【十八日目】
【十八日目】
あれ、俺はいつ眠った?
昨日の夜中の出来事を曖昧にしか覚えていない。金髪美女さんが目を覚ましたから俺は彼女の体を支えようとして……、……………………んん?
頭痛がする。
頭を鈍器で殴られたかのような感覚だ。
痛みがある場所を擦ってみると瘤ができていた。たんこぶだ。ああ、どうりで頭が痛いわけだ。怪我しているわけですね。いったい何時できた怪我なのやら。とんと怪我をした時の記憶が無い。しかし立ち眩みはしないし、外傷のほうもすでに血のかさぶたがボロボロと零れ落ちるぐらいなので、そうたいした怪我ではないだろう。気にするほどでもない。
それよりも金髪美女さん。
彼女の姿が洞窟内のどこにもなかった。外に出て周囲を見回すが結果は同じだ。もちろん折り畳んで置いていた彼女の服もない。
あの体でどこ行ったんだよ! 思わず俺はそう叫ぶ。
だってここはファンタジーの世界だからな、あんなか細く(こちらの生物と相対的に見ての感想)弱った体で、危険が満ち溢れる世界を歩くとか、ほとんど自殺のようなものだ。
ああああああああああっ!!!!!
こういう時の俺の行動は動物的だ。思考よりも先に前へ足が進んでいる。
いまこの瞬間に金髪美女さんの命が危険に晒されていた。
俺が悩んでいる時間だけ、後悔をする確率が増えていた。
だから俺は走るのだ!
俺は闇雲に走りながら全神経を集中させると同時に、子ども時代の経験を思い出す。
尾行ごっこ。
相手の行動パターンと心理状況を把握、地理情報と組み合わせて尾行対象がどこに行くのかをあらかじめ予測して、尾行して、待ち伏せする高度な遊びだ。
俺の旧友は尾行対象を入念に観察して考察して綿密な計画を立ててほぼ百パーセントの割合で待ち伏せを成功させていたが、俺は出たとこ勝負の直感野郎なので、尾行ごっこの成功率は半分よりかいくらか多いぐらいだった。
しかし今日だけは半分ほどの確率では許されない。
絶対に、金髪美女さんを見つけ出さなければいけない。
俺はかつての旧友を思い出し、真似ようとしたがすぐに諦めた。持っている才能が違うから真似て出来るもんじゃねえよ! と、走りながら一人ツッコミ。
論理的に物事を把握し、理路整然とした解析で齟齬を見つける作業が上手かった。……ようするに粗探しが得意で、粘着質で嫌味な奴だったんだけど、俺はあいつの完璧さを目指す姿勢には憧れたものだ。
俺には旧友ほどの完璧さもなければ粘り強さもない。
だが、異質感をそのまま異質に捉えることができる目があり、違和感を違和感だと受け取れる獣じみた感度がある。
あっちだ!
あっちの道は人が通った感じがする!
旧友なら俺のその感覚を具体的な事柄に書き示して解析するだろうが、あいにく俺は勘でしか生きられない生物です。まあそれでも俺の直感を根拠として示すなら箇条書きで、
弱っている女性だから獣道は歩けず、歩きやすい道を選ぶはず。
そう離れていない? 俺が寝ていた時間はおそらく六時間程度、時速一キロ毎時で考えて最長でも洞窟から半径六キロ範囲圏にいる?
南方向に向かっているような足跡があるような無いような?
俺がやったんじゃないと思う、踏み倒れた草葉の跡。
その踏み倒れた草葉を追えば再会できる?
――――と、それぐらいの根拠はあって(逆にこれだけの根拠しかないけれど)、俺は走っている。
寝起き直後の全力疾走なのですげえ足がもつれそうだが、持ち前の勘の良さで持ち直し、かなり無理矢理に走っている!
なんで見ず知らずの人に必死になるのかって?
そりゃあ、人死にを見たくないからだ!
はあ、はあ、はあ。
座るのに手頃な岩があったので、俺はその岩に腰を下ろす。
そして空を仰いで荒くなった息を整える。
四百メートルぐらいしか走っていないけど、いつも以上に呼吸が荒い。看病に時間を費やしてロクなものを食べていないので体力が落ちていたせいかもしれないが、必要以上に全力を出したことが、この荒い呼吸だろう。
ちょっと、金髪美女さん。勝手にいなくならないで下さいよ、心配するじゃないですか。
森を抜けた先の砂浜の上で、金髪美女は体育座りで蹲っていた。
うむ、……なんというか近寄りがたい雰囲気。なんだか泣いてらっしゃる感じがある。
えーと、…………ホームシックでしょうか? ファンタジーな世界を目の当たりにして落ち込んでらっしゃる?
ダンディーな大人の男なら泣いている女性に気の利いた言葉の一つや二つすぐに言えるのだろうけど、…ははは、あいにく俺はそーいうことにさっぱり縁がなかった。どうしたらいいのかわからない。
うむ。
うーむ。
金髪美女さんの周囲をうろつくことしかできないぜ!
「シ・デシャ」
蹲った金髪美女さんからそのような呟きが聞こえた。やっぱり何を言ったのかは分からない。だけども雰囲気的に「うざい」とか「死ね」とか言われたような気がする。
「近づかないで」や「来ないで」ではなく、もっと直接的に攻撃的な雰囲気で「うざい」「死ね」。
げふっ⁉
……なかなかのダメージがこころにきた。お姉さんっぽい雰囲気がある人にそんなことを言われるとギャップでの威力もある。普通、年上の女性からそんなことを言われる機会は滅多にない。
それでも俺は痛む心を抑えて、傷心の金髪美女さん隣に座ろうかと近づいたが、顔を上げた金髪美女さんに睨まれた。
意志の強そうな太眉と、眉間に刻まれた皺、鋭い目つき。
あ、あ、ああああ、あわわわわわ。
怖すぎる。
睨まれた場所から一歩も動けない。
固まって動かない俺を見て、心の整理がついたのか、なにかに一区が切り入ったのか、金髪美女さんは睨むのをやめて、小さくひとつ溜息を吐いた。
膝の上に顎を乗せて、海に広がる地平線をぼんやりとした遠い目で眺め始める。
……………………えっと……。
マジで俺はどうすれば? 誰か女性の機微に詳しい御方はいませんかー?
しかしこの島に御悩み相談室なんてものはない。ツイートに応えてくれる人もいない。
問題や障害があれば自分の手で乗り越えなくては!
頼れるのが自分しかいない以上、独立独歩のフロンティア精神こそが必要だ!
よし……、
へいカノジョー、キミ一人? 寂しいなら俺がいつでもそばにいてア・ゲ・ル・ゼっ! さあ一緒にエデンの園へ行こうじゃないか!
……あ、
……ああー。
……たすけて、ころされる~。




