが何なのかを確認する前に、一目散に船の上へ向かって逃げていた。慌てていたので足を滑らせ落ちそうだったが、不甲斐ない足の代わりに両手の指が根性出して、握力と腕力だけで船を上りきる。

 ぜえ、はあはあ。

 一瞬のことだったのに息が上がってしまった。

 船の上から見た巨大な生物はそのまま岩場の上を泳ぎ切り、深い海へと消えて行く。


 ……いったい何だったんだ?

 ちらりと見えた後姿は、とてつもなく長い尻尾を持ったぬめりと輝く黒い体表の生物だった。俺が知っている生物で何が一番近いかと言えば、……オタマジャクシ?

 そう、あれは巨大なオタマジャクシだった!

 おいおいおいおい、と一人ツッコミ。常識的に考えれば海にオタマジャクシがいるわけがないし、体高で二メートルを超え、全長なら八メートルを超すカエル様の御子さんがいるわけない! もしおれが見た謎の巨大生物がオタマジャクシとするなら、立派に御育ちになった姿は一度たりとて見たくないね! ぜえ、はあはあ。


 …………なんかここ数日、俺が持っている常識ってモノがガラガラと崩れて行っているような気がする。元から俺は非常識のレッテルを張られているような人間だったけど、光合成をしていそうなクジラがいたり、人魚がいたり、巨大オタマジャクシがいたりと、信じられない生物を連続して見て驚いている。

 《驚いている》ってことは、俺はこの世界に人魚がいないと思っていたのかもしれないし、巨大なオタマジャクシなんてこの世にいないと思っていたのかもしれない。

 意外と常識人だったんだな、俺って。

 ふむ、……我、思うところあり。ありあり。

 変人は変人として誇りを持っているんだよね。

変人が常識に捕らわれていてどうする! 今思い返せば北朝鮮に密入国するなんて常識内の範疇だね! たとえそれが成功していても誇らしくも何ともない!

 よし、今日から俺は珍獣ハンターだ! この世界の不思議生物を三連続で目撃した俺はその方面に才能があるはずだ! 遭難中? そんなこたぁ大したことじゃない! たぶんおそらくなんとなく、きっとこれが俺の天職なのだ!



 陸の孤島ならぬ、孤立した船上から脱出できれば、本気で考えてみてもいいかもしれない。








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