【三十八日目】
【三十八日目】
そろそろ内陸地だ。
これまでは縮尺は違えど房総半島のような半島に滞在し続けたが、俺たちはいま、内陸地に立っている!
やったなエディ! 俺たちはついにやったんだ! 俺たちはついにここまで来たんだぞーっ!
俺のテンションがちょっとおかしい。
そのテンションにエディは着いて行けてないが……、べつに淋しくなんてないんだからねっ!
――――と言っても、そんなに風景は変わらない。
なるべく森・山方面には向かわず、できるかぎり海岸線が見える範囲で北上してきたので、俺たちに見えるのは海山森だ。大自然だ。文明なんてどこにもない。一応内陸地だと言ってはいるがその境界線なんてあってないようなもので、俺が半島だと思えばここはまだ半島で、内陸だと思えば内陸になってしまう微妙過ぎる場所だった。
これまでお世話になっていた洞窟からは直線距離で三十キロぐらいしか離れていないからそう極端に変わるはずなんてないかもだが、苦労の割にはなんだか報われない感じ。なるべく海岸線に沿って歩いてはいるものの、インドア流派のマイスターや、荷物を背負った夏彦・千夏には行けない場所が多々あって、迂回しまくって疲れた所為もある。
唯一大きく変わったことと言えば、これまで東側にあった海岸線が、内陸地に突入したことで南側に見えるようになったことか。
そうそう、海と言えば人魚さん。
彼女はなんだかんだと一緒に着いて来てくれてた。
なにも言う暇が無く旅立ちすることになったことが唯一の気がかりだったのだが、大海原をゆく人魚さんにとって俺たちの歩みなど止まっているようなものなんだろう。昨日の段階であっさりと再会した。
常識外れの降水量のせいか何故か海面の位置がもの凄く高くなり、ちょっと怖いぐらいに島は沈み、森が海に呑まれていたのだが、その海と森が綯い交ぜになった不思議な場所で再会したのだ。
お互い予想外の場所で偶然ばったり出会って吃驚したものだ。
いつものことかもしれないが、警戒してますよ、のポーズもされた。出会ってからかれこれ一か月以上経過しているのに……。なかなか最後の一線を越えることが出来なくてすこし悲しかった。
だが、木の陰に隠れて警戒してますよ、のポーズをする人魚さんに身振り手振りで「俺たちは北に向かって旅をしますよ」と説明すると、俺が言いたいことが通じたのか、それからはずっと俺たちの旅に着いて来てくれていた。
もちろん人魚さんは海から出て行動するのは難しいみたいなので海沿いに追いかけて来てくれているわけだけど、海の中からでも俺たちの旅に着いて来てくれるってことは、俺のことを嫌っているわけではないのだと思う。
エディのことは気に入っているけど、俺のことは嫌いということはないはずだ、そう思いたい。
内陸地まで辿り着いた俺たちには、分岐路が待っていた。
これから先まだ旅を続けるか、
それともここを始点に周囲を探索して安息地を見つけるか。
俺の直感ではフィフティー・フィフティー。旅を続けることで食料的な問題の他に様々な面でも不安は大きくなるが、それでも海岸線沿いに東に向かってもいい気がするし、一日中遊び倒せる素敵なビーチがある現在地に近い場所に拠点を置いてもいいかもしれない。
ツレであるエディに意見を聞いたが、「任せるから」と言われた。
おおぅ、責任重大だ。
ふむ。
ちょっぴり悩んで、さあ決めた。
ここで住める場所を探そうか。
普通に考えれば食料が減っていく旅を続けるのは怖い気がするし、旅を続けたところでそう極端に条件が変わるとは思えない。ならば家となる場所を見つけよう!
探索となると、ぶっちゃけエディは足手まといなので、人魚さんがいる素敵ビーチで夏彦・千夏のお世話を頼む。
じゃ、行ってくるぜ!
「無事に、帰ってね」
お、おおおおお?
俺が森に向かっていると、そんな嬉しくなりそうな言葉をかけられた。基本エディの言葉使いは俺の口調を真似た所為で男のそれで、女性は語尾に「ね」「わ」「です」が付くと何度教えても頑迷に男言葉を使い続けたエディだったのに……っ!
いったいどんな心境の変化があったのだろうかっ⁉
俺が後ろを振り向いても、エディはニュートラルな表情。キリッとした大人な女性って感じ。隣りにいた人魚さんはそのエディの陰に隠れて俺を警戒してますよポーズをしたが、それでも「頑張ってね?」みたいな雰囲気でおずおずと手を振って送り出してくれた。
美女二人に期待されると、やる気が漲ってくる。
ちょっぴり張り切って、暴走機関車のように探索だ!
無尽蔵な体力を最大限有効活用して、俺の進む道を邪魔する枝葉は鉈による無双乱舞で打ち落とす。休憩なんて必要ない。ときにはライトセイバーで木を切り倒し、崖に橋をかけてからずんどこ道無き道を進み続ける。探索なので近い場所を行ったり来たりの繰り返し。
おう、ここにも泉があったぜ! これで飲み水は確保できたな!
バナナもあった~っ! しかも立地的に日照量が多い所為かたくさん成ってやがるぜ!
おおっ、これはジャガイモか⁉ ジャガイモだ! 超なつかしい感じがするぜ!
おおっとこれは鉄の木かっ! まだちっさいけど鉄の木だ! でもちょうどいい感じだな。枯らさないように手入れすればいくらでも鉄が手に入りそうだ!
うぎゃあ、なんだおまえらは! ちび犬どもか! きゃんきゃんうるさいな! わかったわかった、近寄らないから鳴くのをやめてお願い。
日照量の所為かキノコは少ないなぁ。まあ、キノコは食い飽きたし、しばらくはいいか。
――――と、そんなこんながありまして。
そして俺は、ついにある場所へと辿り着く。
そこは洞窟。
入り口の広さは高さ七メートル、横幅五メートルと、かなり広い入口ではあったが、奥に進むにつれて急速に狭くなっているように見えた。しかし奥は外の世界と繋がっているのか洞窟特有の冷たい空気はなく、生暖かい空気が流れている。
どこに繋がっているのかなと気になったので、洞窟の中に入って短いトンネルを進んだ。
十メートルほど進むと道は突き当り、左側には明るい世界が見えた。
そこにあったのは幻想郷。
メルヘンの世界。
峡谷の合間のような場所で、細長く割れた天井からはわずかにしか光が降り注がないが、とても大きな空洞で、床から壁にいたる一面すべてに生えた『ヒカリゴケ』と言うべき発光する苔が空洞全体を明るく照らしていた。
なんともファンタジーな柔らかそうで大きな葉っぱが地面から直接生えていたり、メルヘンチックな大キノコが生えていたり、スズランの花の形をした大きな街灯があったり、畑らしき場所にはキャベツのような白っぽい植物が等間隔で並んでいたり、花畑があったり、小川や井戸らしきものがあったり、――――そして一番奥にはメルヘンな家まであった。
え、なにここ。
文明的な匂いがするよ?
だけど人間的な匂いはしないよ?
俺の視界は《なにか》を捉えた。
小さくて白っぽい《なにか》。
まるで洞窟の壁に張り付けたような葉っぱの奥に消えて行ったように見えた気がするので、俺は葉っぱの奥に消えた《なにか》を見つけようと、壁に貼り付けられた葉っぱをめくった。
葉っぱをめくると壁には自然にできたような穴が開いていて、穴の奥隅では白い生物らしき《なにか》が怯えるように震えていた。全長が四十センチほどの、うさぎほどの小さな生物。
……あっ、
直感的に軽い危険を感じたので後ろを振り返ってみると、そこにはやはり白い生物がいた。
しかし穴の中で震えていた《なにか》よりも、全長が約二倍の七十五センチほど、体積なら優に三倍は越しているだろう《なにか》。
なんて言えばいいのだろう?
女性的な人型で、白い蛍光色の肌をした、黒水晶のような大きい瞳をした生物?
これだけの説明だとちょっと不気味な宇宙人にしか思えないが、俺が目にしている実物は全然かわいらしい生物だ。
あとはどうやって説明すれば、このかわいさを表現できるのだろうか……。
基本は白い蛍光色の肌だけど、人間のようにほっぺとかは桃色が差して健康的。
髪の部分は羽毛のようでわずかに黄緑っぽく、見ただけでもフワフワしていると分かる。
全体的に柔らかそうで、愛くるしい人形のような感じ。
ああそうだ、人間の子どもに似た部分があるのかもしれない。
まだまだ歩くこともおぼつかない、小さな子どもに似た雰囲気の女の子。
そんな愛くるしい外見の生物が、鉄の木で作ったと思われる原始的な槍を装備して俺を威嚇していた。
その数三人ほど。
きゃー。
俺は手を上げ降参。敵意が無いことを示す。
いやいや、ごめんなさい。ここがあなたたちの家だとはつゆ知らず不法侵入してしまいました、そこんとこは謝ります。だからお願い、俺を殺さないでくださいね?
槍を突きつけられた状態のまま、しばらく無言の時間が続きます。
…………あれ?
俺を拘束するなり、攻撃するなり、しないのかなぁ?
今回は他人の家に不法侵入した俺が一方的に悪いので、命や自由を奪われない限り無抵抗でいるつもりだったが、白く小さくかわいい三人娘は黒水晶のようなつぶらな瞳で俺を睨み続けるだけ。
「出て行け」と、無言で言っているのかな?
よく分からない。
もうしばらくだけ待ってみる。
そしてしばらく続く緊張状態。
なかなか辛い。
この状態が永遠に続くぐらいならさっさと俺を拘束して外に投げ出してくれと言いたい気分だ。抵抗なんてしないから。ちょっとぐらい両手足縛られても暴れないから。両手をずっと上げ続けるのも、肉体的にはともかく精神的に辛いものがあるんだよ。
そんな俺の願いが通じたのか、小さくかわいい三人娘は後ろのメルヘンの家を振り向き、その後槍先を収める。
ふぃー。
とりあえず敵意が無いことは分かってもらえたようだ。俺も安堵の息を吐く。
俺がその場に座り込むと、メルヘンな家の扉が開かれた。
メルヘンな家から現れたのは、小さくかわいい三人娘がそのまま大きく成長したような、身長が百四十センチほどの愛くるしい少女。
しかしその少女は真っ裸。
三人娘ぐらいの大きさで、五頭身のような体つきだと裸を見てもかわいらしいですむのだが、百四十センチの七頭身にまでなるとほとんど人間と同じで、見ている俺が恥ずかしくなる。
きゃー、服を着て、服を着て~っ!
慌てて俺は目を逸らしたが、少女は俺のすぐ隣までくると、ふんわりとした御辞儀をした。
《こんにちわ》
……………………?
…頭に直接響く謎の声。……いや、これは思念?
少女は「ふふ」と上品に笑う。
俺は上品に笑う少女を見て、…………きゃー、服、服っ!
《あなたは悪い人ではなさそうですね》
再度俺の頭に少女の思いが響き渡った。
《よろしければ、わたくしとお喋りをしませんか?》
ええ⁉ ちょっと待って? まだ混乱してるから。えっと、これはテレパシー? 頭に直接聞こえているような気がするのはテレパシーだから?
《ええ、そういうものかもしれません。わたくしたちにとっては普通のお喋りなんですけどね》
待ってね、待ってね? ……俺、ちょっと人を待たせているんだ。だからお茶に誘ってくれるのは嬉しいんだけど、それはまたの機会ってことでいいかな?
《あらまあ、あなた以外にも人間の方が? あなたの御知り合いならさぞかし素敵な御方でしょう! 是非ご一緒に招かせてくださいませ》
ええっと、そのぅ……。
《素敵なお料理を用意して御待ちしていますから、御知り合いの方との約束を終えた際には、是非ともわたくしたちの家に立ち寄ってくださいませ》
――――と、なし崩し的に食事に誘われた。
なんとも強引な愛くるしい少女だった!




