【十四日目】
【十四日目】
木板の扉を開き、窪みの外に出てみると、外は驚くほどに快晴だった。
眩しいほどに太陽が燦々と輝いていた。
というか、暑いっ⁉
不自然なほど気温が高かった。
よし、ひとまず落ち着こう。なんだこの気温は? 昨日まで十五℃前後の気温だったのに、なんでこんなにも暑い? 何℃だ? 二十五℃は超えているよな? まだ朝方だっていうのに確実に二十五℃を超えていやがる!
っがーーーーっ!
暑いので服の中に詰め込んだ綿をすべて脱ぎ捨てた。じっとりと汗を含んだ綿が白く眩しい大地の上に転がり落ちる。
肌がちりちり。
髪が熱い。
目の前には白い砂浜とキラキラと輝く大海原。
海水浴日和かっ⁉ と一人ツッコミ。
ああ、うん、そうですね。不思議な場所に流れ着いていたという実感はありましたよ最初から。じつは緑クジラや人魚を見かける前から、薄々とおかしな雰囲気を感じてました。
直感的に、この島自体に違和感を受けていました。
いまさらファンタジーな現象に驚くつもりはありません。
季節が秋から夏に逆行したところで、俺が遭難した事実にかわりがないのだから!
イエスっ、俺は遭難中! ファンタジーな世界に紛れ込んでいるぜ!
……よし、落ち着いた。
落ち着いたところで俺が建てた家を見に行こう。最初から予定していたんだ。どうせ吹き飛んでいるだろうけど、一応見に行こうってね。
よしよし、俺は落ち着いてますですよ?
まあ、大方の予想通り、家は見るも無残な姿になっていた。
残っていたのは骨組みとして使った細竹が地面に五本刺さっているだけ。不規則に並んだ細い竹が立ち並ぶ様子は哀愁が漂い、ちょっとしたアートっぽい。
うーむ。
わかりきったことだけど。
わかりきってはいたけれど。
実際に自分が建てた家がこうも惨たらしくなっていると胸にぽっかり穴が開いた感じがする。悲しいとは言わないけれど、なんかこう、……やる気が出てこない。
あーあ。五時間ぐらいで建てた簡易的な家とはいえ、すべてが無に帰した。俺の五時間は返ってこない。嵐の馬鹿野郎っ、返せ俺の五時間を! 遭難中の五時間だぞ⁉ 価値が高いのか低いのかよくわからない五時間だぞ⁉ ……というか暑い、なんで今日はこんなに暑いんだ⁉
あまりにも急激に気温が高くなり過ぎて、テンションはともかく体がついてこない。すげー倦怠感。額を流れる汗が煩わしい。
俺は家跡地の土台に背を預けて寝転んだ。
大きな影が空に浮かんでいる。
あまりに高い場所を飛んでいて、その影が何なのかは視認できないけれど、大きさ的にプテラノドン(ワイバーン?)や巨大カラスだろうか?
ファンタジーだ。
ああ、ファンタジーだ。
しばらく眺めていると、その大きな影の後方から小さな影の群れが交錯する。大きな影は小さな影の群れから逃げるように急転換して四方八方飛び回る。基本的に大きな影のほうが速いのだけど小さな影は待ち伏せする知能もあるようで、前方から現れては大きな影を襲う。
逃げ場が無く急降下する大きな影。
それを追う小さな影の群れ。
そして俺は、それらの影が俺に向かってくる様子を見て、慌てて森の中へと逃げ込んだ。
ぶわっふぁー。
猛烈な風が地面に向かって吹き付けられる。
俺は体半分を木の陰に隠し、顔に吹き付ける風を右腕で防ぎながら、大地に降り立った大きな影を見た。
うん、どう見てもプテラノドンじゃないね。ワイバーンだ。全長が四メートルもある巨大な空飛ぶ生物だった。
そのワイバーンは小さな影の一匹、――――どう形容すればいいのだろう、豚ぐらいの大きさの空を飛ぶ胴が短いサメ? ――――らしき生物を左脚の鉤爪でガッチリと掴み、凶悪な口でその命を摘み取る。
まごうことなき弱肉強食の世界。
ワイバーンはまるで舌打ちするようなしぐさの後、殺した空飛ぶサメを無造作に投げ捨てる。空飛ぶサメの大群がいる空を眺め「キュルぁ」と喉を鳴らすように一鳴きしてから、地上すれすれの場所を飛んで行き、俺の視界から消え去った。
そして逃げるワイバーンを追うように、空飛ぶサメの群れが弾丸のように飛んで消えて行く。
…………おおぅ、怖かった~。
今回はマジで死ぬかと思った。この二週間で一番生きた心地がしなかった。
いや、聞いてくださいよ?
ワイバーンさん、オタマさんよりも百倍は怖いですよマジで。あの巨体で空を飛ぶんッスよ? そりゃあもう、生物としての潜在能力が半端ねえッス!
あまりに怖すぎたので語尾がおかしくなるほどだ。
あんな生物、たとえ銃火器を持っていても戦いたくない。鉤爪一本引っかけられただけで充分死ねる! 戦車ぐらいあれば別かもしれないが、少なくとも肌身が晒された場所で二度と対面したくはない。
皆さん。ゲームとかでワイバーンはただの移動手段に使われてるかもだが、実際はあんなのに騎乗とかできないから! どんな勇者だそいつは! いくら高い所から落ちても傷一つ負わない野郎ならいくらでも乗れるかもしれないが、あくまで一生命体である人間は、電気信号でしかない情報プログラムと比べて複雑高度でデリケートなので、もし皆さんがワイバーンと出会う機会があるなら自分の命を大切に扱おう! 小柄なドラゴンもどきと言って侮るなかれ!
そして空飛ぶサメ。
死体が一つ転がっているので、俺はその死体をじっくり観察した。
大きさは先程も述べたように豚ぐらい。ずんぐりむっくりとしていて、弾丸に似た流線型の形をしている。口の中を見ると普通のサメと同じように歯はぎっしりで、ひれも普通のサメとそう変わらないように見える。空よりも海を泳いでいる方が適切な体だ。とてもではないが空を飛べるような体型をしていない。浮力は? 揚力を利用していないよな? まさにファンタジーな不思議生物だった。常識が通用しない。
だけども非常識な現実は、無情にも俺の身を蝕みます。
いくらでも言うけど、クソあっちいぜぇ!
息を止めての緊張状態から解放されて、一挙に汗が噴き出て、もうやってられん!
なんだこの暑さは! 猛暑日か⁉ もう三十℃超えてるだろ! これはあれか、北風と太陽か? 俺を脱がしたいのか? 男の俺を脱がしてなんのサービスショットだ! 海を泳ぐときさえ服を脱がなかったのに、ここで脱ぐ羽目になっちまうのか⁉
キラキラキラ。と、輝く海が俺を誘う。
すべてを包み、汚れちまった心さえ洗い流してくれそうな海が、そこにある。
よくよく見ると、海の中には先日出会った人魚さんが海の上に黒い影となって浮かんでいる。大丈夫だったんだなと思うと同時に視線が重なり、慌てて海に潜って消える。……かくれんぼでもしているつもりか? それで気づかれていないつもりなら全然ダメダメだ。
うん、まあそうだな。
海で泳ぐか?
暑いしそうしよう!
オタマさんを惨たらしい姿にした人魚さんがいるなら海の安全は保障されているだろうし、これを機に、すこしシャイな人魚さんと仲良くなるのも悪くない!
というわけで、暑さで頭をやられた俺は、海に向かってダイブしました。
自分のことながら、遭難中の自覚がなさすぎで困る。




