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8話 家族

 悠人の報告を受けて、会社の上層部は即座に動いた。


 田中が提出した報告書には、柏木が関わるM&A案件の不審な債務構造、そして、悠人の元カノが社内情報を流して会社に損害を与えようとしているリスクが明確に記されていた。


 結果、会社は公式に、柏木とその関係企業を取引禁止リストに入れることを決定した。同時に、悠人はその功績により、若くしてリスク管理部門の臨時的なメンバーとして招集されるという異例の評価を受けた。


(美咲と柏木の、俺を陥れるための最初の罠は防いだ。これで美咲は、柏木が俺の会社に手を出すことができないと知るだろう)


 悠人は静かな高揚感を覚えた。しかし、彼の安堵は長くは続かなかった。美咲は、自分が失敗したと知れば、さらに非情な手段に出る女だということを、彼はよく知っていた。



 その日の夕方、悠人のもとに、母から電話がかかってきた。


「悠人、急にごめんね。あんた、美咲ちゃんと別れたらしいけど、何か美咲ちゃんに迷惑をかけるようなことをしたの?」


 電話越しから、明らかに動揺と不安が伝わってくる。


「どういうこと? 別れたのは事実だけど、俺が迷惑をかけたなんてことはない」


「それがね、今日、美咲ちゃんが突然うちに訪ねてきたのよ。菓子折り持って、丁重にね。そして、『悠人くんのせいで、私が職場でひどい目に遭っている』って泣きついてきたの」


 悠人の血の気が引いた。


(実家だと?あいつ、俺を直接攻撃できないと悟って、家族に手を出し始めたのか!)


 美咲は、悠人の両親に対し、巧みな嘘をついた。


「悠人くんが突然別れを告げたショックで、私は仕事でミスを連発し、上司からパワハラを受けている」


「悠人くんは、私が他の男性と仲良くしている写真を捏造し、職場にばらまこうとしている」


「悠人くんは、実はお金に困っていて、私に別れを告げた後も、何度も金銭を要求してきている」


 全て、美咲自身の行動を、悠人にすり替えた嘘だった。美咲は、両親に美咲は可哀想な被害者だと信じ込ませ、息子の行動を止めさせてほしいと涙ながらに懇願したという。


 悠人の母は、美咲の嘘泣きに完全に騙されていた。


「美咲ちゃん、本当に可哀想だったわ。あの子、『悠人くんの昇進を邪魔したいなんて思ってない』って言ってたけど……悠人、あんた、本当に美咲ちゃんの職場のことに手を出したりしてないわよね?」


 悠人は怒りで言葉を失いそうになったが、冷静さを保った。ここで感情的に否定しても、美咲の演技にやられた両親には届かない。


「お母さん、よく聞いて。あいつが言っていることは、全部嘘だ。俺は美咲の職場に手を出していない。逆に、美咲が俺の会社に嫌がらせの手紙を送ってきたんだ。あいつは、自分が裏切った事実を隠すために、必死になっているんだ」


 しかし、母は信じきれないようだった。


「でも、あの子、あんたに別れられて、すごく痩せていたのよ。それにあんた、最近急に別人のようになったって……美咲ちゃんに少しは優しくしてあげてほしいの」


 悠人は深く息を吐いた。美咲は、悠人の優しさ、そして両親の優しさを逆手に取ったのだ。両親にとって、穏やかな息子が突然冷酷になり、元カノを追い詰めているという状況は、受け入れがたい事実に思えたのだろう。



 電話を切った後も、悠人の怒りは収まらなかった。


(家族にまで手を出すとはな……。美咲、お前の下劣さは、俺の想像を遥かに超えているぞ)


 悠人は、莉子に電話をかけた。


「莉子さん、今、時間大丈夫か?」


 悠人は、美咲が実家にまで接触してきた経緯を全て莉子に話した。莉子は静かに耳を傾け、彼の感情が落ち着くのを待った。


「美咲さんは……本当に卑怯ですね。自分を振った男性の家族まで巻き込むなんて」


 莉子の言葉は、悠人の心情を代弁してくれた。


「ああ。もう猶予はない。俺は、美咲をこれ以上野放しにできない。柏木を潰すことが、美咲を止め、家族を守り、莉子さんとの未来を守る、唯一の方法だ」


 悠人は、パソコンに表示されている柏木の買収関連の資料を睨みつけた。


「お前たちのやっていることは、ただの犯罪だ。この二度目の人生で、俺が裁きを下してやる」


 悠人は、美咲からの攻撃を逆手にとり、柏木の不正を公に暴露し、徹底的に潰すための最終的な計画を立て始めた。彼が選んだのは、美咲が最も嫌がる、社会的地位の崩壊という制裁だった。

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