7話 約束
美咲からの宣戦布告を受け取ってから数日、悠人は寝る間も惜しんで柏木が関わる企業の情報を分析していた。
柏木はM&Aコンサルタントを名乗っているが、その実態は資金繰りの苦しい企業に高金利で融資し、実質的な支配権を握って資産を食い潰すという、極めてダーティな手法を使っていることがわかった。
悠人は、タイムリープ前の人生で得た業界の裏事情と、現在の仕事での知識と実績を組み合わせ、柏木の事業構造の弱点を探り当てた。
(柏木は、常にギリギリの資金繰りで、複数の案件を同時に回しているはずだ。そして、その資金源は必ず怪しい金融機関に依存している)
悠人が特に注目したのは、柏木が直近で主導したとされる、老舗食品メーカーの買収案件だった。表向きは事業再建だが、実態はメーカーが持つ広大な土地を安く手に入れるための計画だった。
悠人は、その買収資料に目を通し、ある致命的な矛盾を発見した。
「これだ……!」
買収後の再建計画の予算配分に、不自然な隠れた債務が計上されていたのだ。これは、柏木が買収先の企業に、本来とは別の金融機関から追加で高額な融資を受けさせて、土地を担保に入れさせるための仕掛けに違いない。
(美咲は、俺の会社に迷惑をかけるために、柏木に情報を流すだろう。もし、うちの会社が柏木と取引でもすれば、この裏の債務ごと引き継がされて、大損害を被る)
悠人は即座に、この危険性を上司に報告することを決意した。これは、美咲と柏木の計画を未然に防ぐ、最高の反撃となる。
悠人はプロジェクトリーダーの田中に、緊急の重要案件として時間を割いてもらい、見つけた矛盾点を説明した。
「田中さん、柏木というM&Aコンサルタントが主導した食品メーカーの買収案件に、極めて悪質な隠蔽工作の疑いがあります」
悠人は、柏木が計画的に買収先の資産を奪い取る手口、そして隠れた債務が会社にもたらすリスクを、データと事実に基づいて冷静に説明した。
田中は、悠人の提出した詳細な分析資料を見て、顔色を変えた。
「まさか……。この柏木という男、業界では要注意人物として噂があったが、まさかここまで露骨な手口を?」
「はい。そして、この柏木と、最近私を執拗に嫌がらせしている元カノが現在交際している可能性があります」
悠人は、美咲の嫌がらせと、柏木のダーティな仕事が繋がっていることを示唆した。
「美咲は、私を陥れるために、うちの会社の情報を柏木に流すかもしれません。もし、うちが将来的に柏木が関わる企業とシステム導入の取引でもすれば、この隠れた債務が原因で連鎖的に巻き込まれ、大きな損失を被る可能性があります。これは、取引先として極めて危険な人物だと判断すべきです」
田中はすぐに事態の重大性を理解した。悠人が以前、致命的なバグを見つけ出して会社を救った実績があったため、彼の発言には絶大な信頼が置かれていた。
「わかった。これはすぐに役員会案件だ。佐藤、お前は至急、この柏木の案件に関する追加の調査報告書をまとめろ。俺が責任をもって上に通す!」
悠人の行動は、自分の身を守るだけでなく、会社という大きな組織をも巻き込み、美咲と柏木という「毒」を排除するための、合法的な制裁へと発展し始めた。
美咲と柏木に対する反撃の準備が進む一方で、悠人と莉子の関係は、より深まっていた。
悠人は、柏木と美咲の嫌がらせについて莉子に全て話したが、彼女は揺るがなかった。
「私は悠人さんを信じます。そして、あなたがそんなひどい人たちに打ち勝つのを、応援します」
ある日の夜、悠人は莉子を誘い、夜景の見えるレストランで食事をした。
「莉子さん、いつもありがとう。君がいてくれるから、俺は頑張れる」
莉子は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「私も、悠人さんが事故の後、別人みたいに強くなっていく姿を見て、すごく刺激を受けています。あなたの隣にいると、私も自分の人生を頑張ろうって思えるんです」
悠人は、美咲との関係が依存と虚飾でできていたのに対し、莉子との関係は信頼と相互の成長で成り立っていることを実感した。
食事が終わり、店を出た二人は、夜空の下で立ち止まった。
悠人は真剣な眼差しで莉子に言った。
「俺は、必ず美咲と柏木の件に決着をつける。そして、全ての過去を清算する。それが終わったら、莉子さんと、本当に幸せになるための次の約束をしたいんだ」
それは、まだ告白ではない。しかし、悠人の決意と、莉子への強い思いが込められた言葉だった。
莉子の顔が、期待と緊張で赤く染まる。
「はい……。悠人さんが、全てを乗り越えてくれることを信じています。待っています」
二人は静かに見つめ合い、未来への希望を胸に、夜の帳の中を歩き出した。




