表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/10

ヴァロア朝フランス王国の場合

「真里、どうしたの?

 顔色悪いよ」


 私は友人宅に避難する事にした。

 そこでこの子に頼み込んだら、やはりというか、こんな事を言われてしまった。


「まあ、私の部屋……出るようになって……」

「出るって?

 幽霊?

 あんた、なんか取り憑かれるような事したの?

 お地蔵さん蹴ったとか、心霊スポット行ったとか」

「そういう事は全くしてないよ。

 ただ乙女ゲームしてただけで……」

 そう、相手は幽霊ではない。

 幽霊じゃないけど、ある意味もっと(たち)が悪い。

 そして、なんで私に目をつけたのかは分からない。

 繰り返してしまうのは、私のせいかも、だけど……。


 とりあえず友人に頼み込み、一日だけ泊めてもらう事にした。

 まあ、どこぞの読んだら命が百日縮む新聞みたいに、逃げられないんだろうけど、ものは試しでね。







 やはり私は逃げられなかった。

 三度目のどこかの世界。

 だけどそこは、今までとは少し違う、優雅な感じだった。

 この時代の私に意識が宿ってすぐ、鼻をくすぐったのは中世ならではの臭気を覆い隠すものだった。

 それは、むせ返るような百合の香水と、高価な蜜蝋の甘い香り。


(そういえば、中世は風呂に入らないから臭いんだけど、それを香水で誤魔化していたんだっけ?)


 私の世界史知識は、こういう雑学的なものはあるんだよね。

 そして、この世界の私の記憶をたどる。


(……フランス?

 そうだ、私がついフランスと口走ったから、その願い叶えようとか言われたんだった。

 時代と場所は……ヴァロア朝の宮廷ね。

 今度の王子様(ろくでなし)は……王太子(ドーファン)ルイ)


 おぼろげな銀板の鏡面に映る私は、重厚な紋織物(ブロケード)に金糸の刺繍を凝らした、豪奢なヴェルヴェットのドレスを纏う「男爵令嬢マリー」だった。

 隣に立つルイ王太子は、流れるような金髪に優雅な物腰を湛えた、まさに乙女ゲームの王子そのものだった。

 美形でも年相応の髭があった前回までと違い、この王子は髭を剃ったツルツルの素肌(クリーンシェイブン)

 顔からいけば、今までで一番の当たりね!


 そして目の前には、固い表情でこちらを睨んでいるシャロン伯の娘、エリザベート。

 その横には、確か伯父さんだったかな、が冷たい目でこちらを見ている。

 あの2人、正直王子よりも良い服着ている。

 なんか危険な感じがしてきた。


「マリー、案ずるな。

 私は決めたのだ。この婚約を破棄し、君を正妃に迎えると」


 ルイの声がサロンに響く。


「既に決めた事だ!

 シャロン伯には悪いが、私はこのマリーを正妃とする。

 大体、エリザベートは悪事に加担していた。

 この一点だけでも、婚約破棄には正統性があるのだ」


 私は内心、ホッと胸をなでおろしていた。

(相手は伯爵で、そう言えば伯父さんとかと、何かたくらんでいたんだった……。

 いくら中世でも、道理を無視した行動は出来ないよな。

 前回までは、道理を無視した婚約破棄をしたから、酷い目に遭っていたけど。

 それに相手は伯爵……。

 前の「ザクセン公」とか「ケルン大司教(選帝侯)」に比べれば、怖くはないわ。

 ランクダウンしてる……。

 これなら、なんとかなるかもしれない)


 そう思ったら、すかさずツッコミが入る。


『……歴史を知らないってのは、本当に救えませんね、マリー』


 脳内に、呆れ果てた「天の声」が響く。


『爵位の名称だけで格付けは、もっと後の時代にしましょうね。

 シャロン伯の伯父さんを誰だと思っているんですか?

……怪物、ブルゴーニュ公ですよ。

 フランス王家の分流で、王家を凌ぐ富と軍事力を持ち、貴女が知っている歴史ではジャンヌ・ダルクを火刑に処した、あのブルゴーニュ公ですよ』


 私は血の気が引くのを感じた。

 この世界の私記憶では、エリザベートは伯父と密談していた。

 その後、ゲーム的な流れで盗み聴きし、隣国との密約……ってところまでは分かった。

 私はそれを「隣国と組んで、何か陰謀をたくらんでいる」とし、ルイに報告したのだ。

 先程のルイの断罪は、その事についてだった。

 

 隣国?

 うん?

 お馬鹿なNPC状態のマリーは分からなかったけど、私には何となく分かって来たかも。

 フランスの隣国、まさか……まさか……いや違うはず。


 だが、天の声は無慈悲に真実を告げる。


『貴女が「陰謀の証拠」として突きつけた情報は、ブルゴーニュ公がイングランドとの平和を維持する為の交渉だったのよ。

 秘密裡の交渉だから、確かに発覚すればスキャンダルになります。

 しかし、相手から条件を引き出す為に、こちらから差し出すものがあるのも道理。

 貴女たちは「愛」のために、イングランドと通じている大貴族を悪と決めつけ、その誇りを傷つけたのです。

……見なさい、あのブルゴーニュ公の顔を』


 ブルゴーニュ公が、微動だにせずこちらを見ていた。

 彼は激昂などしない。

 ただ、深淵のような瞳で、ルイと私を見ている。

 この目付き、見覚えがある。

 ドラマでよく見た。


 あれは王者の目。

 見上げるとか、睨むとかではない。

 下らない者を見下しているが、そこに怒りとかはない。

 物でも見るかの如く、人を見下げた目付きだ。




 断罪と婚約破棄の儀式が終わる。

 貴族たちが退出する中、外出先から急ぎかけつけた者たちが慌てて入って来た。

 ルイの父である国王や、母である王妃だ。


「留守を任せていたら、とんでもない事をしおって……」


 国王が顔を真っ青にしている。

 そして困惑顔で息子に詰め寄った。


「ルイ、何を乱心している。

 確かに親同士が決めた結婚に反発があるのは分かる。

 他に好いた者がいるのも、よく理解出来る」


 お、流石はフランス、こういう所は柔軟だ。


「そのマリーという娘が愛おしいなら、公式寵姫(マイトレス・アン・ティトル)として側に置けばよかろう。

 なぜ正妃の座を動かそうとする?」


……やっぱりフランスだ、堂々とこういう事を言ってのける。


 それに対し、ルイは首を横に振りながら答える。


「父上! 私は彼女を、汚らわしい愛人になどしたくないのです!

 神に祝福される為にも、真実の愛にしたい。

 公式寵姫などと、そんな妥協は必要ありません!」


 ルイの叫びに、王妃は冷たく言い放った。


「……異常ね。

 愛人がいるのは王族のたしなみ。

 私だって、陛下の事には干渉していません。

 私にも背後に大貴族がついていますから、陛下の気が休まらないのは分かります。

 それでも陛下は私も愛し、貴方や弟たちを作りました。

 その在り様を否定してまで、貴族たちとの関係を壊そうとするなんて、この子は病気だわ。

 そこの魔女、一体どうやって我が子をここまで誑かした!」


 フランス宮廷において、愛人は文化であり、正妃は政治だった。

 愛のために政治を無視するルイは、ロマンチストではなく「統治能力を欠いた異常者」と、今この瞬間見なされたのだ。

 それでもルイは頑なに、私を愛人に格下げしようとしない。

 フラグ立てに敏感な私には、もう破滅へのフラグが見えるような気がする。


「殿下、私は正妃でなくても構いません」

 そう言うと

「何を言うんだ。

 全て私に任せておけば良い!」

 とか言って来る。

 これ、フラグ間違えた?

 以降、演技をして愛想を尽かされようとしても、嫌いと言っても

「芝居しなくて良いよ、私が君を守る」

 とか言って来る。

 ああ、絶対フラグ間違った!!




 3ヶ月が経ち、私と王太子の正式な婚約の場面。

 天の声が説明をする。


『フランス王家は、キリスト教との関わりを重視しています。

 国内の教会のパワーバランスを取っていたりします。

 それで儀式に使う教会を決めていました。

 例えば戴冠式はランス大聖堂、葬儀はサン=ドニ大聖堂、そして婚儀はサント・シャペル。

 ここはパリ市内、セーヌ川の中にあるシテ島に在ります』


 決定的な瞬間は、そのサント・シャペルで訪れた。

 ルイが私との婚姻の祝福を求めたが、司教は首を横に振った。


「神は、不当な破棄の上に築かれる誓いを認めませぬ」


 しかしルイは結婚を強行。

 ここに祝福されない結婚がなされた。

 国王夫妻をはじめ、参列者は頭を抱えていた。




 噂とはすぐに流れるもの。

 いや、王宮の誰かが意図的に流し回ったのかもしれない。

 私たちの結婚は神に祝福されていない、その話はパリの市民の口からも聞かれるようになった。

 その時、裏で何かをしながらも、表向き沈黙を守っていたブルゴーニュ公が動いた。


 彼は諸侯を呼び集め、その前で朗々と宣言した。


「……神に祝福されぬ王太子に、王位を継ぐ資格はない。

 親戚筋に当たるイングランド王こそ、次期国王となる正当な存在ではないだろうか?」


 誰もが、それを真に受けてはいない。

 確かにブルゴーニュ公とイングランドとの関係は深いし、彼がイングランドの代理人を勤める事は分かる。

 しかし、これは駆け引きだ。

 自分たちの要求を呑まねば、イングランドに介入させるぞ、という脅し。


 この流れに乗ろう!

 半数の貴族たちはそう思って、ブルゴーニュ公を支持し、ルイ王太子の廃位を要求。

 応じなければイングランドと組むと、連名で王宮に送りつけた。


 この時期のフランス王は、後の絶対王政時代とは比べ物にならないくらい弱い存在である。

 力無き国王は、ブルゴーニュ公の恫喝に屈した。

 王家を存続させるために、彼は息子を切り捨てた。


 王は宣言する。

「ルイは私生児であった。

 その上、魔に取り憑かれ、正気を失っている。

 ここにルイの王位継承権を剥奪し、修道院へ送る事とする。

 新たな王太子には次男シャルルを据え、シャロン伯の娘エリザベートと婚約させるものとする。

 これはブルゴーニュ公をはじめとした諸侯の承諾を得て、教会からも是とされたものだ」


 そしてルイは「王太子」から「名もなき庶民」へと転落した。

 まあ前回の「ヨーロッパのどこにも居場所がない」破門よりはマシ……だろう?

 彼は有無を言わさず王宮を追放され、どこかの修道院に移送(ドナドナ)されていく。

 救いは、彼を慕う一部の騎士たちが、ルイに最後まで寄り添った事だろう。

 前回に比べて、随分と人間的に救われている。


……王子の方はね!


 そして、私を待っていたのは、前回よりももっと凄惨な報復だった。

 ブルゴーニュ公を始め、教会や王家などあらゆる方面からの圧力を受けた私の両親は、震えながら私に勘当を言い渡した。


「お前のような娘は知らん!

 この家から立ち去るのだ!」


 家を追放され、裏路地に彷徨っている私を待っていたのは、教会の役人たちだった。


「男爵令嬢マリー。

 お前を『魔女』の疑いで逮捕する。

 王太子を薬で惑わし、国家の和を乱した罪だ」


 こう来たか……。

 天の声がジャンヌ・ダルクの名前を出した時点で、何となく読めていた。

 だからこそ、フラグは間違わずに踏みたかったのに……。


 この裁判、予想通り形だけのものだった。

 私が何を言っても、裁判官たちは冷笑するばかりだった。


「一国の王太子がこれほど愚かな真似をするはずがない。

 そうなるよう誑かした舌が、愛などと語るでないわ」


 さらに王宮関係者からの証言で、私が奇行を働いていた事も魔女の証拠とされる。

 あれは、こうなる事を回避する為に、愛想を尽かされたくてした事なのに……。


 分かってました、分かってましたよ。

 判決は、火炙りね!

 広場に立てられた杭に縛り付けられ、足元には乾いた薪が積まれる。

 周囲を取り囲む民衆は、面白い娯楽とばかりに、口々に罵声を浴びせてくる。


「毒婦!」

「王子を誑かした魔女!」

「聖なる炎で、さっさと死ね!」


 その観衆の中に見覚えがある顔がいた。

 庶民のフリをしているけど、あれはブルゴーニュ公。

 その横には……あれ? 私の友達??

 一緒にこの世界に来ていたの?


 その友人が、ブルゴーニュ公に甘えるようにしな垂れかかり、こう呟いていた。


「馬鹿なマリー。

 なんで愛人で我慢しなかったのかしら?」


 我慢したかったんだよぉぉぉぉぉぉ!!!!


 やがて火が点けられ、熱狂的な罵声の中で、私の意識は真っ白に弾けた。







「ひぎぃっ……!!」

 自分の叫び声で、私はベッドから転げ落ちた。


 友達が私をじっと見ている。


「どうしたの?

 悪夢にうなされていたけど……」

「ううん、なんでもないよ。

 御免ね、起こしちゃって」

「折角良い夢見ていたのに……」

「良い夢?」

「うん。

 なんか、私は中世の庶民の娘だったんだけどね。

 凄い貴族の愛人になって、贅沢な生活をしていたんだ。

 そして、なんか面白い見世物があるって言うんで、ついて行ったんだけど……」


 私、この友人とちょっと距離を置こうかな……。

フランスにおける最適解:

愛人になればそれで十分!


これでフランス第二帝政まで使えるなあ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
友達草なんだ
……おおおおお……リアル世界にまで影響してるのがコワい  史実とフィクションとのブレンド具合がよき回でした。  シャルル七世は色々かなーり苦労された様ですが、公式寵姫制度は、その苦労の賜物ですかね…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ