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11話 些細な違和感

 美咲と柏木の事件から、三ヶ月が経過した。


 悠人は昇進を果たし、リスク管理の専門知識を持つ優秀なエンジニアとして、社内で確固たる地位を築いていた。そして何より、結城莉子という、かけがえのないパートナーを手に入れた。


 週末の土曜日。悠人は莉子の手を引き、穏やかな公園を散歩していた。


「まさか、私が課長になった悠人さんと付き合うことになるなんて、想像もしてませんでしたよ」


 莉子は笑いながら言った。


「俺だって、まさか君とこんなに幸せな時間を過ごせるとは思っていなかった。前の人生では、想像すらできなかった」


 悠人は、美咲との虚飾に満ちた日々を思い出す。あの頃は、常に美咲の機嫌を伺い、金銭的な不安と将来への恐れに苛まれていた。今の彼は、精神的にも経済的にも安定し、何よりも隣にいる莉子を心から信頼している。


「悠人さんが変わったのは、事故のおかげかもしれないけど、やっぱり悠人さん自身の強さだと思います。誰にも負けない強い意志があるから、あの人たちに打ち勝てたんだ」


 莉子のまっすぐな言葉に、悠人は心の中で誓った。この温かい光を、二度と失ってはならないと。




 美咲の姿は、完全に悠人の人生から消えた。


 柏木は詐欺の罪で逮捕され、その事件の連鎖で美咲も共犯として聴取を受け、社会的な地位と信用を全て失った。悠人の実家にまで泣きついたという噂は、彼女の人間性を暴露する格好の材料となり、彼女の友人や同僚は次々と彼女から離れていった。


 悠人が耳にした最後の情報は、彼女が実家にも戻れず、住み慣れた街を離れてひっそりと暮らしているというものだった。


(これでいい。俺は復讐したかったわけじゃない。ただ、俺の人生の邪魔をさせないように、そして、罪には罰が下ることを証明したかっただけだ)


 悠人は、美咲に対して憎悪も後悔も抱いていなかった。ただ、過去の亡霊として、静かに処理されたことを確認しただけだ。



 悠人は、仕事での成功を加速させるため、タイムリープの知識をさらに活用し始めていた。


 彼は、数ヶ月後に起こるIT業界の小さなトレンド変化を知っていた。その変化に対応した新しいプログラミング技術を先駆けて習得し、社内研修として提案。彼の先見の明は、再び評価を上げた。


 さらに、彼は小さな資金を使い、タイムリープ前の記憶で必ず上がると知っている特定の企業の株を購入した。


「数ヶ月後には、これが十倍になるはずだ……」


 しかし、その株価をチェックした時、悠人は奇妙な違和感を覚えた。


(あれ? おかしいな。記憶では、この会社の株価は、この時期にすでに緩やかに上がり始めているはずなのに……。むしろ、微細に下落している?)


 悠人は首を傾げた。もちろん、まだ大きなズレではない。誤差の範囲かもしれない。だが、彼の未来の記憶は、まるで精巧な時計のように正確だったはずだ。


「まさか、俺が過去を書き換えたことで、未来が変わり始めているのか?」


 美咲との関わりを断ち、柏木を逮捕させたという大きな行動が、悠人が知っていた『確定された未来』の小さな細部に、予期せぬ影響を与え始めているのではないか?


 悠人の胸に、小さな不安がよぎった。


 もし、未来の知識が完全に崩壊したら? 彼は、事故の代償で得た最大の武器を失うことになる。


 悠人は、自分の未来への依存が、逆に新たな危機を招く可能性を感じ始めた。彼は自分の持つ力と、新しい人生の関係を改めて見直す必要に迫られていた。

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