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23話 過去との決別

 悠人は莉子と新しい未来を築くため、物理的な清算を始めた。それは、美咲と暮らしていた頃に購入し、今も部屋に残っている不要な家具や愛着品の整理だった。


 週末、二人は悠人の部屋のクローゼットの奥を片付け始めた。美咲が選んだ趣味の悪いカーテン、高額だったが使われなくなった食器類、そして、美咲との写真データが入った古いハードディスク。


「悠人さん、これは全部捨ててしまっていいの?」


 莉子は優しく尋ねた。


「ああ。過去の俺に執着していたのは美咲だけじゃない。俺自身も、あの頃の虚飾に執着していた。でも、今はもう必要ない。俺が本当に大切にすべきものは、この部屋にあるものじゃなくて、君との未来だから」


 悠人は、思い出の品々を一つ一つ手に取り、過去の自分と対話するようにゴミ袋に入れていった。その過程は、彼にとって精神的なデトックスだった。


 莉子は、悠人が過去の自分から解放されていく姿を見て、安心感を覚えた。彼女は、過去の悠人の苦しみを知っているからこそ、彼の清算を手伝うことに喜びを感じた。


 

 ほとんどの物が処分され、悠人が最後の段ボール箱を片付けようとした時、その箱の底から、手書きの小さなメモが滑り落ちた。


 それは、美咲の筆跡だった。


 メモには、乱れた文字で、たった一行だけ書かれていた。


「全部、あなたが私を捨てたからよ。」


 メモは、悠人が美咲に別れを告げた直後に、彼女が書き残したものだろう。そこには、彼女の全ての責任を他人に転嫁する、自己中心的な憎しみが凝縮されていた。


 悠人の顔が一瞬硬直した。組織の報復も、公の制裁も乗り越えたが、過去の人間が残した個人的な悪意が、今になって彼を射抜いた。


「悠人さん……」  


 莉子が心配そうにメモを覗き込む。


 悠人は、そのメモを燃やしたい衝動に駆られたが、すぐに冷静になった。彼は、過去の記憶に引きずられる前の、今の自分を保った。


「これは、過去の美咲が、過去の俺に宛てたメッセージだ」


 悠人は、そのメモを莉子の前で躊躇なく、細かく引き裂いた。


「もう、俺たちの人生に、彼女の言葉が入り込む隙はない。俺は、もう彼女に操られる男じゃない」


 莉子は、悠人のその行動を見て、彼の過去との完全な決別を確信した。彼は、もう過去の人間関係の残滓に囚われることはない。




 清掃が終わり、部屋は以前よりずっと広く、明るくなった。美咲の趣味が反映されたものがなくなり、悠人と莉子の共通の趣味や、二人で選んだ家具が部屋を満たし始めていた。


「部屋が、悠人さんと私の色になったわね」


 莉子は満足そうに微笑んだ。


 悠人は、莉子を抱き寄せ、感謝の言葉を述べた。


「莉子さん。君は、単に俺の部屋を片付けてくれただけじゃない。俺の心の中のゴミを、全部捨てさせてくれたんだ」


 悠人は、莉子の首にかかっている、自分が贈ったペンダントをそっと触れた。


「俺はもう、過去の記憶に頼らない。俺たちの未来は、俺たちの愛と努力で自由に作っていける。君は、俺にそう教えてくれた」


 莉子は、悠人の決意を聞き、力強く彼の背中を押した。


「じゃあ、このスッキリした部屋で、新しい私たちの人生を始めましょう。悠人さん、今日は疲れたから、私の腕枕で寝てくれない?」


 悠人は、愛する人の温かい提案に心から安らぎを感じた。過去の憎悪や絶望は、莉子の温かい愛によって完全に癒やされ、彼の二周目の人生は、永遠の愛へと向かっていくのだった。

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