【三十六日目】
【三十六日目】
エディさん曰く、エディさんがいた世界では俺の世界と暦の数え方から時間の数え方まで大きく違い、『俺とエディさんのどちらが年上なのか』の議論について、かなり長い時間をかけて検討した。
本当に長い長い時間(具体的には一夜まるごと)を話し合い、時にはあちらの言語で「馬鹿じゃないの?」(おそらくそんな意味合いの言葉)と罵られながらも、出した結論。
エディさんは、十六歳ぐらいの少女であることが判明した。
時間の最小単位の数値に誤差が出る以上その年齢は±一~二歳ほど変動する可能性はあるが、確率的にはかなり大きな割合で俺より年下だったのだっ‼
エディさん……、いや、これからはエディと呼び捨てにして呼ぶべきか。同年代から年下の少女だし。今日までずっと年上だと思っていたのに……。
しかしよくよく思い返せば、エディは大人びた容貌とは裏腹に、子どもっぽいところも多かった。結構些細なことで拗ねて我儘を言われたことも多い。
普段子どもっぽいくせに時々見せる大人びた余裕がムカつく。みたいなことを言われたりしたので、エディはエディで俺のことを最初は、自分より年下の子どもだと思っていたのかもしれない。
ちなみに俺の直感は「エディは二十歳」と囁いていたのだが、それはあながち間違っていない。エディはこちらの『一年』に相当する季節の巡り変わりを、二十回ほど経験しているそうだ。
そのかわり、向こうの一年はこちらの一年の五分の四ぐらいの時間らしいので、十六歳ぐらいであることにはかわりないけどー。
俺はエディのことをまだまだ全然知らないんだなと再確認させられた。
天才だけど不器用なひきこもり姉さんってイメージしかなかったぜ!
長い長い検討を終えた俺は、洞窟の外に出る。
朝日が眩しい。徹夜明けの体にエネルギーが充填されていく気分。
先日完成したばかりの干し肉を一齧り。
超・うめぇ。
背伸びをしながら朝日のパワーを受け取っていると、ハイテンション気分で疲れを忘れていたことを思い出したかのような死にかけエディが俺を呼ぶ。
はいはい、なんですかー?
エディの手には不思議な物体が握られていた。
二十センチほどの機械的な金属筒のようでありながら、エディの握力でわずかばかり変形しているところを見ると、非常に柔らかいと思われる不思議物体。
しかしどこかで見たことがあるような金属筒。
ああ、そうだ。有名な某宇宙戦争映画でよく使用されるライトセイバーだ。
……って、ライトセイバー? マジで?
これどこで見つけたの、と尋ねてみると、人魚さんが海で拾ったものを貰ったそうだ。
「悔しい、が? ……けど、にゃかとが詳しい」と、明らかに機嫌を悪くしながらも俺に託してくれた。「悔しい」という言葉を使うからには一度自分でいじってみたのかな? それでどうにもならなかったから俺に渡した、と。
ふむ。
ふむふむ。
洞窟にひきこもったエディはさて置いて、俺は投げ渡された金属筒をいじってみる。
明らかに機械的な金属筒は何かに使用する道具であるとは思うのだが、俺には何をどうする機械なのかさっぱり分からない。見た目通りの道具ならライトセイバーでいいかもだが、まさかそんなことはないだろう。
なにげに何重にも安全装置が付いているけど。
俺の直感はライトセイバーだと確信しているみたいだけど。
まさか、そんな、ねぇ?
何重にも安全装置が取り付けられているからには危険な物だとすぐに分かるのだが、実際に何をするための道具なのかは使ってみなければ分からない。
俺は安全装置をすべて解除して、筒先の方向を空に向けて岩と岩の間に挟んで固定して、スイッチと思しきボタンを紐とロープの遠隔操作で押してみた。
その結果――――、
ライトセイバーだっ‼
なんと言うことだ! 俺は今日までこの島は夢と危険はあるけれど魔法はないファンタジー的な世界観の島だと思っていたのに、SFチックな世界観の島でもあったのかっ⁉
とりあえず俺は金属筒が予想通りのライトセイバーであったことに驚きつつも、光りっぱなしのライトセイバーを手に握って、目の前の木を薙ぎ払ってみる。
ずざ、ざざざざ、どーん。
木は簡単に倒れた。
…………なにこれ、超危険すぎるんだけどっ⁉
抵抗なんて皆無で、それなりに大きい木を切り倒してしまった。この威力、誤って足に触れたりしたらどうするんだろう、剣技の素人が手にすると自滅しまくりじゃないのか? とあるゲームのリモコンでさえ人は持て余すのに……。ライトセイバーって、その存在自体が明らかな欠陥品だと思う。
……しかしどれだけの威力があるのかは気になるので、ためしに岩を薙ぎ払ってみる。
スパッと切れた。
ライトセイバー、便利かもしれんけど、危険すぎる。
だからこそ何重にも安全装置が取り付けられているのだと納得した。
必要な時には使うとしても、普段は使わないように封印しておこう。
さてさて、今日は朝っぱらから大変だ。
封印しようと思ってたライトセイバーを使う機会がいきなり訪れた。
なんだよファンタジーっ! 俺はここまでのファンタジーはいらないからっ! と叫びたい。
拠点にしている洞窟入口付近に、体高が六メートル、全長なら九メートルを超す巨大イノシシがいた。体重が何トンのあるのか想像するのも難しい、一瞬、山と見間違えたほどの大き過ぎるイノシシ。
こんな巨大な生物が一体どこから現れたと言いたいが、いまはそんなことを悩んでいる暇はない。
エディは無事なのかっ⁉
洞窟に近寄ってエディの無事を確認したいが、巨大イノシシに気付かれることなく洞窟まで行くことは不可能だろう。それに大声を出すのも危険だ。巨大イノシシは腹が減っているのか知らんが、気が立っている。俺ぐらいなら虫を食べるのと同じ感覚でぺろりといきそうだ。
手元にあるライトセイバー。
これを使えばどうにかなるかもだが、体格差が問題だ。ライトセイバーがいくら強力無比な武器でも、その有効範囲は二メートルもない。奇襲突撃しても、倒れるまでのわずかな時間で反撃を喰らい、相打ちになる可能性が大だ。
最善手は、巨大イノシシさんに自然と立ち去ってもらうこと。
とりあえずいまは身を隠し、息を殺して動向を見守っているのだけど、やっぱりエディのことが心配だ。怪我をして動けない状態なら今すぐにでも助けに行かないといけないのだが、俺が洞窟に行くには巨大イノシシとの対決は避けて通れない。
囮となって洞窟から引き離すことも考えたが、足の速さで話にならないので却下。
命を懸けてイノシシと戦うか、
それともエディは無事だと信じ、傍観するか。
ふむ。
即断即決が身に沁みついている俺にしては珍しいが、もう少しだけ考える。
なにか別の方法はないか。命を懸けるのは最後の手段にするべきだ。
……だけどまあ、俺がいくら悩んでも、他に取るべき手段は思いつかない。
やっぱり俺は、考えるよりも動く方が性に合っているらしい。
イノシシ退治と行きますか。
ライトセイバーがあるからできる判断だ。
反撃を喰らったらほぼ間違いなく一撃死なので、ボクシング的な「殺られる前に殺れ」精神で一撃必殺を狙う。
そうなると狙うべきは頭。脳みそがベストだ。状況によっては狙う箇所を変えるかもだが、できるだけ一撃で致命傷を与えなければいけない箇所となると、やっぱり頭近辺のどこかを狙うのが得策だ。背後からこそこそっと近づいて、ぐさっ、でさえほぼ無理ゲーの域なのに、さらに難易度の高い頭を狙う。
相手がどう動けば自分はどう動くのかを頭の中で軽くイメージトレーニングをして、さあ、やってみようか。
気配を殺して背後から近づいて距離を詰める。どうせ気付かれるだろうが、距離が広いほど相手に有利なので出来るだけ慎重に摺り足差し足忍び足。
実際には摺り足使わんけどー。
八メートルの距離まで近づければ上々だろう。と言うか、最低でもそこまで近づけなければ俺に無傷の勝利はありえない。イノシシからすれば八メートルは自分の体よりも短い、間近と言うべき距離だけど、その巨体ゆえか、小さな俺の接近にはなかなか気づかないようだ。
もうすぐで目標距離の八メートル……、
……あ、
直感に従い、俺は自分が定めた距離に入るよりも先に走り出していた。
巨大イノシシが俺の接近に気付いたことを、俺は何故かイノシシよりも先に気付いていたのだ。
可逆めいたことを言っているようだが、事実、そうなのだ。
俺は走って距離を一気に詰め、振り返って反撃を試みようとするイノシシの頭を走る勢いそのままにスライディングをして潜り込み、滑りながら喉から首を大きくぶち切った。
まるで鉄球の塊のように存在感のある鼻先が、ちょっと前まで俺がいた空間を塗りつぶす。もう少しで当たるところだった。冷や汗が止まらない。直感によるほんのわずかな時間的優位がなければ、イノシシの鼻先は容赦なく俺の体に激突していただろう。
胴体と頭の接続を半分ほど断ち切られた巨大イノシシは大地を血で染めながら倒れた。しかしまだ生きているようだ。人間でいうところの首を半分も切られているのにまだ生きているってすげえ生命力だと思うが、しかしそれも時間の問題だ。
俺は苦しまないように介錯をするつもりだが、――――足が止まった。
巨大イノシシは俺を睨んでいた。おそらくは四肢を動かす神経も断ち切られ、その体は一切動かせないはずなのに、頭だけでも俺を殺してやる。と言う意思に満ち溢れた瞳だった。
大量に流れ出る血が喉から漏れる呼吸でごぽごぽと音を立てるのを、俺はずっと聞いていることしかできなかった。
巨大イノシシが完全に死んだことを確認してから、俺はエディがいるだろう洞窟に向かった。
…………あ、はははははは。
もうこれは笑うしかない。
たしかにその可能性も考えた。
それなりに「ありそうだ」と思っていた。
エディはベッドの上ですやすやと眠っている。
イノシシが倒れた時に震度三ぐらいの縦揺れがあったはずなのに、昨日の徹夜が響いたのか、死闘が繰り広げられたことなどまったく気付くことなく、ぐっすりだ。
ああ、くそう。本当に俺は馬鹿だな! 勝手に不安になって勝手に心配して、そして勝手な憶測で自分の命を安易に賭けた。もし自分が死んでいれば、俺を三日も看病した優しいエディなら絶対に悲しむと知っているはずなのに!
案外俺は、自分に酔っているのかもしれないなぁ。
人に優しくしているつもりで、本当は自分を褒めてもらいたいだけかもしれない。
……あー、笑った笑った。
さっきのギリギリの勝利もなにもかも馬鹿らしくなった。
とりあえずまあ、エディのキツイけど可愛らしい寝顔が見られただけで充分だ。無事なら何の問題も無い、俺の心配は杞憂ですんだ、オールおっけー。
だけどまあ、いまは無事を確認できたけど、今後ここに残るっていれば無事じゃすまない可能性もある。
血の匂いにつられて肉食的な奴等が襲ってこないとも限らない。
と言うか、絶対来るね。とくに鳥系。空には肉食的な奴らが多くて超怖い。
あんな山みたいなイノシシを俺がすぐに掃除できるわけないし、すでにもう血の匂いは広がり始めているだろう。
だから俺たちはここから去らなければいけない、すぐにでも。
エディを連れての逃避行は辛い道のりになりそうだが、まあそこは、お互い足りない部分を助け合えば大丈夫。
おーい、起きろ~。
ちょっぴり緊急事態だぜ~。
ぺちぺちと頬を叩いて徹夜の眠り姫を強引に起こす。ニュートラルなキツイ表情と機嫌悪そうな言葉をセットで頂いたが、いまの俺は凹んでいられるほどの余裕はない。事情を話すより先に眠り姫をだっこする。小さな悲鳴と困惑の表情をセットで頂いたが、無視だ無視。
洞窟の外に出て、お姫様を馬代わりの羊の上に乗せる。
血の海に沈む山のようなイノシシを見てエディは「*****! ……イノシシ、なにっ⁉」と説明を求めるように叫んだが、俺は「ここは危険だから離れよう。エディは千夏の上にいて?」と、説明はせずに旅の準備に取りかかる。
もともと旅をする準備だけはしていた。
綿を紡いだ糸や、夏彦・千夏などから切り取った毛糸や皮を使って、荷袋をいくつか作っている。備蓄している食料を作った袋の中に詰め込んで、荷運び用の鞍装備をしている夏彦の上に乗せる。
竹製食器やその他の調理器具も持ち運びしやすいように紐を通す穴が開いているので、穴に紐を通してまとめて夏彦の上に乗せる。
あとは細々とした日用雑貨を一つの袋にまとめてエディに手渡し、斧や鉈を腰に差せば旅の準備は完了だ。最低限あと寝袋が欲しかったところだが、いまは夏の季節なんで秋冬ほどに厳しくはないだろう。夜の寒さに慣れてないエディは危険かもだが……。いや、でも俺より寒さに強い人種かもしれないから大丈夫なはず……?
エディに有無を言わせる暇を与えずチャチャっと旅支度を終えた俺は、夏彦と千夏の手綱を馬子のように引いて小走りを始めた。
とりあえず海岸線沿いに北方面。
感覚的には南側がファンタジー要素少なめで安全かもだが、なにかに《行き詰る》ような気がする。それが《なに》なのかは俺自身分からない。だけど南側には行きたくない、行けない。頭ではなく体が拒否する感じ。だから俺は行かない。多少危険度は高そうでも、北方面に向かって走り続ける。
「そろそろ説明、できる?」
ほぼ問答無用で、人攫いに近い強引さで千夏の上に乗せられたエディだが、空気を読んだのか、一段落ついたところで説明を求めてきた。
うん。
そうですね、そろそろ安全圏に入ったっぽい。慌てて逃げる必要もないかな。
俺は走るのをやめて歩きながら、今回の逃避行にいたるまでの説明をすることにした。
長くなりそうだったので後回しにしていたが、そろそろ話そう。
洞窟の前には巨大イノシシがいて、エディが心配だったからそのイノシシをぶっ倒して、ぶっ倒したはいいけど一面血の海で肉食獣(おもに空飛ぶ奴等)が誘き寄せられると怖いので、逃げることにしました。
――――っと、説明終わり。
長くなりそうだと思ったのに、文字数換算すると400字詰め原稿用紙で半分も埋まらない。冷静だったつもりだけど、俺も俺で焦っていたのかなぁ? これぐらいならすぐに説明して、了承を得てから旅を始めることもできたはずだった。
事の経緯を言い終わると、ふうん、そうなの。みたいな雰囲気で納得しているエディ。
よかったぁ、結構強引に連れ出したんで怒っているかと思ったが、そうでもないみたいだ。
拠点を変えるつもりだから。と言っても、任せるわ。みたいな雰囲気で手をひらひらと振って終わらせる。俺がイノシシに手を出さなければ拠点を捨てる事態にならなかったが、そのことについてエディは俺を責めたりしない。
その事実に気付いてないかもだが、俺より機転が利くので気付いているはずだ。
なのに何も文句を言わない。
……うん。
ありがとう。
そんなこんなで今日から物語も旅立ち編だ。
安息地を目指し、いざ新天地へ!
さてさて、俺たち二人の前にいったいどんな未来が待ち受けているのやら。
おそらくそれは誰にも分からない。
…………ただ、空を見上げると暗雲が漂ってきたような感じ。




