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18話 宣戦布告

 美緒さんの安全が確保されたことで、チーフプログラマーの猿渡は、悠人への協力を決意した。彼は自身の行動を深く後悔し、組織への復讐を誓った。


「佐藤さん、妹を救ってくれて本当にありがとうございます。私がバグを仕込んだのは事実ですが、それは妹の命を盾に取られたからで……」


「わかっています。あなたは被害者だ。猿渡さん、今、あなたには私たちと共に戦う、最高の武器がある」


 その武器とは、猿渡が組織に買収された際に知った組織の内部情報だった。


 鮫島が幹部であり、組織の資金源が海外のダミー企業を経由していること。


 組織が、悠人の会社の競合である大手IT企業『サイバーリンク』に対し、不正な合併を仕掛ける計画があること。


 このサイバーリンクへの不正M&A計画こそ、悠人の未来の記憶がまだ有効である根幹の運命に関わる情報だった。タイムリープ前の人生でも、数か月後に業界を揺るがすサイバーリンクの不正買収事件が起こっていたのだ。


 悠人と莉子は猿渡の情報を基に、戦略を練り直した。


「奴らの狙いは、サイバーリンクを買収し、その巨大な顧客基盤を資金洗浄に利用することだ。そして、悠人さんの会社を潰すため、サイバーリンクの技術を使って業界を支配しようとする」


 と莉子は分析した。


「つまり、俺たちがサイバーリンクへの不正M&Aを防げば、組織の最も重要な資金ルートを断ち、鮫島を追い詰めることができる」


 悠人は、この情報こそが、未来の知識の崩壊を食い止める最後の切り札だと確信した。




 猿渡が仕込んだバグは、悠人の迅速な対応で完全に除去され、次世代セキュリティシステムの開発プロジェクトは正常に戻った。悠人の功績は揺るぎないものとなった。


 しかし、鮫島は、悠人を潰すための最後の罠を会社に仕掛けていた。


「佐藤、昇進の件だが、最終的な評価を前に役員会から最終試験が言い渡された」


 と田中課長が言った。


 その最終試験とは、サイバーリンク社への技術提携の可能性を調査し、経営リスクを洗い出すというものだった。表向きはビジネス判断だが、これは鮫島がサイバーリンクに手を出すなという警告を、悠人に突きつけるための罠だった。


「鮫島が、サイバーリンクの不正M&A計画が悠人さんにバレたことを悟り、この案件から手を引かせようとしているんだ」


 と莉子は指摘した。


 悠人は、この試験こそが、組織を叩き潰すための最高の舞台だと理解した。


 彼は昇進試験に臨むという名目で、サイバーリンクの内部情報を集め始めた。猿渡の内部情報と、悠人の記憶を合わせることで、不正M&Aのスキームを裏付ける確固たる証拠を掴む必要があった。




 昇進試験当日。役員たちが集まる厳粛な会議室で、悠人はプレゼンテーションを行った。


 彼はまず、サイバーリンク社との技術提携が、会社の将来に大きな利益をもたらすことを論理的に説明した。そして、本題である経営リスクへと移行した。


「サイバーリンク社は、技術力は素晴らしい。しかし、現在、彼らは極めて危険な不正M&Aの標的にされています」


 悠人は、鮫島の組織がサイバーリンクの経営陣の内部情報を不正に操作し、株価を意図的に引き下げた上で、海外のダミー企業を通じて不当な安値で買収しようとしているスキームを、詳細なデータとチャートで示した。


「この不正M&Aが成立すれば、サイバーリンクは組織の資金洗浄の道具として利用され、当社の提携は反社会的勢力との取引と見なされます。これは、当社にとって最大の経営リスクです」


 悠人が決定的な証拠として提示したのは、猿渡が提供した組織のダミー企業の口座情報と、悠人の記憶が裏打ちするサイバーリンクの株価の不正な動きを示すデータだった。


 会議室は騒然となった。役員たちは、悠人が提示した不正の規模と、その背後にある組織の影に恐怖した。


 そして、悠人は最後に告げた。


「この情報を提供した人物は、命を懸けて組織の悪事を告発した勇気ある協力者です。そして、この不正を主導しているのは、あの柏木が属していた組織の幹部、鮫島です」


 悠人の昇進試験は、組織に対する最後の宣戦布告となった。

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