9話 いざ決戦へ
悠人は、美咲の家族への攻撃によって、もう迷いはなくなった。美咲を止めるには、柏木を社会的に抹殺し、美咲の玉の輿という夢の土台を完全に崩すしかない。
彼は、柏木が主導した食品メーカー買収の件で、隠された債務の裏付けとなる決定的な内部資料を探すことに集中した。
その資料は、買収先のメーカーが柏木側のダミー金融機関と交わした、秘密の融資契約書である可能性が高かった。タイムリープ前の知識から、この種の資料は柏木が極秘に管理している電子データ庫に保存されていることを悠人は知っていた。
(この資料さえあれば、柏木の詐欺計画は完全に崩壊する。そして、美咲の俺を陥れようとした悪意も証明できる)
悠人は、柏木が関わる企業のシステム構造を逆算し、脆弱性を突き止めようとした。ITエンジニアとしての経験と、未来の知識を組み合わせた結果、柏木が使用しているクラウドストレージが、特定の操作で一時的なセキュリティホールを生むことを突き止めた。
それは、犯罪行為に近い行為だったが、愛する人々と自分の人生を守るため、悠人は迷わなかった。
深夜、自宅のPCから細心の注意を払って操作を行い、柏木のデータ庫にアクセス。短時間で問題の秘密の融資契約書データをダウンロードすることに成功した。
「よし……これで、全てが終わる」
データには、美咲の浮気現場で見た柏木の署名と、不正融資の具体的なスキームが記されていた。悠人はすぐにデータを暗号化し、複数の場所にバックアップを取った。
翌日、会社で、悠人は直属の上司である田中から呼び出された。
「佐藤、昇進の件だ。お前はリスク管理で大金星を挙げた。本来なら次期課長候補で問題ないんだが……」
田中の顔は曇っていた。
「実は、役員会で、お前の人間性に関する懸念が上がっている。どうやら、お前の元カノが、お前の昇進を阻止しようと、さらに悪質な情報を流しているらしい」
美咲が仕掛けた最後のトラップだった。悠人が柏木の不正を報告したことで、逆に私怨で取引先の信用を落とそうとしているという印象操作を役員に仕掛けてきたのだ。
美咲は、役員の心を動かすための決定的なカードを切ってきた。
「元カノが言うには、お前は会社のお金を横領したという事実を、自分が握っているらしい。もちろん、証拠は無いようだが、役員の中に、コンプライアンスを重視する者がいてな……」
悠人は冷静だった。もちろん、彼は横領などしていない。これは、証拠がないからこそ、疑惑だけで悠人を潰せるという美咲と柏木の卑劣な作戦だった。
「田中さん。その疑惑は、すぐに晴らすことができます。どうか、私に役員会で直接、疑惑を否定する機会をください。同時に、私が元カノと柏木を追及する正当な理由を、そこで証明してみせます」
田中の目が揺れたが、悠人の自信に満ちた目を見て、賭けに出ることを決意した。
「わかった。明後日の午後、緊急の役員会を開く。お前には15分の持ち時間をやる。全てをここで決着させろ」
昇進を賭けた役員会を翌日に控え、悠人は莉子と会った。
莉子は、悠人の緊張と覚悟を感じ取っていた。
「悠人さん、いよいよですね」
「ああ。もし、この場で疑惑を晴らせなければ、俺の昇進は消え、会社での信用も失う。そして、莉子さんにも、さらに迷惑をかけることになるかもしれない」
悠人の不安を察した莉子は、そっと彼の手に自分の手を重ねた。
「悠人さん、あなたは一人じゃありません。あなたが掴んだ成功も、あなたの正しさも、私が一番よく知っています」
莉子の温もりと、揺るぎない信頼が、悠人の心を支えた。
「美咲さんが言っていることは、全て嘘です。役員会で、真実を話せばいい。私は、悠人さんの正直さと、愛する人を守るための強さが、必ず伝わると信じています」
悠人は莉子の手を強く握り返した。
「ありがとう、莉子さん。俺は、必ず勝つ。そして、この戦いが終わったら、改めて君に正式な告白をする。だから、待っていてくれ」
勝利を誓い、悠人は決戦の場へと向かう覚悟を決めた。




