王宮の下に、カブがある
みょうちきりんな夢をみまして、それを元にして書きました。
ツッコミどころ満載かと思いますが、夢を見たと思って、お許しを。
「エレノア・フォスター!貴様との婚約を、今日この場をもって破棄する!」
王太子殿下の声が、大広間に響き渡った。もしかしたら、婚約破棄されるかも、とは思っていたけれど、まさか今日だなんて。
「困ったわね」
こんなことで呼びつけられるなんて。殿下にも困ったものだわ。
「殿下」
「なんだ。今さら謝罪しても遅いぞ?」
「カブが心配なので、帰らせていただきますわ」
「……は?」
「ですから、カブが心配なのです。同じことを二度も言わせないでいただけませんこと?」
一昨日の夜半より、王都では雨が降り続けている。私が育てているカブは、雨が多すぎると根腐れする。出かける前に侍女へ覆いを頼んできたものの、あの子は少々おっちょこちょいで。ちゃんとかけてくれたかしら。
「エレノア!」
「はい」
人の気も知らないで、まったく殿下は呑気な方ですこと。
「貴様は自分が置かれている状況を、理解しているのか?」
なんの反応も示さない私に、殿下は痺れを切らしたみたい。
「ですから、婚約破棄ですわよね?」
「そうだ!」
殿下がふんぞり返っている。あら、鼻毛が出てらっしゃるわ。あのまま後ろに倒れてしまえばいいのに。汚いこと。
「承知いたしました」
スッと頭を下げてあげた。これでもう気は済んだかしら。
「それでは失礼いたします」
「待て!」
くるりと踵を返す私の後を、纏わりついた伯爵令嬢ごと、殿下が追いすがってきた。あら、まだ何かあるのかしら。
「まだ何かありまして?」
「なぜ帰ろうとする!」
家に帰って何が悪いのでしょう。お父様に婚約破棄についてお伝えしなければいけませんし、何より、
「カブが心配ですので」
お伝えしたのは、これで三度目である。もういい加減に理解してほしい。
殿下は我が領の特産品のカブがお嫌いなのかしら。まったく理解できないわ。カブは美味しい。煮ても焼いてもいい。薄く切って塩を振り、オリーブオイルと和えるだけでもいい。葉まで食べられるし、何より、かわいい。土から丸い頭をちょこんとのぞかせている姿など、愛おしくて仕方がない。殿下などよりよほどかわいらしい。
「エレノア様」
殿下の腕に絡みついていた伯爵令嬢が、おずおずと口を開いた。
「わたくしへの嫌がらせについては、謝っていただけないのですか?」
にんじんのようなドレスを身に纏った、下品なご令嬢ね。人のものに手を出すなんて、いい死に方はしなくてよ。
「はぁ。わたくし、そのようなことはしておりません。ですので、謝罪はいたしかねます。これも何度もお伝えしていたはずですが」
理解できる頭がないのかしら。なんてカブ頭なの。
「でも……わたくしの靴箱に、泥だらけのカブが……」
「あれですか。ええ、あれはわたくしです」
「やっぱり!」
言質は取ったとでもいいたげね。でもあれは、
「差し入れです」
全ての生徒に同じように差し入れしているものですし。それを虐め、嫌がらせと言われましても。カブを差し入れるのは、我が領の伝統ですし。まさか、ご存じありませんの?
「嫌がらせではありませんか!普通、そんな事はしないものですわ」
そういえば、農業体験の日、このにんじん令嬢は、殿下とおしゃべりするのに夢中でしたわね。
「朝採れですよ?」
「知りませんわ」
なんてことなの。あんなに瑞々しいカブだったのに。もったいないことをしましたわ。カブに申し訳ない。
「と、とにかく!」
殿下が声を張り上げる。
「貴様のような陰湿な土いじり女を、未来の王妃にすることなどできん! 領地へ戻り、そこで一生己の行いを悔いるがいい!」
「領地へ?」
なんてすばらしい響き!領地!
「ああ!」
「フォスター領へ帰ってよろしいのですか?」
「二度と王都へ戻ってくるな!」
面倒な社交をしなくてよろしいの?なんて、なんてすばらしい!
「ありがとうございます、殿下」
「なぜ喜ぶんだ、エレノアー!?」
***
それからすぐ、私は王都を発った。王妃教育もない。茶会もない。舞踏会もない。朝から晩まで、好きなだけ土に触れていい。なんという幸福だろう。
ところが、故郷へ戻った私を待っていたのは、父の沈痛な顔だった。
「エレノア」
「ただいま戻りました、お父様。申し訳ございません。この度は婚約破棄されてしまいました。……お父様?」
「あぁ。早馬で聞いているよ。だが、すまない。それどころではなくてな」
父のこの顔は、見たことがない。いったいどうされたのかしら。
「……見ての通りだ」
広大なフォスター領。外へ出てみれば、その大地は、無残にもひび割れていた。数日前から続いた大雨で川が氾濫し、わずかにあった肥沃な土を洗い流してしまった。その後に現れたのは、流木と大量の水を吸い込んで硬く締まった大地だけ。領民の倉には冬を越すだけの蓄えもない。王家へ救援を求めたが、返答はなかったという。
残ったのは、難を逃れたわたくしのカブだけ。
「お父様。妙案がございます」
「なんだ?」
疲れ切った顔をしたお父様が顔をあげた。
「私のカブを植えましょう」
「…………?」
「カブです。わたくしのかわいいプリティなカブちゃんです」
「それは聞こえている」
父はなぜか、額を押さえた。どうされたのかしら。
「なぜカブなのだ」
「かわいいからです。それに、カブなら栄養のない大地でも十分に育ちますわ。流木を燃やして、灰を土に鋤き込めば、少しは足しになると思います」
「我が領地の命運を、そんなに簡単に決めていいものか」
もっともな意見だった。そこで私は、もう一つ理由を付け加えた。
「それに、わたくしならば育てられます。見ていてくださいませ」
しゃがみ込み、ひび割れた地面へ手を触れる。王家には秘密にしていた。フォスター家にも誰にも知られたことのない、わたくしだけの秘密。
私には、土の声が聞こえる。大地へと触れた手からは、嘆きが聞こえた。痩せて、栄養に飢えている。苦しい。水が欲しい。手を入れてほしい。
そんな声が、ずっと深い場所から聞こえてきた。あぁ、なんて、深い嘆きの声でしょう。
「大丈夫よ。わたくしがなんとかしてみせるわ」
そんな思いで、大地へと語りかけた。
「お父様、見ていてくださいまし」
「エレノア、いったい何をする気なんだ」
お父様からの問いには答えず、大地に触れた指先へと力を込めた。なんにも起こらない。ただのポーズに見えるでしょうね。でも、少し待てば…。
大地が震えた。小さな亀裂から、緑色の芽が次々と顔を出す。目の前の光景が受け入れられず、父が絶句した。
「エレノア、お前、いったいなにをしたのだ」
「カブを生やしました。気持ち悪いかと思って黙ってましたの」
「いや、そうではなく」
私はコテンと首を傾げた。いったい何がおっしゃりたいのかしら。
「では、あれはなんだ」
「カブですね」
やだ。お父様ともあろう方が、見てわからないのかしら。再び首をかしげると、お父様は頭を抱えてしまった。
「なぜカブなんだ」
「かわいいからに決まっておりますわ」
その日の夕方。
フォスター領に、次々と葉っぱが生えた。翌日には、領を覆いつくすほどに、まんべんなく生えそろい、そよそよとした風に揺れている。
一週間後。
今日は領民総出で収穫祭りを行っている。
「エレノアお嬢様」
「どうしましたか」
今日ばかりは執事長も腕まくりをし、鋤や鍬を握りしめている。もちろん、私も。そしてお父様も。
「まだまだ収穫しきれません。いったいどれほどの数が生えているのやら」
ふう、といいながら腰に手を当てる執事長は、全身に汗がにじみ、実にいい男ぶり。
「あらまあ」
私はわざとらしく頬に手を当てた。ふふ、わたくし、本当は年上のおじ様が好きなのよね。
「お嬢様、巨大なカブが発見されました」
「あら、どこかしら。ここからでは見えないわね」
「こちらです」
知らせを持ってきてくれた下働きの男児について行くと、そこには
「まぁぁ!本当に大きなカブですね」
そこには、見上げるほどに大きく成長した巨大なカブがあった。立派な葉は、大樹の枝のように広がり、ここちよい木陰を作ってくれている。土から出た白い身は、張りがあり、みずみずしいのが一目でわかった。
「どうしましょう。このカブ…」
困った様な男児の言葉に、わたくしも考え込んでしまった。
「そうねぇ」
わたくしも、こんなに巨大なカブが生えるなんて思ってもみなかったですし。立派でかわいいですわね。
「しばらくはこのままにしておきましょ。今日収穫した分で、当面は凌げるものね」
このままシンボルツリーにしたらどうかしら。
「承知しました」
その頃、遠く離れた王都では。
王宮の床に、一本の小さな亀裂が走っていた。
誰もまだ知らない。
その遥か地下を――
白く巨大な一本の根が、ゆっくりと王都へ向かって伸びていることを。
***
巨大なシンボルツリーカブが生えてから、フォスター領の暮らしは一変した。
「あのカブ様様よねぇ」
カブが生えたことにより、固くしまった大地がほぐれ、また領民で耕して灰を鋤きこんだことにより、以前と同じとまではいかないものの、少しずつ他の作物も育てられるようになった。
しかしそれだけではない。まず、領民全員で食べたいだけカブを食べたのに、一向に減らない。煮たり、焼いたり蒸し物にしたり。浅漬けやスープにもしてみたけれど。それでも、収穫量が減ることはなかった。
「お嬢様?」
カブの葉を干して煎じたものでティータイムを楽しんでいた私のもとに、執事長が訪れた。
「どうしました?また何か困りごとでもありましたか」
「いえ、そうではないのですが…。採っても採っても生えてくるあのカブ達は、お嬢様が植えられているものだとか」
あら、お父様、しゃべってしまわれたのね。困るわぁ、口が軽い人には、お口にいっぱいカブを詰めて差し上げてよ。
「最初のものはそうですわ。でも、今生えているものは、わたくしは何もしておりませんの」
「そうなのですか」
驚いたように目を見張った執事長は、なにか言いたげにしている。
「明日もカブ、ですか?」
「ええ、とっても素敵ですわね」
私はとっても幸せよ。けれども、連日続くカブ料理に、領民たちは少しだけカブが嫌いになった。しかし、腹は満たされている。このカブのおかげでだ。それに、他領にもこのカブの品質の良さが、少しずつ知られつつある。もう特産品としてしまってもいいのかもしれないわ。
その後も、カブは採っても採っても生え続けた。家畜に与えればよく肥え、余った分は塩漬けにし、近隣の領地へと販売した。
やがてフォスター領には、少しずつ人が集まり始めた。不思議な巨大なカブの噂を聞きつけ始めたのだ。
「エレノア」
「はい、お父様」
干からびたカブのようだったお父様が、みるみる元気になった。これもカブのおかげよね。
「ついに税収が元に戻ったぞ。お前があの日、カブを生やしてくれたおかげだ」
「まあ。さすがわたくし、ですわ」
お父様に褒められるのは、悪くありませんの。
「それとな、領民の半数が、あのシンボルツリーカブを神と呼び始めた」
「それはいけません!」
カブを神と呼ぶなど、それは一線を超えておりますわ。
「そうだな。我が国は、一神教だ。他に神を祀っているなどと知られたら…」
「カブは野菜ですもの」
「問題はそこではないと思うのだがな」
なぜか苦笑いしたお父様に、ポンポンと頭を撫でられましたの。訳が分かりませんの。
そんな穏やかな日々が、三か月ほど続いた頃だった。王都から、一通の書状が届いた。
「王命ですか?」
またろくでもない命令でしょうか。まったく、本当にぼんくら王太子ですわね。
「ああ」
父から手渡された書状には、立派な王家の紋章が押されていた。内容はとても簡潔だった。フォスター領に、尽きることのない巨大な作物があると聞いた。王家へ献上せよ。
「絶対嫌です」
婚約破棄の慰謝料も払わない王家に、なんで私のカブちゃんをあげないといけないのかしら。
「そう言うと思った」
お父様は、頭をポリポリと掻きながら笑った。
「これは領民のカブですわ」
「私もそう思う」
父は書状を丸め、暖炉へと放り込んだ。
「では断ろう。このことは忘れなさい」
「はい、お父様」
返事を出したあくる日、また手紙が届いた。王家に献上せよ、とだけ書かれていた。
「嫌ですわ」
私は、ビリビリに破り捨て、今度は返事すら書かなかった。
さらに三日後。またもや同じ手紙が届き、今度は、丸めてヤギに食べさせた。
さらにさらに三日後届いた四通目には、王太子殿下直筆の一文が添えられていた。
『エレノア。意地を張るな。王家に献上すれば、これまでの無礼を許してやってもいい』
無礼とは、いったいなんのことなのでしょう。
「お父様、わたくし、なにか王家に無礼を働いておりましたか?」
「いや、王家は当家に無礼を働いているがな。エレノアはよくやってくれている。自慢の娘だよ」
そうですわよね。でしたら、もうお手紙は土に埋めてしまいましょうね。
そして翌月。なんと王家は、兵を送ってきた。遠くからでも、王家の紋章のついた旗と、騎士団が近づいてくるのがよく見えた。
「王命に背くならば、反逆とみなす」
とのことだった。
「いったいなぜですの。我が領が何をしたというのでしょう」
「カブを奪うためだろうな」
腕組みをして、騎士団を見つめるお父様は、ぽつりと言った。えっわたくしのカブちゃんをですの?
「でも、野菜ですよ?」
「エレノア、私に聞かないでくれ。私にもわからん」
領境へ現れた王国軍は、五百騎。対するフォスター領の兵は、百にも満たない。それも、手に鍬や鋤を抱える領民ばかり。兵力としてはほぼゼロに等しい。
私は、立ちはだかるようにシンボルツリーカブの前に立った。大きな葉が、今日もそよそよと風に揺れている。風が気持ちいいですわ。つるりとした真っ白な体を撫でると、フルリと身震いした。
「困りましたね。あなたを渡すわけにはいかないの」
このカブのおかげで、誰も飢えずに済んだ。冬を越し、領民たちは、また畑を耕し始めた。そんな時。王家は何もしてくれなかった。助けを求めたときには無視したくせに、豊かになった途端に奪いに来る。そんなの
「とっても嫌ですわ!」
大地へと手をかざした。今は、あの時の嘆きは聞こえない。困惑と、心配の声が聞こえるだけだ。でも、この声。大地からじゃない…?
どくん。大地が脈打った。
「……え?」
どくん。
もう一度。地鳴りが響いた。
「お、お嬢様!」
遠くから執事長の声がする。地面が大きく揺れていた。シンボルツリーカブの葉が、ざわざわと音を立てている。立っていられずに、よろめいてしまった。
この声もっと近い。すぐ後ろから、直接胸へ響いてくるような――。
「…カブちゃん?」
返事の代わりに、大地が大きく隆起した。
同じ頃。
王都でも異変が起きていた。
「ななな、なんだ!?」
王宮の大広間で、王太子が椅子から転げ落ちた。床が大きく揺れている。柱が軋み、壁に細かな亀裂が走った。
「地震か」
「殿下!お逃げください!」
騎士団が大広間へとなだれ込んできたが、逃げろと言われても
「いったい、どこへだ?」
その問いに答えられる者はここにはいなかった。なぜなら、王宮だけが揺れていたからだ。王都の民家はみな無事だった。商店も。教会も。広場も。ただ王宮だけが、ゆっくりと持ち上がっていく。
「おい、何が起きている」
国王が転びながら大声で叫んだ。窓のそばにいた騎士が、よろよろと外を見た。そして絶句した。
「へ、陛下!わ、我々のいる王宮が、巨大な根に持ち上げられています!」
「何だと!?」
ずずずずず。
轟音とともに、王宮が傾いた。
「ぎゃああああ!」
大広間にいた者たちは、バランスを失って右に左にと転がった。
「で、殿下!」
「はやく助けろ、愚図共め!」
王宮の地下深く。何か月もかけて伸び続けた巨大なカブの根が、とうとう王宮の基礎を持ち上げたのである。
しかも。まだ育っていた。
「止めろ!」
王太子が無様に転がりながら叫んだ。
「誰か止めろ!この化け物を止めろ!」
当然、誰にも止めることなどできはしなかった。
翌朝。
王都からまたもや早馬が到着した。
「エレノア様!」
手紙を握りしめた執事長が、駆け込んできた。あらあら。朝早くからどうしたのかしら。
「王太子殿下からの緊急書状です!」
「あらまあ」
受け取って、中を読んでみると、
『今すぐカブを止めろ』
それだけが書かれていた。わたくしはしばらく考えた。あのカブちゃんには、何もしていないのに。どうしてこんなことになったのかしら。もしかして、土に埋めた手紙、あれを読んだというの?
「お父様、カブを止めろと書かれておりました。ですけど、あの子の意思でやっていることですので、わたくしにどうにかできるかは、わかりかねますわ」
「そうか。王宮はカブの根の上で難儀しているらしいからなぁ。いい気味といえばそうなんだが」
「ですけど、やってみます」
あのカブちゃんが悪者にされるのは、気分が悪いですもの。
「そうか?できなければ、それはそれで我が領としては問題ないからな」
「わかりましたわ、お父様」
私はすぐにシンボルツリーカブのところへ行った。今日も艶やかで、パリッと美味しそうな見た目をしている。
「カブちゃん」
葉をすりすりと撫でる。風も吹いていないのに、ざわざわと葉が揺れた。
「もう大丈夫ですよ。ありがとう」
葉の動きがぴたりと止まった。やっぱりカブちゃんの意思でやってくれていたのだわ。
「ありがとう、守ってくれて」
すぐに地鳴りが止まり、また元の静かなカブちゃんへと戻っていた。そういえば、昨日きた人たちは、王宮に帰れたのかしら。
「エレノア、止まったのか?」
「はい。カブちゃんがご機嫌斜めだったみたいです。よっぽど王家に献上されるのが嫌だったんでしょうね」
お父様が遠い目をした。
「そういえば、お前は昔から、カブを育てるのが上手だったな」
「ありがとうございます」
「褒めていいのか分からないよ」
それから数日後。
またもや王都から使者がやってきた。王宮は、斜めになったままだという。倒壊こそ免れたものの、もはや住める状態ではないらしい。国王と王太子は仮住まいを余儀なくされ、王家はフォスター領への出兵を撤回した。とはいえ、調度品が壊れた程度だとか。
王宮の異変を知った騎士団は、昨日のうちに慌てて王都へ引き返したらしい。ついでに、これまで無視されていた大雨被害への補償も決まった。あらまぁ、フォスター領に構う暇なんてありませんでしょうしね。いい気味ですわ。
「エレノア」
使者が帰ったあと、お父様から呼び出され、一通の手紙を渡された。
「王太子殿下から、お前個人宛てにも手紙が来ている」
「まあ」
破り捨てていいかしら。
『貴様のせいで、王宮が傾いた。あのような化け物を育てる女との婚約を破棄した私の判断は正しかった。二度と王都へ来るな』
と書かれていた。
「わたくしのせいじゃありませんのに。王家が無理やりカブちゃんを搾取しようとしたせいですわよ」
「ああ。珍しく意見が合ったな」
私は手紙を大切に畳み、金庫へとしまい込んだ。これでもう、本当に毎日、好きなだけ畑にいられる。なんという幸福だろう。
「さて」
こうしてはいられませんわ。
「どこへ行くんだ?」
「もちろん、畑です」
あの日以降、よく畑仕事をしていい汗をかいている執事長を見に行きたいのですわ。
「今日は休んだらどうだ?」
「いけませんわ」
「なぜだ?そんなに公爵令嬢が畑に出ずとも、皆がやってくれるではないか」
イケオジ不足になりますわ。
「…雨が降りそうですから。カブに覆いをかけてきませんと」
窓の向こうでは、黒い雲が集まり始めていた。
「カブに覆いをかけてきます」
「……エレノア。…お前が婚約破棄された日も、同じことを言っていなかったか?」
「言いましたわね」
わたくしはにっこりと微笑んだ。
「ですから殿下にも、最初から申し上げていたのです」
――カブが心配です、と。




