【三十七日目】
【三十七日目】
雨だった。
今日は朝からずっと雨だ。
地上の風はさほど強くないのだが、上空は激しい乱気流が起きているのか頻繁に雷が降り注ぎ、スコールの三倍になりそうな激しい雨が何時間も降り注ぐ。
その中を俺たちは歩いていた。
俺を先頭に、エディは夏彦・千夏の間に張られた雨除け目的のシートの下を歩きながら、雨宿りができる場所を探していた。
普通の人なら、前さえ見難い豪雨に加え道無き道を歩るけば精神的な苦痛でテンションが落ち込むんだろうけど……。
怖いほど盛大に雷が落ちて、滝のように雨が降り注ぐと、逆に俺のテンションは上がる。
うっわ、見て見て、ジャンプしても全然とべねぇ! 水圧強すぎじゃね? 上を向いたら溺れちまうぜ! 雷の嵐やぁ~っ! 超こわっ! 直撃したら俺も丸コゲじゃん! 木が、森が、ガンガン焦がされていく……っ! 自然による自然破壊を食い止める手立ては俺にはないのか……っ! それにしてもこの雨、気分的には泳げる域だよな? これはもう、ほとんど水の中でいいじゃね? 泳いでみますか? 泳いでやるか! ……って、泳げるかっ‼
空中を泳ごうとして見事に胸から地面に激突すると、クスクスと笑われたような感じ。
俺が後ろを振り返ると、雨除けシートの下にはキツイ表情を浮かべたニュートラルエディがいるだけで、誰も笑ってはいない。
あれ、おかしいなぁ? たしかに笑い声が聞こえたはずなんだけど……。
雨がすこしだけ弱まり、すこしテンションが落ち着いた俺は、雷が落ちにくい道を選んで雨宿りできる場所を探すため前に進む。
すこし進むと、自然とまた雨足は強まり、十メートル先が見えないほどに雨密度が増す。
うおおおおおお、なんだこの雨は、まるで滝の中じゃないか! いやこれは重力か⁉ 重力十倍なのかっ⁉ ならば重力百倍で頼む、おらは最強になりたいんだ!
あまりの勢いがある雨に俺はやられちまったのかもしれん。こんな豪雨、前の世界ではまずありえない。ビクトリアフォールの真下に突っ込まれた気分だ。質量を持った弾丸のような雨が痛気持ち良くて楽しくなってくる。
…………いやいやいやいや、俺はMさんじゃないからな?
あれだあれ。足ツボマッサージみたいな?
刺激されて痛いけど、気持ちいいみたいな?
基本的に俺はスポーツ大好き運動得意だけど、格闘技は苦手ですよ?
辛いのや苦しいのには耐性あるかもだけど、痛いのはできれば避けたいなが基本スタンスですから?
俺の無謀好きな性格が、俺のあだ名を『万年怪我男』にしたこともあるかもだけど?
俺は基本的に珍しいモノや出来事に目が無いってだけで?
単純に理性よりも好奇心や童心が勝ったってだけで?
俺はMさんじゃないですよ?
あっはっは。……あー、たのしっ!
雨がすこし緩やかになると、俺のテンションも落ち着いてくる。
ツレの様子が気になって後ろを振り向くと、夏彦と千夏の間に張っていた雨除けシートは雨の勢いの所為か地面に落ちていて、ツレのエディはシートの下敷きになっていた。
――――って、おおいっ⁉
俺は慌てて三歩戻る。そしてシートの下敷きになったエディを救出した。
シートと泥道にサンドされたエディの顔は泥だらけ。
あまりこっちを見ないで。と、すこし苛立ち気味の口調と、すこし泣き出しそうな泥だらけの顔のギャップが大きくて、思わず俺は笑ってしまう。やばいな俺、自分自身でもテンションがおかしいと分かっているけど、止まらない、止められない。
直後、雷が二十メートル先の木に直撃した。
ごおおぉん! と、体が吹き飛ばされそうな爆裂音。
一瞬世界が真っ白になったかと思えば、すぐさま雨と雨音ばかりの世界へと逆戻り。
うわー、こえー、こえーっ!
雷が直撃した木は、ぎりりりり、と音を軋ませながら俺たちがいる方向とは違う場所に倒れて行く。倒れた後は雨と雷の音だけが世界を満たす。
あらためて救出したエディの顔を見ると、たった数秒間の短い時間で泥汚れはすべて豪雨で洗い流されていた。それなりに堅そうな髪質の髪が、ぺたっー、とオデコや目元にへばり付いている。
あっはっは、せっかくの凛々しい系美人も台無しだ!
ここで笑うって、やっぱり俺のテンションはオカシイが、止まらない止められない。
俺が散々笑った所為か、とうとうエディは泣きながら怒った。
むこうの言葉だが、散々俺を馬鹿にしてガキ扱いしているのは、雰囲気でわかった。
俺は、へーへーへー、と聞き流す。どうせ俺はガキですよー、楽しいことを見つけると一直線で向う見ずな馬鹿野郎でもありますよー、っと。
それならそうと、俺より大人なお姉さんや?
そこまで言うなら俺より大人らしいことを見せてくれませんでしょうか?
人形のように静かに佇み大人しくしていても、誰もあなたを大人扱いしませんけどー?
豪雨で雷が降り注ぐ中、なんで俺はエディの神経を逆なでしようとするのか俺自身にも分からん。
俺のテンションは超オカシイ。
だけども、エディのテンションも俺と同様におかしいのかもしれない。
エディは急に笑い出した。
最初は「ふふ」と上品に笑い、徐々に「あははは」と闊達に笑った。
何がそんなにおかしかったん? と俺は首をかしげるが、その疑問が解消する前に、俺はすねを蹴られた。
えええええええ?
インドア流派の達人であるエディの蹴りはまったく痛くなかったが、急に行われた謎の攻撃に俺は戸惑うばかりだ。しかし俺が戸惑うのも一瞬。エディは不用意に空を見上げて溺れそうになったので、下を向いてえずくエディの背中を擦ってやった。
それでもエディは笑っていた。
やべえ、どうしたん、壊れちまったのかーっ!
すでに壊れ気味の俺がする心配ではないが、それでも常にキツク凛々しい雰囲気だったエディが闊達に笑い続けると心配になってしまう。
とりあえずエディが壊れるのを防ごうと、重力倍加呪文のような豪雨を、途中から腰に巻きつけた雨具で遮ってみる。羊皮製、マトンのマント。
マントで雨を遮っていると、急に立ち上がったエディにマントを奪われた。
エディは自分の両手でマントを支え、頭に降り注ぐ豪雨を自分の手でシャットアウトする。
さあ、さっさと行くわよ! みたいな台詞を、俺が見たこともない表情で言った。
……お、おおぅ。
俺はエディの急変に戸惑うばかりだ。
エディを先頭に俺たちは進む。
どこに進んでいるのかは俺も分からん。
空はそんなに暗くないのに、ファンタジーな豪雨の所為で遠くを確認できない。
速度と時間的に俺たちは、半島のほぼ真東、これまで長い間お世話になった洞窟からは北に二十キロメートルほどの、海岸線にほどほど近い森の中にいるわけだが、途中からエディさんが先頭になってあっちこっちに進んでいるので、ちょっと迷いそう。
おおよその場所は分かっている。
エディ足遅いし、完全に迷子になっちまうほど広範囲を彷徨ってはいない。
だけど視界が悪いのがネックなんだよね。
いつまでも彷徨い続けると、俺も自信が無くなってくる。
こーいう時に限って俺の直感は微妙に働かない。
俺はしっちゃかめっちゃかに生きているように見られることもあるかもだが、俺自身とすれば適当に楽しく生きているつもりだ。適時、真っ当な道を進んでいるつもりなのだ。
そんな俺が無駄足の可能性がある雨宿り場所探しにエディを付き合せるのは、結構苦渋な選択だった。
ああ、なんだか俺って嫌な奴。
エディが先頭に立って進んでくれて、すごく安心していた。
内心では、エディ自らが道を選んで自らの意志で進むなら、俺にかかる責任はないと思っているのかもしれない。
降水量が俺の知る一般常識程度になって俺のテンションも完全に落ち着くと、何だかネガティブになってきた。
いかん、いかん。
そろそろ俺の直感も正常に働き始めたので、エディの当ての無い勘に頼るよりも、俺が先導して休めるところを早く探そう。
じつのところ直感直感言うけれど、俺のシックスセンス的な直感の大部分は研ぎ澄まされた五感をから得た情報が多い。だから五感が働かない状態になると俺の直感は急速に働きが悪くなる。俺の目は視界の端に移る細かい動きを捉えることができ、俺の耳はどんな音でも聞き分けて、猫よりも目敏く餌の匂いを嗅ぎつける嗅覚を持ち、爬虫類の体温すら感じ取れる触覚を持ち、味覚は…そう誇れるものではないかもだが、俺の直感はそんな能力によって支えられている。耳と視界が潰れ五感も働かない豪雨の中だと、本当にマジモンの、ビビッと降りてきたような、天からの御言葉のような第六感に頼るしかない。本当の第六感はいつビビッと来るかも分からないランダム的なものなので基本は無いようなものだ。イノシシ戦の時はビビッと来たから助かった。でもやっぱりマジモンの直感は無いものとして数えていいぐらいに少ない。これまで何回あったかなぁ? いち、にい、さん…………、微妙なのや虫の知らせも合わせると七回か。意外と多いほうになるのかな? よく分からん。
――――と、話題がそれてた!
エディに先頭を任せておくとマジでどこに行くのか分からないので、そろそろ直感が働き始めた俺が前に出よう!
さあ、ここからは俺の時間だ。
エディはそろそろ疲れているだろう? ハイテンションで誤魔化しているかもしれないが体は正直だ。一度足が止まっただけでプルプル震えだしちゃってるではないか!
……うん、動けない?
仕方がないなぁ。
はいはいお姫様、あなたは千夏に乗ってのんびりしておいてくださいませ。
寒いなら俺のポケットお化けジャンパーを貸しますよ?
大丈夫、暑いぐらいですか。
そうですね、いまは熱帯地方のような気候ですもんね。雨にぬれても全然心地良いぐらいですよね。
――――うん、いつの間にかエディのテンションも落ち着いて、いつも通りのニュートラル顔付きに戻っていた。プールの水をひっくり返した豪雨の時には晴れやかな表情を見せてくれていたのに、雨宿りの必要性が無くなってきた晴れ間の見え始めた天気になると表情が曇るのは不思議だ。なにかのとんちか?
俺たちは進み始める。
雨宿りをする場所ではなく、安息地を目指して歩き続ける。




