黒い人影
その日Sさんはクラシックバレエのレッスンが長引き、自転車で帰る頃には夜も更けた23時前となっていた。
都内とは言え郊外の街ともなれば、夜はそれなりに暗い。Sさんは早く帰る為に、普段通る大通りよりも暗い裏通りを抜ける事にした。
夏の少し肌に纏わり付く様な空気を切って走る。前方には自動販売機が4台ほど並んで、暗闇を煌々と照らしている。
「あれ?」
自動販売機の後ろに黒い人影が見える。
しかしSさんは違和感を感じた。黒い人影はどう見ても自動販売機よりも大きい。
──うわぁどうしよ、嫌だけどもうすぐ通っちゃうよ
そう思うのもつかの間、Sさんは自動販売機の前を通過した。
「っ!?」
横目で黒い人影を見て思わず息を飲む。
影になって黒いと思っていた人影は、近くで見ても闇の様に黒く、その顔の部分には血の様に紅い目がギラギラと光っていた。
無意識の内に、ペダルを漕ぐ足に力が篭る。
──早くこんな場所から帰りたい
自転車を漕ぐ音が響く裏道に別の音が雑じる。規則正しく聞こえてくる音は、
「足音?」
思わず後ろを振り向くSさん。彼女の目に映ったモノは、彼女を追走する真っ黒な人影。
一気に血の気が引く。
ペダルにこめられる力が更に強くなる。
かなりのスピードが出ているはずなのに、後ろから聞こえる足音は遠ざかっている様には思えない。
やっとの思いで家にたどり着いたSさんは、急いで自分の部屋へと駆け込むと、布団をかぶってガタガタ震えていた。
ふとカーテンの隙間から庭を覗くと、黒い人影がぐるぐると庭を歩き回っていて、気がつくと消えていたという。