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【四十四日目】

【四十四日目】

 身長百八十二センチ前後、強いアメリカ人女性って感じの女性がエイミーさん。

 身長百七十センチ前後、クロヒョウのような雰囲気の女性がアウエラさん。

 両人とも軍人っぽい雰囲気を持った女性だが、その感覚に間違いはなく、彼女たち二人は正真正銘の軍人さんらしい。

 しかも未来の軍人さんだ。

 俺が聞いた未来のお話はさて置いて。

 彼女たちがこちらに来てからのことをすこし語ろうか。

彼女たちはアフリカに新しく生まれた俺の知らない未来の国で傭兵として働いていたらしく、戦場でおかしな通信妨害があったあと本隊とはぐれてしまい、唐突で不自然な砂嵐に巻き込まれたと思えば、いつの間にかこの島にいたらしい。

 GPSも通信機器も使えない、地形も分からないこの島で随分と長い間放浪していたらしい。怪物が出てきても仲間と手を合わせて今日まで生き延びていたそうだ。

しかし仲間も最初は六人いたが、ここ数週間、夜中になると仲間が謎の失踪をし、見張りの甲斐もなく、いまではエイミーさんとアウエラさんの二人きりとなったそうだ。

 武器弾薬などは長い放浪生活でほとんど尽き果て、残っている武器と言えば原始的なアーミーナイフと俺が短銃と評したおもちゃのような銃器のみ。

 まあ、その二つともが俺の時代の武器と比べても見劣りしないようなものなのだが、これまで怪物と戦ってきた経験から言えば、役に立たないそうだ。


 うっわー、聞きたくなかったなー。

 この話を聞いて、この島が超怖いということしか分からない。

 やっぱり島の奥地に向かわなくて正解だった。未来の軍人さんすら厳しいと感じる世界で生きていけるわけがない。俺の直感様々だ。


 とまあ、そんなお二方の素敵な淑女と出会ってしまった俺は、このままササッと別れるのもアレなので、ちょっと不安だったけど一応フェラクラーリさんのお家に招待してみた。

 俺がゲットしたお肉を一緒に運んでもらって、メルヘン世界までの道案内。

 一応フェラクラーリさんたちと出会う前に、誰が出てきても驚かないで下さいよ、と何度も念を押して、洞窟の敷居をまたぎ、フェラクラーリさんたちとご対面。

 エイミーさんとアウエラさんはミニフェラクラーリさんを見て反射的に短銃を構えたが、俺は慌てて間に入って引き金を引かないようにお願いする。

 ハーフフェラクラーリさんも明らかに敵対行動をしている二人を見て槍を構えていたが、こっちも俺が必死になって宥める。

 みなさんお願いだから(俺のために)争わないで!

 そんなしばらく続いた緊張状態も、御本家フェラクラーリさんの鶴の一言で収まった。

 フェラクラーリさんの上品で理性的な雰囲気がエイミー・アウエラさん両人に伝わったせいもあるだろう。令嬢のお嬢様然としたフェラクラーリさんが《ようこそいらっしゃいました》と言えば、誰でも銃を収める。


 そこからはフェラクラーリさんの独壇場だ。

 かなり強引な性格のフェラクラーリさんは問答無用でエイミーとアウエラさんを歓待し、美味しいベジタブル料理を振る舞った。

俺も俺でノかって、捕ってきた肉を調理してワイルドな男料理を振る舞った。

 俺の料理はともかく、三ツ星レストランに勝てずとも劣らない上品な菜食料理にエイミーとアウエラさんは舌鼓を打つ。どうやら久しぶりの人間的な料理が嬉しいらしい。

 それでも最低限の警戒を解かないところはさすがと言うべきか、……いかにも根っからの軍人って感じですこし嫌だった。

 食後、二人は外で野宿をしようとしていたが、フェラクラーリさんは家に泊まるように命令した。すでにお願いではない。命令だった。一飯の恩を最大限に活用して、無理矢理に一宿させた。




 そして今日。

 エイミーとアウエラさんのかわりに、女性だらけの狭い家から逃げるように外で野宿をした俺は、洞窟から出てきたアウエラさんとバッタリ出会ったので挨拶をした。

 夜はぐっすり眠れましたか?

 ああ、久しぶりによく眠れたよ。

 アウエラさんは苦笑いをしながら、日の光が当たる場所で軽いストレッチを開始する。

 ああいう普通の女の子なお喋りをするのは久しぶりだった。

 アウエラさんは胸を逸らしながら苦笑いのままそう言った。今度は体を前に逸らし、両手を地面にぴったりとつける。

 でも、エディって子は無口だったね。あの子は普段からああなのかい?

 アウエラさんは地面に座り足を頭の上に通していた。おお、意外と柔らかい。

 君たちもいつの間にかこの島にいたと言っていたよね。にゃかと君はいつからここにいるんだい?

 …………俺の名前は「にゃかと」ですか。ええ、まあいいですよ、俺の名前はにゃかとでいいです、答えましょう。フェラクラーリさんはこの島で生まれ育ったみたいですが、俺がこの島に来たのは四十日ぐらい前で、エディは三十日ぐらい前ですかねぇ?

 アウエラさんは両手足を地面につけて、猫のように背伸びをした。

 その表情はすこし驚いているようだった。

 へえ、君たちそんなに長いんだ? もしかして、フェーちゃんに拾われたのかい?

 いえいえ、俺とエディがフェラクラーリさんと出会ったのは結構最近のことですよ。まだギリギリ一週間も経ってないですね。

 アウエラさんはストレッチを終えて、俺の顔をじっと見つめてきた。

 と言うかむしろ俺の顎を細い指でつまんで、息と息が触れ合うほどに顔を近づけている。

 ドキドキドキドキ。

 ドキドキドキドキ。

 あのー、アウエラさん? 非常にお顔がお近いのですがー。

 にゃかと君はいい顔をしてるね。

 あ、え、はい、ありがとうございます。

 アウエラさんはそれだけを言うと満足そうに微笑み、細くしなやかで力強い素敵な背中を見せて洞窟内に消えて行く。


 ……うん、なんだったんだ? 何がしたかったんだ?

 なんともミステリアスな大人なお姉さんだった。


 ふむ。

 ふむふむ。

 エイミーさんかアウエラさんに言おうと思っていたことを言うのを忘れていた!

 弓矢を作るのに使いたいので、余っているワイヤーとかないですかと聞くつもりだったのに、完璧に忘れてたな。

まあ、メルヘンの家に行けばすぐ聞けることなんで、ささっと聞きに行きますか。

洞窟入ってメルヘン世界の門番さんに挨拶して、女王様がいるメルヘンの一軒家に到着。

 コンコン、入るよ~。

 …………。

 …………。

 …………。

 ……ごめんなさい。バタン。


 やっちまった、見ちまった!

 女の子の生着替えをこの目で見ちまったよ~っ!

 女性四人全員分の裸が、俺の脳内に記録されてしまった。

 まあ俺は、この島に来てから女の子の裸を見る機会が超多くて、裸なんて見慣れたもんだと言うことだってできるけど、見せるのと見られるのではやっぱり意味が違うだろう。

 扉向こうの静寂が怖い。

 いきなり銃撃とかされんよな?

 俺が扉の近くでしゃがんでいると、メルヘンの家の扉は開かれた。

 中から出てきたのはエイミーさん。なにか用件があるのか? と、結構義務的な感じで尋ねてきた。まあ入れ、と家に連れ込まれて椅子に座らされる。俺は女性たちの視線を一身に浴びているようで居心地が悪い。脂汗がじとじとと滲み出そうだ。

 フェラクラーリさんは料理専門のミニさんと一緒にお茶を淹れていた。

 その表情はいつもと同じで、とてもではないが怒っているような雰囲気ではない。

 ありがとうフェラクラーリさん、あなたはいつでも俺の味方だ!

すくなくとも一人は怒っていないということで、すこし安堵できた。

 問題はあと三人。

 どうやらアウエラさんも怒ってないようだ。むしろすこし楽しげな微笑みまで浮かべている。軽く俺に手を振って、声には出さず口だけでなにかを言っていた。

 ???

 最初日本語のつもりで読唇術をしてみたのだが、そういえば翻訳機みたいなもので言葉が通じるのであって、アウエラさんが使う言語が何なのかを気にしてないので分からない。

勘だが、雰囲気的に大人な発言をしたと思う。おそらく十八禁の台詞だ。とにかくまあ、怒ってはいないので大丈夫なはずだ。

 さてさて、あと二人どうなのだろう。

 エイミーさんは裸を見られたことをまったく気にしていないようだ。

通常運転って感じ。

軍人らしく理路整然と口調で、俺が何のためにここにいて何を欲しがっているのかを、俺の口から言い始めなくても聞きだした。

 俺はお肉と交換でワイヤー(名称不詳の謎の糸。未来の軍用モノなので途轍もなく強靭)を手に入れた!

 よしよし、ここまでは順調だ。

 問題なのは残りの一人。

大人なお姉さんたちとは違って裸を見られたぐらいで動揺しまくりのエディは、ベッドの上に座ってずっと俺を睨んでいた。いまにも俺を殺さんばかりの目つきだ。

 や、やめてー。

 これまで一緒に多くの困難を乗り越えた仲なのに!

 このメンバーでは一番付き合いの長い友人が、一番俺を蔑んでいる!

 俺はその視線に居た堪れなくなり、ワイヤーを貰ったあとは逃げるように家から出た。

 悲しくなんてないからね、悲しくなんてないんだからねっ!



 俺は黙々と弓矢を完成させる。

 やはりワイヤーは偉大だ。そこそこ出来が良かったと思い込んでいた弓のいくつかは、ワイヤーの張力に負けて弾け壊れたりしたが、その分、ワイヤーの張力にも負けない頑丈なものは素晴らしい逸品となった。

 矢は竹製のモノで最高に素晴らしいとは思えないのだが、試射すると軽く五十メートルは飛んだ。

 殺傷有効範囲だと精々三十メートルぐらいだろうが、それで充分だ。

 完成品を眺めると、獲物を走って追いかけまわしていた日々が懐かしくなる。

 よくまあ、あんな原始的なことをやっていたな俺?

 その時はそれしか手段がなかったとはいえ、馬鹿じゃないのかと言いたくなる。

 さて、念願だった弓矢もようやく揃えることができたし、みんなのためにも狩りに行きますか。

ひと狩り行こうぜ! のテロップが頭に流れる。

結局アレは一度もやらなかったなぁ。

 たとえやったとしても俺の場合ボウガン一筋で命を大事に、できる限りノーダメで勝とうとするはずだから、おそらくまともに狩りはできない。時間制限があると聞いているので時間切れしまくりだろう。有名だからと言って手を出さなくて正解だ。

 そもそも大剣で馬鹿デカい竜に勝てる人間自体がチートだ。そもそもからバクキャラを操作しているようなものだ。あんな化物な人間なんていやしない。もちろんそれはゲームや小説の中でのフィクションだから現実とごちゃ混ぜにするのは大間違いなんだけど、……だけどどうしても違和感が先に来て、そのフィクションを俺は正しくフィクションとして見ることができない。

人間は、ほんの些細な事でも死んでしまうものなのだ。



 「それこそあいつのように…………、」



 ……おおっと、いかんいかん!

なんだか最近、思い出に浸ってることが多いぞ俺、どうしたんだ俺っ⁉

いまの生活とはまったく関係ないことで、絶望のあまり三日間断食しそうなほどテンションが落ち込みそうだったぜ!

 さあ、切り替えよう。

 これから俺は狩りに行く。

 これまでとは比べ物にならないほどの至高の武器が手元にあるのだ。

 鉄枝の槍を装備から外して、人間文明至高の一品、弓矢を装備。

 狩るぜぇ~、狩るぜぇ~、狩られる相手にとっては「やめてくれ」かもだが、俺は狩るぜ!

 みんなのためにも俺はやるぜ!

 狩りに向けて俺はテンションを上げるが――――、

 「待ってくれ」

 水を差される。

 お、おおぅ。

 さあ行こうと思っていたら、エイミーさんがいつの間にか俺専用工作広場にいた。

 エイミーさんは俺が作った弦無し弓を手に取って、その出来栄えを確かめている。

 「よければ私たちも一緒に連れて行ってくれないか?」

 私たち? その言葉に引っかかった俺が周囲を見回すと、気配を消したアウエラさんが木の脇に立っていた。

夏の強い日差しの中、木陰の中で静かに佇んでいる小麦色肌のアウエラさんはとても見つけづらい。挨拶されるまでマジ気付かんかった。ハウディング能力高いなぁ。

 とまあ、そんなちょっとした驚きは置いといて。

どうやらお二人とも俺と一緒に狩りを手伝ってくれるそうだ。

 武器弾薬はほとんど尽きたけれど、弓矢があるなら普通の動物ぐらいは狩れると言っている。怪物相手だとさすがに役に立たないが、もし怪物と運悪く出会ったとしても、一人よりも二人、二人よりも三人の方が生存確率も上がるので同行しようと申し出てくれたわけだ。

 おお、ありがとう、出会ったばかりの俺を心配してくれて!

 感激しすぎて思わずハグしたくなったが、強靭な精神力で耐えてみた。

 俺は狩りに出るのを遅らせ、弓矢製作を手伝うことに。

 弓自体は弦を張るだけなので本人に任せて、俺は矢を量産する。

 細々竹を適度な長さに切り分けて、先端に鉄の葉を簡易加工したものを取り付ける。あとは空気抵抗で矢がブレ難いように鳥の羽を向き揃えて取り付ければそれで完成。

 一本作るのはそう面倒ではないが、量産するとなると面倒だ。

 誰か手伝ってくれと思うが、エイミーさんとアウエラさんは細いワイヤーを太くするための三つ編み作業中なので、もうしばらくは一人きり。

こんちくしょう、一人でもやってやんぜ!

 手は黙々と動かしながら、楽しいようでじつは超現実路線な話題で製作作業現場は盛り上がる。

 へえ、夜の森で火を起こすのは危険なんですか。余計獣が寄ってくると。

 見た目だけではその危険度は測りきれないと。小さくても危険な奴はいると。

 腕が異常発達したトカゲは美味しいと。よく食べる気になりましたね。

 はぁ、俺が『騎士』ですか? エディを守ってきたんでしょ? いえいえ、俺も助けられてばかりですよ。俺が病気で死にかけたとき三日間も付きっきりで看病してくれたらしいし。

 途中から俺とエディとの関係ばかりが話題になったのは何故だろう。

 そんな話をふったのはアウエラさんだけだが、エイミーさんもまったく興味が無いと言うわけではないようだ。

 …………ぶふっ⁉ げほげほげほ。

 いやいやいやいや、俺とエディはそんな関係じゃないから。アウエラさ~ん、あんまり変なことを言わないで下さいよー。

 矢も数が揃ったので、下種の勘繰りな話題は無理矢理打ち切る。

 へい、あねさん。矢をどうぞ!

 軍人さんな二人が弓矢を装備すると、えらいカッコエエな。絵になる。アマゾネスって感じだ。超強そう。弓矢の扱いならおそらく俺に分があると思うんだが、雰囲気では勝てません。街頭の百人に尋ねれば、八割以上がエイミー・アウエラさんの方が強いだろうと思うだろうね。出来上がった弓矢の感触を確かめるため何本か試し打ちをしたんだが、女性の力じゃないわマジで。エディ何人分のお力なんでしょう? まあ、比較対象のエディが弱すぎるって話かもだけど。

 うん、さすが軍人さん。

飲み込みが早い。

 射撃センスもぱなかった。試射を十発も必要としない。すでにもう二十メートル先のシカなら確実に仕留められる精度を持っていそうだ。必ずしも真っ直ぐ飛ぶとは限らないブレる矢でよくやるなぁ。

くそう、俺がそこまでのレベルになるのに何か月かかったと思うんだよ!

これまた比較対象が七歳児の俺だったりするので比較にはならないが、そうすんなり上手くなられると、ちょっと凹みたくなる。

 しかしまあ、パートナーとすれば心強い限りだ。

 むしろ獲物を追い詰める技術なら俺より格段に高いだろうから、俺が邪魔にならないように頑張らなきゃだ。張り切ろう。

 「今回私たちは、あくまでキミの随意同行だ」

 うーむ。

 てっきりリーダーっぽいエイミーさんが指揮を執るもんだと思っていたが、探索隊の指揮は俺に一任された。

俺って人を率いたことがないからどうなるか知りませんよ? 

 「好きにしたまえ」

 勝手に後ろを着いて来るって言うことなんだろう。

 マジで好き勝手に山中を駆け回るつもりですから、覚悟はしておいてください。

 「ああ、キミがどれほどのモノか見せてくれ」

 あれ、なにその言い方?

 俺って試されてるの?

 まさかこんなところで試験を受けるとは思わなかった。

 いいだろう、受けて立とうではないか! 存分に俺がどれほどの男なのかを確かめてくれたまへっ!



 ――――で、三十分後。

 俺の後ろには誰もいなかった。

 ……あー。

 …………。

 …………。

 …………。

 しばらく待っていると、下の方から二人の息遣いが聞こえてくる。

 もうしばらく待ってみる。

 もうしばらく待ってみる。

 エイミーさんの姿が見えた。

 アウエラさんの姿が見えた。

 二人は結構荒い息遣いをしてはいるけど、視線は前を向いていて弱々しい感じなんて一つもない。さすが軍人さん。心も強い。

 「…キミは、…猿か……」

 うっ⁉ ……エイミーさんからなかなか酷い言葉を頂いた。たしかに東洋人は西洋人の方からすれば顔がサルっぽく見られがちだが、俺はサル顔じゃないと思っていたのに……。

 「こう言うのも悔しいが、できれば速度を落としてくれ。私たちではおまえに着いて行けそうにない」

 ええ、嘘だろ? まだ三十分だぜ⁉ 俺はこの世界に来てから無尽蔵の体力を得たけど、前の世界でもこれぐらいのペースで山をガンガン登ってましたよ? 五十メートル先も見えない密林をこのペースで進んでましたよ? 三時間ぐらいなら平気で体力持ちましたよ?

 うむ。

 むかしの俺はそこまで凄かったのか。一緒に行動をともにする友達がいなかった――――、もとい比較対象となる人物がいなかったんで、アルピニストと比べれば俺の能力なんて平均並みだと思っていた。

 しかしアルピニストと比べても劣らない体力を持つはずの軍人さんが俺にまったく着いて来れないことを考えると、俺は凄かったんだ! それこそサルに例えられるぐらいに!

 まあ、山登りと言いながら空中の上を進んでいることが多かったような気もするし。

 普通、三角飛びを連続して山を登る人なんて少ないだろうし。

 そう言えば二~三回ほど登った木の枝から隣の崖向こうへ跳んだような気もする……。

 まさに俺はサルではないか!

 と言うか、よく着いて来れたな二人とも。

 崖、跳び越えて来れたんだ。もしくは迂回した所為で遅れたのかな? 

 いや、みなまで言うな、みなまで言うな!

 いま重要なのは一つ向こうの山の麓にチラチラと見えるイノシシだ。

 いつぞやかの巨大イノシシではなく、普通サイズのイノシシだ。

 じゅわっと溢れる肉汁をそのままガブリと頂いたら、ほっぺがポロリ落ちる美味さのイノシシだ!

 イノシシ食いたい。ブタの味懐かしい。

 絶対にあやつは狩るべき相手だ!

 なので作戦会議。


 エイミーさんとアウエラさんは風下のあそこらへんに隠れて機会を窺っていてください。俺はそろりそろりとホシイノシシを目的地に追い込みますんでー。


 うあ、なんか怪訝そうな顔された。

 理解不能な生物を見る顔だ。

 そんな顔をされるのは慣れているとはいえ、かなり凹む。

 さてさて、どう説明したものか。

 一言に目標を目的地に追い込むと言っても、無限に逃げ道がある場所で野生の獣を追い込むことなんてできないと二人は思っているのだろう。まあ、普通に考えればそうだ。俺だってそう頭の良い方じゃないが、すこし理性的に考えれば不可能な事だっていうことぐらいわかる。

 ああ、やめてエイミーさん。そんな馬鹿な子を見る目をするのは!

 アウエラさんも苦笑いしないで⁉

 失敗を前提として「好きにやってみればいい」とか言うのもやめて⁉

 ……えっと、これは俺の感覚論で説明しにくいんだが、俺はイノシシさんの考えていることがなんとなくわかるのだ。お腹が減った、こっち行こうか、やっぱりあっち行こう。みたいな? 尾行ごっこを子ども時代に何度もやってきた俺の観察眼を舐めないでほしい。俺は相手に自分の存在をなんとなく知らせることで、やっぱりなんとなくだが誘導させることができるのだ!

 うん、理解をしろとは言わないけど、理解をする努力は諦めないで?

 ちゃんと俺を見て?

 一度やって失敗したら諦めつくだろみたいな感じで行動を開始しないで⁉

 ――――……うわ、慈悲がねえ。

 俺を無視してさっさと作戦に入ったよ。

 迅速な行動で惚れ惚れしそうだ。

涙で前が見づらいぜ!


 そろそろエイミー・アウエラさんも配置に着いた頃なので俺も行動を開始する。

 俺が向かうのはイノシシがいる場所の風上。近過ぎず遠過ぎず、俺の匂いと気配が届く距離。これ以上近づかれたらちょっと嫌だなとイノシシが感じてくれる距離。

 イメージだ、イメージだ。

 俺が見た感じあのイノシシ(次回からはイノ夫とでも呼称しよう)は、すこし気が強そうだが無駄な争いは避けるタイプ。もし偶然的とかち合ってしまえば勇ましく戦うが、すでに索敵範囲に引っかかっている敵(俺)からは逃げようとするだろう。

 俺が走ってイノ夫を追いかければ、イノ夫はすぐさま森に入って俺を撒こうとする。しかし歩いても逃げられる範囲であれば必要以上に警戒しない。気の向くままに、しかしながら俺から離れるための道を無意識に選んで歩き、そしてやがては俺が指定したエイミー・アウエラさんが待ち伏せる場所にノコノコと歩いて行くことだろう。

 軍人さんとしてのスキルが高そうな二人なら、たとえ貧弱な装備でも待ち伏せからの強襲で相手を制圧するのは容易いはずだ。まさかあの二人が普通のイノシシに負ける姿なんて想像もできない。

 だからこの作戦の一番の問題点は、イノ夫が俺の予想通り動いてくれるのか。

 ……まあ、動いてくれるんだよねー。

 遠くからイノ夫の悲鳴が上がった。

 続いて聞こえる断末魔。

 やっぱりすげえなお二人さん、一撃で仕留めたのかよ、相手の命を奪うことに容赦もなければ一寸の緩みもねぇ!

 俺が断末魔のした場所へ走って行くと、すでにイノ夫は血抜き作業をされていた。

 首から血がドバドバ流すイノ夫の姿。

ご愁傷様です。

俺はイノ夫の冥福を祈り、手を合わせる。

こんなことをしたってただの自己満足なのだが、こんなことで自分の気が休まるならやらない手はない。俺は命を奪った時、頂く時は、必ず手を合わせて自分を救う。

 ……うむ。

 想定九十キロのイノ肉だーーーっっ‼

 別名ぼたんとも言う!

 そのお肉は牡丹ぼたんの花のように色鮮やかだからその名が付いたのかどうかは知らないが、美味しそうな脂で煌めくピンク色に、ほどよく差した脂の白色は思い出すだけで食指が動く。豚と似た味だが、野生で生きていた証明なのか程良い噛みごたえがあり、そして蕩けるような脂の甘みっ! ……匂いがちょっと獣臭いかもだが、それもまた美味しく味わえてこその野趣溢れる素敵お肉!

 ああ、想像するだけでよだれが……。

 なかなかの大物が狩れて大満足だ。

 今日はこれを持ち帰るだけでもひと仕事になるので、狩りはこれで終わろうか。

 血抜き作業中だけど、その場にある材料で簡易的なそりらしきものを作成し、その上にイノ夫を乗せる。

さて帰ろうか。

俺は一人そりを牽き、エディとフェラクラーリさんたちが待つ家へ帰る。

 ――――って、そうだった、なんで俺はすべて一人でやろうとしてるのか⁉

 俺のあまりの手際の良さに軍人さんすら口を挟む暇がなかったようだ。みんなで運べば辛さも苦しさも三等分なのに、俺はそういうのを全部一人で請け負っている。いまからでも手伝ってくださいと言うべきか? しかし待て、いまさら手伝ってくださいと言うのもアレだ。ここはレディーファースト的な精神で、男の俺が面倒臭い雑務を引き受けた形にしておこう!

 エイミーさんとアウエラさん御両人は周囲の警戒をお願いしますー。

 よし、これでいい!

 イノ夫の運搬は俺の仕事だ。

こんな力仕事、綺麗な女性がするもんじゃないぜ?






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