ハッピーエンドのその先は?
画面の中では、まばゆいばかりの光が舞っている。
豪奢なシャンデリアの下、白タイツに金糸の刺繍を施した軍服姿の王子様が、私の手を取って跪いていた。
『マリー、君こそが私の真実の光だ。この冷たい政略結婚の鎖を断ち切り、私は君と共に歩むことを誓おう』
そして、階下にいる、ハンカチを噛んでいる令嬢に王子様は告げた。
『イザベラ、君との婚約を破棄する。
私は親に薦められるまま君と婚約したが、それは間違いだった。
こんな関係は君の為にも良くない』
イザベラは目を吊り上げて反論する。
『殿下は、私の父が恐ろしくないんですか?
こんな事をしたら、きっと父が許しませんよ』
王子は首を横に振り
『君がして来た事は、君の父君にも報告済みだ。
父君は君を修道院に入れて、人生を見つめ直されると言っていた』
そう返した。
『そんな……』
『さようならイザベラ、僕たちは真の愛を知るべきだ。
君もいつかそれを知るだろう』
そう言い終わると美しい旋律が流れる。
エンドロールでゲームのダイジェストシーン。
そして「Happy End」の文字。
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私はふう、と息を吐くと、手の中のゲーム機を放り出した。
「はい、終了~っと。
通算、えーと……何作目だっけ、この手のゲーム。
段々パターン化して来て、飽きて来たかも~。
設定も陳腐だし、ワンパターンだし」
私の名前は佐藤真里。どこにでもいる平凡な大学生。
趣味は乙女ゲームの攻略。
今プレイしていたのは『薔薇と王冠のセレナーデ』。
典型的な「悪役令嬢を追放して、身分差のあるヒロインが王子様と結ばれる」物語だ。
典型的……、つまり攻略法は他と一緒で、フラグ立てという「作業」に近い選択をする。
まずは舞踏会。
きらびやかなドレスの令嬢たちが壁の花となっている中、一人だけおどおどしている「男爵令嬢マリー」の私に、メイン攻略対象のルイス王子が声をかけてくる。
それが最初の『恋愛フラグ』だ。
次に待っているのは『障害フラグ』。
王子の婚約者、公爵令嬢イザベラが現れて、「身分をわきまえなさい、この泥棒猫!」とお約束の罵声を浴びせてくる。
ここでシュンとするのではなく、凛とした態度で言い返すのがポイントだ。
これで王子の「おや、他の令嬢とは違うぞ?」という関心を引く。
中盤には『陰謀フラグ』がある。
イザベラが後見人の叔父とこっそり裏庭で「あのマリーをいかにして陥れるか」を相談している場面を、なぜか都合よく立ち聞きしてしまう。
その証拠を握り、王子の前で突きつけるのだ。
極めつけは『王子の心の救済フラグ』。
夜のバルコニーで、王子が「王族として生きる窮屈さ」を吐露する。
そこで私は、「王子様も一人の人間ですよ」と優しく微笑んで心を開かせる。
そうして積み上げたフラグの結果が、さっきの公開婚約破棄とハッピーエンドだ。
悪役令嬢イザベラは修道院へ追放されていき、作品によっては寂しい人生を送ったり、真人間になったり、因果応報な末路を辿ったりと様々である。
「……でもさあ……」
私はベッドに寝転がり、天井を見上げる。
最近、この手のエンディングを見ると一気に冷めていく感じがするのだ。
「実際のところ、こんな都合よくいくわけないよね」
ルイス王子は一国の世継ぎだ。
イザベラは国内最強の公爵家の娘。
そんな大物を、昨日今日現れたポッと出の男爵令嬢が「真実の愛」なんていう実体のない武器一本で追放できるものだろうか。
それに、エンドロールの後の二人はどうなるんだろう?
こんなぽっと出の女に目がくらむ王子なんて、すぐに別の女に目移りするかもしれない。
マリーなんていう下級貴族の女が王妃になったら、贅沢な暮らしどころか慣れない公務ばかりで、数年後には「こんなはずじゃなかった」ってなっているかもしれない。
「お互い中年になったら、夫婦喧嘩ばかりで、結局別れてたりして」
そんな下世話な想像をしながら、ゲヘゲヘ笑ってみた。。
私は「一応」高校では世界史を選択した。
なんかフランス革命とか、漫画読めば分かるって言われたから、楽そうだと思ったのが理由。
まあ結局居眠りばかりで、全然覚えていないんだけどね。
教科書なんて枕みたいなものだったし。
そんな私でも、実際の王国でこんな事をしたら、ただで済まないだろうな、とは思う。
どうなるのかは想像出来ないけど。
「実際どうなんだろ?
この『めでたしめでたし』の後の、生々しい現実ってやつはさ。
こういうのって、本当にあったのかな?」
独り言のつもりだった。だが。
『……知りたいのですか?』
天からナレーションのような声が脳内に直接響いた。
心臓が跳ね上がる。
泥棒?
それとも幻聴?
いや、これ、さっきまでやっていたゲームの進行ボイスじゃない?
私の逡巡を知ってか知らずか、声が再び聞こえる。
『ならば、見せてあげましょう。
貴女たちが「エンディング」と呼ぶ場所の、その先に続く「真」の歴史を!』
「え、ちょっと待って、今の声なに……っ!?」
急激な睡魔が襲ってきた。
まぶたが鉄の塊のように重い。
ベッドから滑り落ちるような感覚。
いや、底のない穴に吸い込まれていくような、ジェットコースターが登りから下りに変わる瞬間のような、変な浮遊感だ。
視界が真っ暗になり、次いで白と黒の混ざり合うコーヒーをかきまぜたような感じになる。
まぶた越しの光が段々強くなって来た。
随分と明るい。
目は開かない。
でも感じる「暑い……寝苦しい……」。
エアコン効いてた筈だよね?
だがそんな暑さが、一瞬で「獣の匂いと湿った土の冷気」に変わった。
「……ん……っ??」
冷たい床の感触で目が覚める。
石造りの、窓一つない暗い部屋。
頭が割れるように痛い。
「なに、これ?
ここ、どこ?
私、どうしちゃったの?」
そう呟くと同時に、自分のものではない記憶が津波のように押し寄せてきた。
ルイス王子、いやルートヴィヒ王子……。
イザベラ令嬢、公爵令嬢イザボー……。
王家の政略結婚……。
盟約と忠誠、破棄は即ち裏切り……。
そして、私の今の名前はマリエ!!??
私は震える手で、自分の着ているものを見た。
ガサツな私がいつも着ているパジャマじゃない。
粗末な麻のチュニックだ。
窓の外からは、馬の嘶きと、金属がぶつかり合う不穏な音が聞こえてくる。
「嘘、でしょ……。ここって、乙女ゲームの世界……?」
いや違う、断じて違う。
記憶の断片が私に告げる。
ここは……フランク王国。
東だったか西だったか忘れたけど、確かそうだ!
ゲームのようなお花畑ではない。
ゲームの華やかな騎士ではなく、リアルな戦士が一族郎党を皆殺しにする、本物の歴史の舞台。
「天の声さん……私、そんなガチなやつ知りたかったわけじゃ……!」
『ガチではありません。
ここは史実を元に、その舞台を架空の存在と共に再現した「似て非なる世界」です。
実際の歴史でそうだろうという動きはしますが、基本的に疑似再現です』
「いや、バーチャルとかどうでも良い。
私はゲームの中のような、華やかな、騎士とか王子様とかの世界をイメージしていて……」
『王子も騎士も存在してますよ』
「じゃなくて!」
もうこれ以上、発展性のない愚痴は聞きませんよ、と嘲笑うような返事があって頭に来た。
でも、どうにもならないみたい。
私の絶望をあざ笑うように、遠くで角笛の音が鳴り響いた。
それは、誇りを汚されたイザボーの実家、ザクセン公とその騎士たちが押し寄せて来たという事実であった。
とりあえず全10回、毎日17時と19時にアップします。
この後、19時から2話です。




