【三十九日目】
【三十九日目】
うむ。
うむうむうむ。
なんだかんだと俺もファンタジー色に染まってきたような気がする。
人魚さんしかり、狼男しかり。
そして、愛くるしい少女こと【幸運の女王】フェラルークさんも、人間とそう変わらないと感じている。
エディと同じように一人の個人。
一人のレディーとして扱わなければ失礼にあたるだろう!
…だからお願い、……服を着て?
いつ来たのか知らないけど、寝床に潜り込まないで?
寝ていた俺の隣には、真っ裸のフェラクラーリさんがいた。
俺の左腕を抱き枕にして、すやすやと眠っている。
もちろん俺にはやましい覚えなど一つもない。
メルヘンな家にはベッドが一つあり、そのベッドには女の子であるフェラクラーリさんとエディが寝て、俺は弾力性のある大きな葉っぱを毛布に床で寝ていた。どこにもやましい出来事が入り込む隙間などない。男女が一つ屋根の下にいることがやましいと言うなら、俺はとっくの昔にやましいことをエディとしている! だから断言しよう。今回のことについて、どこにもやましい出来事が入り込む隙間などない!
目を覚ましたらフェラクラーリさんが俺の隣で寝ていただけだ。
よっぽど寝相が悪かっただけだと思う。
うん、きっとそうだ。それだけだ。
一目で気に入られたとかそんな甘い妄想はしないぞ俺は。
だけどなんか怖い気がするので、ベッドの上でお休み中のエディを見る。
うん、エディはまだ起きていない。よかった、よかった。
ここは紳士的に、裸なフェラクラーリさんに葉っぱの毛布をかぶせて、メルヘンな家の外に出た。
うわー、メルヘン~。
朝の光がわずかにしか差し込まない峡谷の底のような空洞に、朝日のかわりにヒカリゴケが発光して柔らかい光で包まれたメルヘン世界。
薄く柔らかい、けれどもすこし暗い光の中で、本家フェラクラーリさんの三分の一もない小さなミニフェラクラーリさんが朝早くから懸命に畑仕事をしていた。
パッと見で七人ほど。
てこてこてこ、の擬音が似合いそうな軽い足取りで、メルヘン世界でかわいらしく野良仕事。
お仕事大変ですねー。と世間話をすると《それほどでも~》とかわいらしい返答があった。
メルヘン世界の入り口には三人娘の一人、フェラクラーリさんの半分の身長のハーフフェラクラーリさんがいて、かわいらしい容貌ながらも凛々しく槍を担いでいる。
警備のお仕事も大変ですねー。と世間話をすると《これが私の任務ですので》と、堅苦しくもかわいらしい返答があった。
俺はしばらくメルヘン世界を歩き回り、畑に芽吹き始めたばかりの野菜がどんな食い物なのかをミニフェラクラーリさんに教えてもらったり、交代時間になったのかまだ眠たそうな表情の三人娘のもう一人である警備役のハーフフェラクラーリさんに外の生物のことを教えてもらったり、色々と知識を教えてもらったかわりに手品をして驚かせてみたり、高い高いをして遊んでいると――――、
メルヘンな家から本家フェラクラーリさんが寝惚け眼で現れた。
【幸運の女王】。
エディ曰く、フェラクラーリさんの種族はそう言われていたそうだ。(正式な名称は覚えられなかったので、フェラクラーリさんに語訳してもらった単語だけど)。
女王を中心にだいたい三十から七十ほどの群れをなす、蟻に近い習性を持った世にも珍しい多交配種族の一種。基本的に穏やかで争いを好ない性格で、そして人々に幸運をもたらすことからその名前が付けられた。
彼女たちは絶滅した種族だったらしい。
幸運を呼び寄せると言われる言い伝えが災いして、彼女らは人間に狩られた歴史を持っていた。
もちろんすべての人間が彼女たちを襲ったわけではない。
一部の人間が、利益のために彼女たちを襲ったのだ。
彼女たちもそれを理解していた。そしてすべての人間が悪いわけじゃないと許し続けた。
亜人種の中でもとくに人間と友好的。
そして争いを好まず、すべてを許す優しい性格。
その二つが彼女たちを絶滅させた要因でもあるらしい。
フェラクラーリさんはその笑顔からとても想像できない辛い過去を持っているのだろう。
エディからその話を聞いて俺は、フェラクラーリさんの笑顔を見るたびに胸の奥がちょっと痛くなる。
《いえいえ、その御話でしたらわたくしは関係ありませんよ?》
おおぅ⁉ びっくりした!
俺にテレパシーを送った張本人を見ると、穏やかな笑みを浮かべている。
あらかじめくると分かっていれば身構えることもできるけど、慣れないとテレパシーは吃驚するな。うむむ。
《それはたしかわたくしの曾々ばあ様の御話しだと思います。昨日はエディ様があまりに悲痛な様子で語っていましたので、つい口を挟めませんでしたが、わたくしはお母様に大切に育てられた記憶しかございません。それに人間種の方たちについても悪い言い伝えはないんですよ? むしろ自分がやったことではない出来事でも、それが同族のやったことなら自分に責任を感じて謝ってくれるような心優しき方々だと聞かされました。わたくしも、にゃかと様やエディ様を見て、そう思います》
ううう、
うーん。
ここは照れるべきところなのか、それとも感激するべきなのか。
半分は俺を褒めてくれてるんだろうけど、半分は俺と関係の無い世界の人のお話だしなぁ。
俺ばかりが褒められるのもなんか間違っているような気がする。
ちなみに俺の名前が「にゃかと」なのは訂正するべきか諦めるべきか……。
……わざと間違えてない?
にっこりと微笑みを返された。
なんかすげーわざとっぽい。
――――というか、いまさら気付いた、自然すぎて気付かなかった、お願いですから服を着て前を隠してください。見ていて俺の方が超恥ずかしくなっちまいますからお願いです!
《後ろは隠さないでいいのですか?》
すみませんでした、後ろもお願いいたします!
《わかりましたわ》
俺が必死にそう願うと「ふふ」と上品な微笑みを浮かべてメルヘンな家に戻る。
……………………。
…うーん。
いったい何のために外に出てきたのやら。
俺をからかうために出てきたのか?
現れたかと思えばすぐに消えたフェラクラーリさんであった。
昨日の出来事をちょっと話そう。
すでにこの状況が先日に何が起きたのかを物語っているとは思うが、すこしだけ、補足のつもりで語ろうか。
昨日強引に食事に誘われた俺は、一度エディたちが待つ素敵ビーチに戻り、愛くるしい少女フェラクラーリさんのことを話した。
そしてエディは、俺からフェラクラーリさんの話を聞いて、目を見開くほどに驚いた。
「本当なの⁉」と勢いよく俺に詰め寄り、何度も何度も間違いないでしょうねと確認をしてきたほどだ。
俺は見たこと聞いたことをそのまま話すことでエディを落ち着かせたが、けっこう吃驚したなあれは。
あの時のエディは怖いぐらいに真剣だった。
今すぐ連れて行け、連れて行かないと殺すわよ。ぐらいの真剣さ。
フェラクラーリさんのご自宅はそれなりに山の中だったので、エディを千夏の上に乗せて、人魚さんにバイバイとお別れをして、それなりに山を登る準備をしてから向かった。
着いた時は日が暮れる直前だった。
《おまちしてました~》
と、洞窟入口で俺とエディを出迎えるミニフェラクラーリさん。
そのミニフェラクラーリさんに連れられて、メルヘン世界の門番的なハーフフェラクラーリさんの横を通り過ぎ、メルヘン世界の一番奥、メルヘンな家の前で待ち侘びていた本家フェラクラーリさんと出会うや否や、エディは閉口一番謝罪した。
むこうの言葉だから正確なことは分からんが、その後の話の流れ的に「私たちの祖先が馬鹿なことをやらかしました。謝っても許されることではありませんが、どうか謝らせてください」みたいなことを言ったんだと思う。
そしてフェラクラーリさんはエディの真剣な謝罪を気にしないように振る舞ったんだと思う。
エディに椅子に座ることを強く勧めていた。
【幸運の女王】は精神同調能力、いわゆるテレパスと呼ばれる能力で、多種多様な種族とコミュニケーションを取ることができる。
その特異な能力は古来から多種族との『言語翻訳』として使われることもあったそうだ。
事実、エディが仕事としていた言語学の歴史の中で【幸運の女王】との繋がりは深い。お互いに手を取って、無数に存在する言語を形ある文字としてまとめ、共通言語を作ろうとしてきた歴史があるそうだ。
だから、言語学者であり翻訳家のエディは【幸運の女王】が辿った歴史は悲劇だと思っている。人類がやらかした最低の悲劇。エディは人類の代表として、最後の生き残りだと思われる【幸運の女王】フェラクラーリさんに謝罪をしたのだ。
それに対して悲劇の主人公の子孫であるフェラクラーリさんは、にっこりと微笑み、暖かい料理を用意して、人類代表として謝罪をしたエディを許した。
エディは簡単に許されたことについて何か言いたそうだったが、当の本人であるフェラクラーリさんが《そんなことより楽しい話題で盛り上がりましょう》と言ったので、昨日の晩は暖かい料理を肴に色々なお喋りをした。
宴も終わりに近づき、夜の闇も深くなった頃、フェラクラーリさんの提案で俺たちはメルヘンな家にお泊りすることになった。
エディはすこし気拙そうで最初は断っていたが、フェラクラーリさんは強引で、《こうなったら強硬手段を取るしかないわ》と冗談めかして門番、兼、警護役の三人娘を呼んだりもしていた。
…………いや、あの眼は冗談ではなく、ちょっとだけ本気だったかもしれない。
そんな感じで今日の冒頭に続く。
フェラクラーリさんの祖先は元々人間と親しかった所為か、出される料理は美味しかった。素材がなんなのか俺にはちょっと分からなかったが、基本菜食主義のようで、甘い野菜スープとか、ちょっとピリ辛な野菜炒めらしきもの、後は酸っぱいドレッシング付きのサラダをご馳走してもらった。
ミニフェラクラーリさんから聞いた話だとそれらの料理は本来女王である本家フェラクラーリさん御用達の料理(何世代も前には人間のお客様にも出されたらしい)で、働き蟻ポジションのミニフェラクラーリさんや、兵隊蟻ポジションのハーフフェラクラーリさんは、白いキャベツのような瑞々しい植物に花の蜜を直接ぶっかけてまるかじりが一般的な食事のようだ。
ためしに俺にも貰えるかを聞いてみると、ミニフェラクラーリさんは快く分けてくれた。
白キャベツ丸ごと花ミツ掛け。
食べ方も、ミニ&ハーフフェラクラーリさんを倣って、まるかじりで。
がぶり、ごきゅごきゅ、ごっくん。
うん、キャベツのハチミツ掛けだ。なんか新世界の扉が開いたような気がする。思っているほどには悪くない。美味しいかどうかは微妙だけど。
これって美味しいの? と尋ねてみると《あまいです!》と至福の表情が返ってきた。
うおぅ、眩しすぎる笑顔だ!
その笑顔はとても幸せそうで、見ているだけで俺の心まで幸せな気分になってくる。
これが【幸運の女王】と呼ばれる所以か! 女王の子どもでさえこの力だ!
やばい、かわいすぎる。誘拐して持ち帰りたい……っ!
俺の理性よ、その飽くなき欲望を抑えるんだ……っ!
ううう、…くそっ、かわいすぎるっ! 俺の理性は欲望に負けそうだ!
《御持ち帰りされるなら、わたくしが立候補してもいいですか?》
うぎゃう! びっくりした!
いくら俺が目の前の超絶かわいい生物に夢中だったとはいえ、まったく気付かずに他人の接近を許したのは久しぶりだ。俺の隣には、洗練された葉っぱのドレスとも言うべき服を着た御本家さんがいた。
御本家フェラクラーリさんは《どうですか、似合いますか?》と、ドレスの裾を申しわけ程度につまんで持ち上げ、その場でくるりと一回転する。
おお、素敵だ素敵だ。
俺は拍手をした。
葉っぱのドレスは見た目以上に緻密な細工が施され、俺なんかが作れそうもない素晴らしい逸品だった。
《……………………》
フェラクラーリさんの無言のテレパシー。
え? 無言を伝える必要ってあるの?
なんでわざわざ無言をテレパシーで俺に伝えたのか全然わからない。
フェラクラーリさんの変わらないにっこり笑顔がちょっと怖い感じもするが、気の所為だと思い込もう。目を逸らしたいぐらいに俺の直感は危険を感じているのだが、目を逸らしたら余計に危ない気もするので根性で視線を外さない。
……とっ、
ところでフェラクラーリさんや。
エディはまだ寝ているのですかい?
あやつは万年眠り姫でも演じているつもりですかねぇ?
表面上穏やかだけど、どこか重たい空気を払拭するために話題を振ると、フェラクラーリさんは、にこやかに応じてくれた。
エディはまだ眠っているらしい。
俺はそれを聞いてやれやれと溜息を吐くが、フェラクラーリさんはそんなエディのことを褒め始めた。
あの人は本当に真っ直ぐな心をした良い人ですね。
わたくしのことなんて知らないはずなのに、それなのにあんなにもわたくしのことを思ってくれていて……。
わたくしはエディ様とにゃかと様と出会えて幸せです。
と、フェラクラーリさんは言う。
それなら俺のことを「にゃかと」と呼ばないでと言いたいが、にっこり微笑んで誤魔化された。
……ねえ、わざとだよね?
それは絶対にわざとだ!
今日の朝ご飯はフェラクラーリさんの好意に甘えて頂いた。
と言うか、むしろエディに限っては強制だったけど、そこはご愛嬌。
メルヘンな家の前に置かれたテーブルの前で料理が並べられるのを心待ちにする。
料理専門のミニフェラクラーリさんがいることが判明した。
見た目は他のミニフェラクラーリさんと区別するのが難しいが、喋り方や性格、している行動で判別できる。将来的には一目見ただけで判別できるようにしたいが、いまは料理専門のミニフェラクラーリさんと覚えよう。
そのミニフェラクラーリさんに調味料や食材、調理方法を色々と聞いた。
料理専門のミニフェラクラーリさんはなかなかベテランな料理人で、作業しながらもかわいらしく俺の質問に答えてくれた。
テーブル居並んだ料理はベジタリアン専用料理だが、うまうまだった。
作ったのはミニフェラクラーリさんだけど人間的なお味付けでうまうまだった。昨日も思ったんだけど、とくに甘い野菜スープが上品なお味で絶品だ! 三ツ星レストラン相手に勝るとも劣らない絶品だぜ!
思わず料理専門のミニフェラクラーリさんを誘拐しそうになったが、そこは理性で我慢した。俺の専属料理人にならないかとだけは言っておこう。素敵な笑顔で断られた。
食事が終わり、穏やかな時間が流れる。
ここしばらく人間的な料理が食べられておらは幸せだべ~。ずっとここの子になりたいぐらいだべよ~。
フェラクラーリさんは立ち上がり、食後茶がいるかどうかを聞いてきた。
俺はくださいと答えて、エディは遠慮する。いまさら遠慮してもどうだよと思うが、口にしなかった。
俺は出されたお茶を一口飲んだ。
味わったことのない独特な風味。梅にちょっと似ている? 美味しいな、これ。
花びらのようなカップも色合いと形がとても素敵で、まるで上流階級の優雅な一時を楽しんでいる気持ちにさせられる。
ふへー。
椅子の背もたれに寄りかかり、天井の合間から覗き見える空を見上げると、細い細い青色が広がっていた。
どうやら今日は快晴のようだ。
このメルヘン世界は昼と夜で明るさに違いはあるけど、結局のところ一日中明るいので、ずっとひきこもっていると体内時計が狂いそう。
……よっし。
俺は椅子の上でひと伸びして体の調子を整える。
体を動かさないと色々ダメになりそうだ。
ちょっくら外に行ってきます。と言った。
フェラクラーリさんは《またここに戻ってくれますか?》と、心配そうに尋ねてきたので、もちろんですよと答える。《よろしければずっとここにいてください》。その問いかけにはちょっと今は答えることができないので、また後で考えさせてもらってもいいですかと答えた。
今回のエディは何故か外に出ることに積極的で「私も行くから」みたいなことを言っていたが、俺はフェラクラーリさんと目と目を合わせ、微笑み合う。
うん、エディよ。
おまえは人身御供になってくれたまへ!
俺が動くのとほぼ同時にフェラクラーリさんはエディを捕まえ、…………後ろを振り返らなかった俺はその後のエディの運命を知らない。
メルヘン入り口ではなく、洞窟入口まで歩くと、木に繋いだ夏彦・千夏のまわりにハーフフェラクラーリさんが一人、ミニフェラクラーリさんが三人いた。
どうやらハーフさんは警備兵らしく周囲を警戒しているようで、ミニさんの方は夏彦・千夏の世話をしてくれているようだ。
小さな体で必死に夏彦の体をよじ登り、体と比較すれば大きなブラシで懸命にゴシゴシと擦っている。
なにこの子たち、超かわいいんですけどっ⁉
またもや俺の胸の内側に誘拐欲求が生まれる。
落ち着け俺、すでにフェラクラーリさんの家の子になった俺と、ミニフェラクラーリさんは元々家族だ。だから誘拐してもなんも意味が無いぞ!
どこかが大きく間違っている理屈で、溢れんばかりの欲求をどうにか抑え込む。
どうにか冷静を保ちつつ、四人のフェラクラーリさんたちに挨拶をした。
ありがとねー、だけどあとは俺がやるから休んでいて~。
感謝の気持ちを込めてそう言うと、ミニさんたちはこう答えた。
《だいじょうぶです~》
《じょおうさまじきじきのおしごとだから》
《あたしたち、がんばります~》
……うおぅ!
爽やか笑顔×3の威力は絶大だった。
思わず目頭を隠したくなる威力だった。
だけど、さすがにそこまで甘えるのは悪かろう。俺の仕事は俺がやると言ってみる。
《…えゅ、》
《…あたしたち、よーなしですか?》
《…じゃまものですか~?》
ものゴッスイ落ち込まれた。
見ている俺が辛くなるほどの落ち込みようだ。
俺も心臓に剣を突き刺されたような痛々しい気分になる。
……ぅあ、ああああ、あああああ。
…………。
……じゃあ、お仕事お任せします。頼りにしてます。頑張ってやってくれたら俺も嬉しいです。
そう言うと、ミニさんたちはキラキラと輝いた。やる気を漲らせたのは一目瞭然だ。最初に見せた爽やか笑顔に負けない素敵な笑顔だった。
夏彦・千夏の世話はミニフェラクラーリさんに任せ、俺は何をするかを考える。
さて、今日は何をしようか。




