16話 大きな決意
悠人は、田中課長から次世代セキュリティシステム開発プロジェクトの緊急事態を聞かされたその場で、プロジェクトリーダーを引き継ぐことを決めた。
「課長、私がプロジェクトを引き受けます。このトラブルは、必ず解決してみせます」
「佐藤、本当に頼むぞ!違約金もそうだが、信用失墜は避けたい。だが、チーフプログラマーの猿渡が持ち去ったコードには、極めて悪質なバグが仕込まれているらしい。一からシステムを構築し直すしかないかもしれないぞ」
悠人はオフィスに戻り、すぐに莉子に連絡を取った。
「莉子さん、奴らが動いた。狙いは俺の信用失墜と、会社への数億円の損害だ」
悠人は、組織がチーフプログラマーの猿渡を買収し、基幹コードに致命的なバグを仕込ませた状況を説明した。
「組織は、『昇進で自信過剰になった悠人さんが、引き継いだプロジェクトで失敗する』という筋書きを作りたいんです」
と莉子は分析した。
悠人は猿渡の行動を記憶と照らし合わせた。
「猿渡がチーフになったのは記憶通りだ。しかし、彼が辞職し、コードを改竄して持ち去ったことは、未来には存在しない。これは奴らが起こした新しい変化だ」
悠人は、猿渡が持ち去る前のバックアップコードの解析に着手した。そのコードのどこかに、致命的なバグが巧妙に隠されているはずだ。
数日間の徹夜の末、悠人は莉子と共にコードの解析を続けた。彼のIT技術と莉子の論理的なサポートにより、ついに問題のバグを特定した。
「見つけたぞ、莉子さん。このセキュリティチェックの最終段階のロジックだ」
悠人が示したのは、暗号化されたデータの復号プロセスのコードだった。一見完璧に見えるが、特定の条件下で極めて小さな遅延が発生するように設計されていた。
「これ自体は致命的ではない……いや、待て」
莉子が画面を覗き込み、別の角度から分析した。
「この遅延は、システムが外部からの特定のアクセスを感知した時にのみ発生するようになっています。まるで、特定の誰かがシステムにアクセスするための時間を稼ぐための仕掛けのようです」
悠人の顔色が変わった。
「つまり、このバグは、プロジェクトを失敗させるためだけじゃない。奴らは、プロジェクトが完成した後に、このバグを利用してシステムに侵入し、会社の機密情報を盗み出すつもりだったんだ!」
組織の狙いは、単なる報復ではなかった。彼らは、悠人の会社を内部から完全に支配するという、より大規模な計画を実行しようとしていたのだ。猿渡の辞職とコードの持ち出しは、悠人を罠に誘い込み、彼にバグを仕込んだコードを完成させるという最悪の役割を負わせるための、二重の罠だった。
悠人は、バグの改竄と、その裏の恐ろしい意図を田中課長に報告した。田中の顔は怒りで歪んだが、悠人の迅速な対応に安堵した。
「佐藤、お前はまたしても会社を救った!だが、猿渡の行方が気になる。彼の居場所がわかれば、組織のことも...」
悠人は、辞職した猿渡の過去の行動を、未来の記憶の断片と照らし合わせた。
(猿渡は、美咲と同じく金に弱い男だ。だが、家族思いで、犯罪に手を出すような人間ではなかったはず……)
そこで悠人は、タイムリープ前の人生で聞いた、猿渡に関する一つのゴシップを思い出した。
猿渡の妹が、高額な医療費が必要な難病にかかっていたという噂。
「猿渡は、脅されているのかもしれない」
悠人は、猿渡の妹が治療を受けていたはずの病院を、記憶を頼りに割り出した。そして、その病院の事務員に、猿渡の妹に関する情報を探るよう、個人的な伝手を頼んだ。
数時間後、情報が届いた。猿渡の妹は、治療費の滞納により危険な状況にあり、猿渡が突然退職した直後、彼の名義で組まれた高額なローンが確認された。
「奴らは、猿渡の妹の命を人質に取り、彼に犯罪を強要したんだ!」
猿渡は裏切者ではなく、被害者だった。悠人は、彼を救い出すことが組織の悪事を暴くための決定的な鍵になると確信した。
莉子の無事、そして猿渡という新たな被害者の存在は、悠人の正義の心を揺さぶり、彼は組織との全面対決を決意するのだった。




