28話 指輪
同棲を始めて数週間、悠人と莉子は、ルールブックを作ったおかげで、以前よりもずっと穏やかで楽しい時間を過ごしていた。愛を基盤にした新しい生活の安定は、二人に次のステップを意識させた。
ある日曜日の朝、二人はコーヒーを飲みながら、結婚後の生活について話し合っていた。
「悠人さん。私たちが結婚したら、どんな風になるのかしら?」
莉子は悠人の肩にもたれかかりながら尋ねた。
「そうだな。俺の理想は、互いのキャリアを尊重し合える家庭だ。莉子さんはデザイナーとして、これからもっと羽ばたける。俺は君の夢を、全力でバックアップする」
莉子は顔を上げて、悠人の目を見つめた。
「私も、悠人さんの仕事への情熱を尊敬しているわ。美咲さんみたいに、あなたのキャリアを邪魔するようなことは絶対にしない。ただ、『家族』というチームとして、常に対等なパートナーでいたい」
「もちろんだ」
悠人は力強く答えた。
「前の人生で、俺は愛の虚飾に騙された。だからこそ、この二度目の人生では、真実の愛に基づいた、堅固な関係を作りたいんだ。それは、金銭面でも、精神面でも、互いに隠し事のない関係だ」
二人の会話は、復讐や過去の記憶といった暗い影から完全に離れ、具体的な幸福の設計図を描くことに集中していた。彼らの結婚は、愛と、知性と、信頼によって築かれることが明白だった。
その日、悠人は莉子と別れた後、一人で街に出た。彼は、莉子との未来を現実にするため、プロポーズの準備を始めることに決めたのだ。
(莉子さんは、プロポーズのサプライズは期待しないと言っていた。だが、俺が心の底から彼女を愛している証を、形に残したい)
悠人は、以前の人生で美咲に贈ったブランドの指輪を思い出した。それは、見栄と虚飾の象徴であり、結局、彼に大きな借金と裏切りしかもたらさなかった。
(今度の指輪は、美咲の好みでも、世間の流行でもない。莉子さん自身を象徴するものでなければならない)
悠人は、高級ブランド店を避け、小さなオーダーメイドのジュエリーショップを訪れた。彼は、莉子の透明な心の強さと、デザイナーとしての洗練された感性を体現する指輪を探し求めた。
店員に、莉子の好きな色、仕事への姿勢、そして彼女との出会いの物語を熱く語った。
数軒の店を回った末、悠人は一つの指輪に心を奪われた。
それは、派手な装飾のない極めてシンプルなプラチナのリングに、小さな一粒のダイヤが埋め込まれたデザインだった。
プラチナの純粋さは、莉子の嘘のない心。
シンプルなデザインは、彼女のデザイナーとしての洗練された美学。
埋め込まれたダイヤは、二人だけの秘密と、揺るぎない愛の強さ。
「これだ」
悠人は、この指輪こそが、過去の虚飾とは無縁の、真実の愛の証だと確信した。
彼は、ダイヤの輝きを静かに見つめながら、心の中で莉子に誓った。
『莉子さん。この指輪には、タイムリープの記憶も、組織の影も、一切入っていない。あるのは、君と新しく始めた、俺の人生の全てだ』
悠人は、最高の指輪を手に入れ、人生最大のサプライズプロポーズに向けて、胸を高鳴らせるのだった。




