幕間
私の名前は佐藤真里。
趣味は乙女ゲームの攻略どこにでもいる平凡な大学生……だった。
今は何故か、その乙女ゲームでヒロインが王子様を攻略した後の……実際にそんな事をしたらどうなるんだ? というのを追体験させられる「平凡ではない」状況になってしまった……。
どうしてこうなった?
こんな「わからせリセマラ」をさせる謎の存在に暴言を吐いた事で、都合4回私は過去の世界で死んでいる。
そして、まだしばらく続くみたい。
でも、よくよく考えると、死んだら夢から醒めて、現実世界に戻って来るわけで。
私自身は死ぬわけではない。
夢の中では、感情も記憶もあちらの世界に染まっているから、あんなに苦しい事はない。
でも目が覚めたら、現代の日本でのほほんと大学生を続けている。
だったら、貴重な体験と思って楽しむってのもアリかな?
……ごめん、嘘。
そうでも思わないと辛いだけ。
どれだけ精神が削られたんだか分かんないわ。
そう思っている間に、またどこかの時代に転送される時間が近づいて来た。
その前に、奴に聞きたい事があるから、答えてもらおう。
謎の浮遊感が来た。
多分今なら話が出来る。
気を強くもって、意識が持って行かれないようにして……
「天の声!
連れて行かれる前にどうしても聞いておきたいから、答えて!」
瞬間、浮遊感が消えた。
一方で体は動かない。
目は動くから部屋を眺めると、時計も止まっている。
時間が止まったようだ。
『聞きたい事は何でしょう?』
来た!
天の声だ。
悪口を言いたい気分はあるが、それはぐっと抑えて……。
「今まで東フランク王国、神聖ローマ帝国、ヴァロア朝フランス王国、プランタジネット朝イングランド王国と飛ばされたよね?
ここって全部、一夫一妻制の社会よね?」
天の声は質問の意図まで理解したようだ。
『そうでなければ、婚約者追放や、正妃の座を奪うというのが成り立ちません。
一夫多妻制の社会では、真実の愛なんてものは恐らく無いでしょう。
よろしい、では軽く体験してみましょう』
あ、どの道体験させられるんだ。
また浮遊感がやって来て、意識が……持っていかれる……。
目が覚めたら、私は日本? 多分そこにいた。
記憶が一気に流れて来る。
そう、ここは日本で時代は……いずれの帝の御時にか……って平安時代か。
私は中宮の位まで登り詰めた、帝の寵愛を受けて。
でも……
「今宵も帝はお渡りになりませんなあ」
私付きの女官が愚痴を零す。
そう、平安時代はすぐに愛情が移ろう。
聞けば帝は、違う女御に夢中だという。
先の中宮が気鬱になり、御所を出て寺に入られた。
その気鬱の原因が、私への寵愛だったから、確かに追放ものかもしれない。
その空いた座に入ったが、そこで帝の寵愛は終わってしまったようだ。
経緯が経緯だけに、今度は私が「部屋を訪ねて来ない帝を思って、気鬱になる番」か……。
その瞬間、私の意識は元の部屋に戻って来た。
時間は全く経っていない。
天の声が言う。
『一夫多妻制だと、大体こんな感じです。
まあ、そんな社会でも北条政子さんとか、日野富子さんみたいな悪役令嬢相応の女性もいますよ。
挑戦してみますか?』
お断りだ。
勝てる見込みがない。
天の声が続ける。
『そうでしょうね。
一夫多妻制の社会で、正室とは後宮をまとめる政治力を有します。
妻の座と家庭が全ての社会とは違い、ここは女性と、時には宦官も含めた隔離された社会の長となる女性が君臨します。
ゲーム脳の貴女では、到底かなわないでしょう』
まあ、そうだね。
後宮のボスと戦うには、乙女ゲームのヒロインは弱過ぎるし、真実の愛なんてものは
「第二夫人にしたんだから、それで良いでしょ」
となってしまう。
……って、さっきの私は中宮だったよね?
では皇后は?
序列1位の皇后の座を狙ったら、どうなる?
『よろしい、お見せしましょう』
……余計な事を考えるんじゃなかった。
私はまた、妙な浮遊感に囚われた。
目が覚めた時、私は……臭い! ここどこ?
トイレの中に落とされていた。
そして、目が見えない、声も出ない、手足も動かない……いや、無い!!
記憶が流れ込んで来た。
私は……戚懿……歴史上は戚夫人と呼ばれる女性で、私が愛情を奪った相手は漢の初代皇帝・劉邦。
という事は……
「まだ生きておるか?
人豚よ。
あさましい姿よなあ」
私の目を潰し、喉も潰し、手足を切断してトイレで糞尿を食う豚と同じ境遇にした女、呂后の声がした。
私を今までに感じた事の無い怖気が包む。
この女性は怪物だ。
王子様……じゃなくて皇帝陛下の愛情を奪った報復は、これ程直接的なものなのか……。
『というわけで、呂后編のチュートリアルは終わります。
他にも賈南風コース、独孤皇后コース、武則天コース、万貴妃コースがありますが』
意識が現代に戻った私に語りかける、天の声がなんか楽しそう。
そんなコースはお断りだ!
まあ、私は一夫一妻制の社会限定での「わからせリセマラ」地獄だけど、その理由が分かれば十分。
一夫多妻制だと、乙女ゲームの世界とは合わないし、報復も残酷なものになるのね。
この件は終わり!
もう一つの質問をしないと!
「そっちは良いので、次の質問するよ!
私が飛ばされる社会では、必ず公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵そして騎士がいた。
そういう社会を狙って送ってるの?」
しばしの沈黙。
そして天の声が回答する。
『それ以外の社会で、貴女は直感的に貴族を分かるのですか?
例えばビザンツ帝国……頭が悪い貴女にも分かるように言うなら東ローマ帝国で言います。
専制公、尊厳公、副帝、軍事司令官と言われ、ピンと来ますか?』
「副帝ならなんとか……」
『その地位、貴族の中では序列3位なんですよ』
「え?
副皇帝なんだから、皇帝の次、貴族社会では最高位じゃないの?」
『ほら、分かっていない。
貴女の言うのは、正解でもあるし、不正解でもある。
時代によって貴族の構成が変わるんですよ』
「……覚え切れない」
『あとは、中世のローマで例えましょうか』
「それは覚えている。
確か一番が執政官で、次が護民官で」
『それは職名です。
元老院を出した階級とか、騎士階級とかありますが、それは古代ローマです。
これから言うのは、中世のローマです』
「いやいや、ローマ帝国は東西に分裂したじゃないの」
『貴女はローマ教皇というのを知っているでしょ?
バチカンとも言いますね』
「あ」
2回目の世界で、皇太子ともども破門をし、酷い目に遭わせた存在を思い出した。
でも、あれって教会の事では?
『中世は、ローマ教皇が領土と軍隊と統治する官僚機構を持っていたのです。
ピピンの寄進とか、習いませんでしたか?』
「忘れてました」
『ローマ教皇領とは、一個の国です。
そこでの階級は、教会と貴族・市民との間で異なります。
つまり、二重の社会があったのです』
「もう頭がパンクしそうです」
『最後まで聞いてもらいます。
聖職者の階級は、教皇、枢機卿、高位聖職者です。
世襲貴族の階級は、男爵、親王、名門家系です。
そして都市共同体では、階級というか役職ですが元老院議員、上層市民があります』
「……もういい。
要するに、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵でないと私の頭が追いつかないから、そこに落としているって事ね」
『貴女が……というより、乙女ゲームの世界がそうだからです。
これ以外の貴族社会を舞台にした乙女ゲームを、私は知りません。
シミュレーションゲームなら有りますが、そちらの世界も体験してみますか?』
「遠慮しておきます……」
そして、天の声が珍しい事に愚痴を零す。
『私の上位概念が、ビザンツ帝国を大好きな為、そちらに落としたくてうずうずしてます。
上位概念と同じ嗜好の人が多かったら試したいと考えていますが……』
「それ、メタ発言?
とりあえず、もうやめて。
聞きたい事は聞けたから、さっさと転送するならしてよ!
明日予定あるんだから」
『前向きですね?』
「うん。
人豚とか経験したから、もうあれ以上ヤバいのは無いでしょ。
楽勝、楽勝!」
私は後で反省した。
いつだって口は禍の元だって。
天の声が楽しく返して来た。
『よろしい、そういう厳しい制裁をお望みですね!
その願い叶えましょう!』
私はまた、厄介な時代のある国に転送されたようだ。
周の爵位が公・侯・伯・子・男だから、周を舞台にした「悪役令嬢もの」も書けるっちゃあ書けるんですよね。
ヒロインの方が妲己・褒姒・西施に似たキャラ設定になりそうですが……。




