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プランタジネット朝イングランドの場合

 ずっと思っていた。

 貴族って理不尽。

 公爵が偉いっていうのは、ゲームでも学校の授業でも知っていた。

 でも、あれだけの事をしてのけるとは思わなかった。

 片や軍勢を率いて王城を脅し、逆らった者を族滅させる。

 片や外国と通じて王を震わせ、圧をかけて女性一人を火刑で消滅させる。

 やらかしてる私の化身と、王子も悪いけど、正直権力を悪用してない?


 なんて思わなければ良かった。

 天の声というストーカーが答えて来たよ。


『では、そうではない社会も体験してみましょうか』


 私の視界がグニャリと歪み、嫌な浮遊感と共に私の意識は飛んだ……。







 四度目に意識が浮上した時、肌を撫でたのは湿り気を帯びた重苦しい霧の感触だった。

 濁った水の匂いが、窓のない石造りの部屋に満ちている。

 鏡……いや、磨かれた金属板に映る私は、地味だが上質な亜麻のドレスを着ている。

 そしてまた記憶が流れ込んで来る。

 落ち着いた佇まいだが、それでも貴族である「男爵令嬢メアリー」、それが今回の私だった。


(……ここはロンドン。

 あそこに見えているのはテムズ川。

 時代と国は……プランタジネット朝のイングランド?

 プランタジネットって何だっけ?

 それで王子様(ダメイケメン)は……英国王太子(プリンスオブウェールズ)リチャード。

 そして彼は今、とんでもないことをしでかした直後なのね)


 隣に立つリチャード王子は、若き獅子のような風貌であった。

 軟弱っぽかったフランスの王子と違い、勇猛さを漂わせている。

 髭こそ同じように剃っているが、香水はなく、野生な匂いをしている。

 そんな男らしい感じの王子が、私の手を力強く握りしめていた。


 だが、彼の眼前に広がる光景は、これまでの「宮廷」とは一線を画している。

 そこは華やかな王の間ではなく、荒削りな石壁に囲まれた質素な場所。

 天の声が言うには、ウエストミンスター・ホール。

 そして、どう見ても関係者だけの集まりではない。

 かなりの人数が部屋に詰めている。

 ここに居並ぶのは着飾った貴族だけでない。

 天の声から聞いたら、羊毛取引で富を築いた富裕層(ジェントリ)や市民たちの代表。

 すなわち「議会(パーラメント)」が開かれていた。


 イングランドは、大憲章(マグナカルタ)を王に飲ませる程、議会の力が強い。

 王は貴族や市民の富を守る責務を負わされる。

 大貴族の横暴はない、それでも王は勝手気ままを許されない。


 そんな議会にて、議員たちによる私たちへの糾弾が始まった。


「リチャード殿下。

 我ら議会は、貴殿がポルトガル王女イザベラ殿下との婚約を一方的に破棄した行為に対し、公式な説明を求めます。

 どういう事をされたか、お分かりか?」


 一人の年老いた男爵が、羊皮紙の巻物を広げて淡々と告げた。

 その口調は、貴族の仰々しさではなく、淡々とした議会答弁だった。


 王子と議員たちがやり合っている。

 時々、私にも発言が求められる。

 そんな中、私は違和感を感じた。

 そう言えば、もう一人の当事者はどこ?

 今までは見える場所に立っていて、私に対して残念な視線を送っていたのに……。


(そうだ!

 イザベラ様をこの場に連れて来て貰おう!

 そうして彼女に誠心誠意謝って、婚約を元に戻せば……)


 名案を思いついた私に対し、天の声が冷酷に告げる。


『無駄ですよ、メアリー。

 イザベラ王女はとっくの昔にポルトガルに帰りました。

 貴女が……いや貴女の意識がない時のその女性が王子の腕の中でうっとりしていた間に、同盟の絆は相手国に返されたのです。

 ちなみに、イングランドにとってポルトガルは、フランスを背後から牽制するため、手を組んでいた相手です。

 その絆を、貴女という「単なる男爵家の令嬢」のために引き裂いた代償は、決して軽いものではないのですよ』


 その言葉を裏付けるように、議会に伝令が駆け込んできた。


「報告!

 フランス軍が大陸の我が領土カレーへ進軍!

 我が方の守備隊より援軍の要請です」


 ホールが騒然となる。

 だが、誰かがポツリと呟いた。

「援軍は出さねばなるまい。

 しかし、同盟国がいないのは寂しい事だ」

「まだ、同盟が切れたわけではないでしょう」

「そうならぬと、誰が言える」

「カレーが失われたら、大陸における足場が失われるぞ」

「奴等は、イザボー様がこの国を離れた瞬間を狙っておったようですな」

「なるほど、奴等もポルトガルは動かないと踏んだようですな」

「付け入る隙を与えてしまったようです」

「ウェールズ大公(王太子)、一体誰のせいでしょうな?」

「このような事態を引き起こした責任は、当然感じていらっしゃいますな?」


 それらの声は感情的な怒号ではない。

 紳士らしい大人しいが、容赦のない冷徹な指弾である。


「ウェールズ大公、貴方の『真実の愛』とやらのおかげで、我らが先祖代々守り抜いてきた大陸の領地が脅かされています。

 これは王家の私事ではありません。

 イングランド国家に対する背信行為であります!」


 貴族服の議員が、無礼にも指差しをしながら糾弾する。


「無礼者!

 私はイングランド王のただ一人の子だ!

 私は次の国王。

 その私が、誰を愛そうと私の自由だろう!」


 リチャードが叫ぶが、その叫びはどこか空虚である。

 リチャードにも、事態の重さは理解出来ているのだ。

 だから虚勢を張っているに過ぎない。

 そんな事は百も承知の議員たちは、冷ややかな目で彼を眺めるだけであった。


『前回はフランス王子の錯乱がイングランドの利となった。

 今回はイングランドの王子が錯乱してフランスの得となる。

 お分かりですね?

 婚約破棄は王家の問題、そんな話じゃ済まないのです。

……マリア、貴女は「失地の王子」の共犯者とされるのですよ』


 議会による糾弾は、理詰めで進められていく。

 次第に王子は虚勢も張れなくなり、黙り込む。

 そして議員は、置物と化した王子には目もくれず、臨席している国王に向き直った。


「国王陛下。

 リチャード殿下は、臣民の財産である領土を危険に晒す愚行を冒しました。

 我ら議会は、殿下を『王位継承者』として認めることを、断じて拒否します!

 この決定を認めぬとあらば、税を納めません」


 多数が賛同する。

 その非情な重みが、リチャードと国王を追い詰めていった。

 前回、更にその前、更にその前のような大貴族の横暴はない。

 あるのは、事実に基づいた合理的な追及だけだ。

 ついに父である国王は、苦渋に満ちた表情で唯一の子を断罪した。


「……リチャードよ。

 お前はもはや、この国にとって重荷でしかない。

 お前に王位を継がせる気はない」


 それで全てが決した。

 リチャードはウェールズ大公の位を剥奪される。

 王位は、分家であるランカスター家かヨーク家の者の、相応しき者に継承される事となった。

 それが議会による決議だ。

 そして廃太子リチャードは「国家に多大な損害を与えた者」として、ロンドン塔への幽閉とされる。。


 そして私は……


「貴女も幽閉される。

 まあ、安心されよ。

 ロンドン塔とは違う場所だ。

 そして、そう長い事にはなるまいよ」


 審議官が訳ありげに笑う。

 長い事にならないって、まさか前みたいに、移送中に殺されるって事?


 予想は外れ、私は馬車に乗せられ、どこかの古城に運ばれていった。

 そしてその城の地下深くの牢獄に叩き込まれる。

 湿った壁と、ネズミの鳴き声だけが支配する、光の届かない独房だった。


(殺されても声が外に漏れない。

 まったく陰険な事よね……)


 そんな内心に、天の声が答えた。


『安心しなさい、メアリー。

 今回は誰も殺しには来ませんよ』


 これまでにない静かなトーンであった。


「じゃあ、ここで耐えていれば釈放されるの?

 …………。

 あれ?

 もしもーし、天の声さん」


 返事はない。

 岩に染み入るなんとかというが、音響効果の低い地下室に、自分の声も吸い取られていく。


 これが始まりだった。

 私を待っていたのは、何もされないという拷問。

 門番もいない。

 食事も運ばれて来ない。

 次第にネズミの声すら、嬉しく感じる程に追い詰められていく。


「おーい、天の声、返事をしろー!

 おい、このコズミック害鳥!

 謎のストーカー!

 人の運命をもてあそぶ神もどき!

 人の精神を壊す外道中の外道!

 返事をしろよ!

……返事をしてよ……」


 やがて私は、天の声に教えられる事もなく、気づいてしまった。

 私は、いなかったことにされるんだ。

……処刑すれば「悲劇のヒロイン」として誰かの記憶に残る。

 この国からは、百年くらい後に世界的な劇作家が出る。

 その人の題材にすらされないよう、一切の存在を消されるんだ……。


 そして一月が過ぎようとしていた。

 本当に一月か、分からない。

 もう何日経ったのか、数える気力もない。

 壁に張り付く湿気から、わずかな水分は摂っていた。

 でも、もう限界。


 意識が混濁している。

 かつての乙女ゲームの「ハッピーエンド」が幻影のように目の前を流れていた。

 花びらが舞う中、リチャードと踊ったあのシーン。

 ゲームは楽しかったなあ。

 こんなの、ゲームの中だけで十分だ。

 現実はこんなに残酷だ……。

 そう言えば、リチャードはどうなっただろう。

 噂に聞くロンドン塔で、彼も同じように忘れられていくのだろうか。

 段々と目の前が暗くなって来た。

「ごめん……なさい……」

 誰に対するでもなく、誰に届くこともない謝罪を遺し、私の心臓は静かに止まった。







「……っはあぁ!!」

 酸素を求めて、私はベッドの上で激しく咽せた。

 喉が、張り付くように痛い。

 私は這うようにして冷蔵庫を開けて、思いっきり水を飲んだ。

 冷たい水が喉を通り、ようやく「生きている」実感が戻ってくる。

「餓死……。

 あんなに、あんなに苦しいなんて……」

 お腹が空いたからお菓子を食べる。

 それって本当に幸せな事だったんだ。

 貧民だけの問題かと思ったけど、貴族でもああいう最期を迎える事もある。

 そうなったのは誰のせいか?

 王子のせいなんだけど、色々考えれば自分のせいかもしれない。

 王族の責任を「そんな事に苦しめられなくて良い」というヒロインの選択肢。

 あれはやっちゃいけないんだ。

 王子の選択で、外交も戦争も影響が出てしまう。

 王族には、きちんとその責任を負ってもらわないと。


『色々分かって来たようですね。

 でも、貴女の意識が無い時の行動だから、貴女が気に病んでも仕方ないですよ』


 天の声が帰って来た。

 こんな奴でも懐かしく思う。

 しかし、その感慨はすぐに消し飛んだ。


『それにしても、私の事を随分と悪しざまに罵りましたね。

 言っておきますが、私は永遠の生命を持つ鳥ではありませんからね。

 それはともかく、私への悪口分、貴女には楽しみを与えなければなりません。

 お楽しみ~~』



 あと何回やらされるんだろう……。

繰り返します。

天の声は、あの存在ではありません。

だから絶対、僕の枕元に立って

「お前は死ぬのです。

 生まれ変わったら〇〇になるのです」

と嫌な人生リセマラさせないで下さいね!

手塚神に捧げる。

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― 新着の感想 ―
イギリスならば、ヘンリー8世みたいな人に愛されてればワンチャン… 無さそうなのが悲しいところだよなぁ。 ありそで笑えていい感じでした。
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