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ワラキア公国の場合

「ねえ、天の声」

 私は、乙女ゲームの後始末的な夢を何度も繰り返させる存在に話しかけてみた。


「多分出来ないと思うけど、ゲームの世界に近い舞台ってあるの?」

 多分出来ないと思って言ってみた。


『例えば?』

 天の声が聞き返す。

「ゲームっていえばファンタジーじゃない。

 ファンタジーといえば、ドラゴンとか出て来るよね?

 まあ、実際の世界にはドラゴンなんていないから、そんな世界を体験させるなんて、絶対無理よね?」

『…………』

 天の声が答えに窮しているようだ。

 私は調子に乗って言ってみる。

「それに、私が今まで経験して来た国は、王子よりも婚約者側の公爵とかの方が力が強かったからね。

 だったら、私も公爵とかの側が良いなあ」

『…………』

「あと、ゲームだったらメインの攻略対象以外に、サブキャラもいるじゃない。

 いっそ美形の騎士の方と……なんてね。

 そんな都合の良い舞台、この世界に存在しないからね」

『分かりました。

 該当する世界を体験させてあげます』

「うんうん、出来ないなら『私の望みを叶える』って約束を破るわけだから、もうこんな悪夢見せるのは終わりにしましょう!」

『これから、お望みの国を体験させます』

「え?

 あるの?

 嘘でしょ?」


天の声がそれに応える前に、私はまたあの変な浮遊感に囚われてしまった……。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「マリア、私の盾はお前を守るためにある。

 例え全能の神が我らを裂こうとしても、この銀の剣が道を切り拓くだろう」

 乙女ゲームの騎士ルート。

 金髪碧眼の聖騎士は、夕陽を背に跪き、私の手に誓いのキスを捧げる。

 周囲の騎士たちは剣を掲げ、

 「二人の愛に祝福を!」と唱和する。

 モンスターを倒し、呪われた公爵を救い出した私たちは、伝説のドラゴンの首と共に、花の舞う王都へと凱旋するのだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




……そう、それが私の知っている「ファンタジー」のハッピーエンド。

 王子様じゃなくていい。

 メインキャラじゃなくていい。

 剣と魔法、そして私を命がけで守ってくれる、気高き騎士がいればそれでいい。

 それで良い。

 それで良いんだよぉぉぉぉ!!!!

 この現実は一体何よぉぉぉぉぉ????


「メリェム、逃げなさい。

 ここは、貴方が居るべき場所ではないようだ」

 そう言って私の手を引く美形の貴族。

 顔的にはこれまでで一番の当たり。

「ラドゥ様」

 私は思わず、その名を言ってしまった。

 同時に私の脳内に、莫大なこの時代の記憶が流れ込んで来た。

 ここは15世紀、ワラキア。

 その領主はワラキア公でもあり、(ドラクル)騎士団の一員でもあったヴラド3世。

 横にいる美青年は、その弟であるラドゥ。


(ドラゴンも騎士も確かにそうだけど、絶対私が望んだ世界じゃない!!!!)

 私こと、ラドゥが婚約者であるハンガリー貴族の娘エルジュベトを棄て、選んだオスマン帝国の貴族の娘メリェムは、私たちを取り囲む一団を見渡す。


 そこには黄金の甲冑を纏った騎士など一人もいなかった。

 いるのは、黒いマントに「尾を巻く竜」の紋章を刻んだ、凍てつくような眼差しの男たち。

 (ドラクル)騎士団。

 神の名の下に異教徒と命の限り戦う事を誓った、狂信的なまでの防波堤。

 

『聖なる騎士、ドラゴン、そして公爵、お望みの世界ですね』

 「天の声」が、耳元で愉悦に満ちた声を響かせて来る。


 そして、要らない……いや、この先の展開を知る上では重要な、聞きたくない情報を教えてくれる。


『「ドラゴン」とは、ルーマニア語で「ドラクル」、悪魔という意味でもあります。

 NPC進行時の貴女が「サブキャラ攻略」だと思って手を出したラドゥ美男公は、この騎士団において致命的な「規律違反」を犯したのです。

 異教徒である貴女への恋、そしてキリスト教の戦士である事の放棄。

 確かに政治的な思考から、オスマン帝国を選んだというのはあります。

 しかし、最前線の騎士にそんな事は関係ありません。

 異教の女性を選ぶなど、神への忠誠を汚す「悪徳」そのものとして、憎まれているのです』


 舞台が移ろう。

 あの後に起きた諸々をショートカットしてくれたみたい。


『貴女の末路を考えると……。

 せめてものサービスです』

 天の声が、何となく言いにくそうに呟く。

 ラドゥは脱出に成功し、私だけ囚われたようだ。


 広場の中心に、一人の男が座っている。

 長い黒髪、異様に大きな瞳、そして冷酷な意志を湛えた高い鼻。

 その男こそワラキア公ヴラド3世だった。

 彼は豪華な椅子に深く腰掛け、手にしたワインカップを弄びながら、跪かされた私を見下ろした。


「ラドゥと私は、決して仲良しの兄弟ではない?

 しかし、奴がオスマン帝国を選んだとあらば、事は兄弟の不仲という話では済まなくなる。

 奴は当てつけのように、我が後見であるハンガリーから迎える妻女を断り、お前という異教の女を選んだのだ」

「違います。

 計算はあったかもしれませんが、そこには愛があったはずです」

「誰が異教の女に発言を許した?

 そして一丁前に愛などと、キリスト教徒のような言葉をさえずるな!」

 ヴラド3世の一喝。

 私はその迫力に声が出なくなった。

 

「男と女の事だ。

 私にお前たちの事は分からん。

 だが、ラドゥがハンガリー貴族の娘を断ってオスマン帝国に忠誠を誓ったのと同じように、私はお前を処刑して、他のキリスト教国に身の潔白を示さねばならんのだ」

 

 ヴラドの声は低く、そして驚くほど理知的だった。

 彼は単なる暴君ではない。

 法と規律を絶対とし、嘘や裏切りを何よりも嫌う、極めて厳格な統治者だった。


「さて、今から発言を許してやる。

 言い遺す事は無いか?

 もしキリスト教に改宗するなら、せめて司祭を呼んで、死ぬ前の洗礼を受けさせてやろうぞ」

……改宗したとしても、助ける気はないようだ。


「あの、ラドゥ様は?

 ラドゥ様はどうしました?」

 恐る恐る尋ねてみる。


「愚弟か?

 一緒に死なせてやりたかったが、そうもいかなかった。

 アレも私の弟で、中々の者だ。

 血路を切り拓いて、奴のは派閥の貴族の元に落ち延びた。

 救いになるかは知らんが、待っていてくれ、きっと助けに戻る、と叫んでおったそうだ」


 それで少しだけ、死ぬ苦痛が和らいだ気がする。

 今まで一緒に断罪を味わった王子とかは、ほとんどが途中で心が折れて、私に憎悪の念をぶつけて来たのだから。

 今までが酷かったせいか、それともこれからが一番酷いせいか、若干優しいストーリーに変わったようだ。


「……言いたい事は言い終わったようだな。

 慈悲は示した。

 あとは、お前にはキリスト教世界の為、異教徒を恐れさせる為の生贄になってもらう」


 ヴラド3世はそう命じ、私を刑場に連行する。

 そこには、林のように突き立てられた「長い杭」が並んでいた。

 かつて彼に逆らった貴族や、嘘を吐いた商人、捕虜となったオスマン兵たちが、生きたまま突き刺され、重力に従ってゆっくりと肉を裂かれながら、絶望的な呻きを上げていた史実。


串刺し(ツェペシュ)……」


「神への絶対的な服従の為、これより異教徒に死を与える」


 この人はワラキア公という政治家でもあるし、ドラクル騎士団の一員でもある。

 ドラキュラとは小竜公という意味。

 民の統治と、キリスト教世界の守護と、両方の意味で私を殺すから、翻意の余地は無い。


 衛兵たちが私を抱え上げる。

 私は暴れた。

 叫んだ。

 乙女ゲームのヒロインとして奇跡が起こる、とは思っていない。

 それでも死を間近にして、私は恐怖の余り暴れ回った。

 いくら目が覚めたら元の世界に……であっても、この時の私はオスマン貴族の娘メリェム、そうなり切っている。


 そして、屈強な騎士に殴られ、蹴られ、意識が朦朧となって動かなくなったのを確認された後、私は杭の上で股を開かされる。

 そこにある杭は、決して鋭く研ぎ澄まされたものではない。

 あえて一気に突き刺さらぬよう、自分の体重で自らを殺していく程度に尖らされている。

 苦しみながら死ね、という事なのだ。

 杭の先端が、身体の奥深くへと入り込んでくる。


『最後の説明です。

 貴女はファンタジー要素を望んでいましたね?

 彼、串刺し公ヴラド3世の逸話は、時を超え、イギリスのブラム・ストーカーの小説で描かれました。

 吸血鬼「ドラキュラ」の物語として。

 貴女が望んだ、ファンタジー、公爵、騎士、ドラゴン、全部クリアしましたからね』

 申し訳程度の天の声の囁き……。


(……ファンタジーはファンタジーでも、ドラキュラの物語なんて、望んでいない……!!

 っていうか、ホラーをファンタジーと言うのか??)

 最後の一呼吸。

 内臓を潰しながら身体に突き刺さって来る杭の感触を感じながら、私の意識は暗黒へと突き落とされた。








「ひいいいいいいいっっっ!!!」

 叫びながら目覚める。

 目覚めた時間が最悪だ。

 まだ深夜2時。

 いわゆる丑三つ時。

 西洋お化けのドラキュラは関係ないかもしれないが、そういうのが出ると言われる時間帯だ。


「天の声!!」

 私はそう仮称している者に文句をぶつける。

「確かに私が言った事は全部満たされていたけどさ!

 あれはないよね!」


 だが天の声の返事は事務的である。

「貴女の望むようにしただけです」

 と。

作者の大好きなワラキア公ヴラド3世。

拙作「薩摩転生」で出した時には、串刺しの部分の描写の前後で運営に引っ掛かって削除した部分があったので、今回は気をつけて書きました。

あと、王子様役はルイス=ルイ=ルートヴィヒといった感じで同じ系統の名前ですが、これはワラキアではラドゥなようでした。

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