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10話 再スタート

 翌日午後。重苦しい空気が漂う役員会議室に、佐藤悠人は一人で立っていた。役員の視線は冷ややかで、美咲が仕掛けた『横領疑惑』と『私怨による告発』という印象操作が成功していることを示していた。


 役員の一人が口を開いた。


「佐藤君。君の元交際相手からの情報提供で、君のコンプライアンスと判断の公平性について大きな懸念が生じている。我々は、この疑惑をクリアにしてもらいたい」


 悠人は深く一礼し、穏やかだが、有無を言わせぬ強い声で話し始めた。


「皆様の懸念は理解いたします。しかし、結論から申し上げます。元交際相手が主張する『横領疑惑』は、全くの事実無根です。そして、彼女が私を陥れようとした動機は、私怨ではありません。彼女がグルになった人物の、重大な犯罪を隠蔽するためです」


 悠人は、美咲からの度重なる嫌がらせや、家族への接触については感情を交えずに『リスク報告の正当性を裏付ける背景』として簡潔に説明した。


 そして、本題である柏木の不正について、彼は切り出した。


「私が告発した柏木という人物は、単なる要注意人物ではありません。彼は、買収企業の資産を担保に裏融資を受けさせ、会社を潰して土地を奪う詐欺スキームの主犯です」


 役員たちがざわつく中、悠人は会議室の大型モニターに、前夜に手に入れた秘密の融資契約書の電子ファイルを投影した。


「これが、柏木とダミー金融機関の間で交わされた、隠された債務の契約書です。買収計画の予算書には計上されていませんが、これにより買収された食品メーカーは、土地を担保に高金利の債務を負わされています」


 そして、悠人は画面上の契約書のある一点を指さした。


「この契約書には、柏木の署名に加え、もう一人の共犯者の署名があります。その人物こそ、私の元交際相手です」


 美咲は、柏木に利用される形で、この犯罪的な契約に加担していたのだ。


「彼女は、私がこの重大な犯罪に気づき、会社が取引を回避したことを知り、自分の関与が露呈するのを恐れました。だからこそ、彼女は私の信用を失墜させ、不正の告発を『私怨』によるものにすり替えるため、必死に動いたのです」


 悠人はモニターを消し、役員たちをまっすぐに見つめた。


「私の行動は、個人的な感情ではなく、会社が将来的に被る数億円規模の損失と、犯罪への加担という最悪のリスクを回避するための、正当な危機管理です。横領疑惑は、その事実を隠蔽するための単なる目眩ましに過ぎません」


 役員会は静まり返った。データと証拠を突きつけられた彼らに、反論の余地はなかった。田中は感極まった表情で悠人を見つめた。


 


 役員会での悠人の報告は、ただちに柏木の社会的制裁へと繋がった。


 会社のコンプライアンス部門と法務部門は、悠人の提出した確固たる証拠と詳細な調査資料を基に、すぐに柏木が関わった全案件の調査を開始。食品メーカーの件は詐欺未遂として、公的な機関への通報が決定された。


 柏木は逮捕された。


 彼の築き上げてきたダーティな事業は一瞬にして崩壊し、彼の『富』と『社会的地位』は塵と化した。


 そして、柏木の崩壊は、彼にすがっていた美咲の人生をも完全に破壊した。


 美咲は、柏木の共犯として警察の事情聴取を受けることになった。彼女が悠人の両親に吹き込んだ嘘も、全てが露呈した。


「悠人くんの昇進を邪魔したいなんて思ってない」と泣いた美咲の真の目的は、柏木の犯罪を隠すことだったと、両親も知ることとなった。


 悠人の両親は、息子を信じなかったことを深く後悔し、すぐに悠人に謝罪の電話をかけた。


「悠人、本当にごめんね。お母さんたちがバカだった。あんたの言う通りだったのに……」


 悠人は静かに答えた。


「もういいよ、お母さん。俺を信じてくれる人がいるから、俺は大丈夫だよ」


 美咲は、最も欲しかった『富と地位』を失い、最も軽視していた『家族と信頼』をも失うという、最も痛快な結末を迎えた。




 数日後、悠人は正式に次期課長への昇進が決定した。会社は彼を『危機管理の英雄』として扱い、彼の功績を讃えた。


 その夜、悠人は莉子を連れて、二人にとって思い出の場所へと向かった。


「莉子さん、約束通り、全て終わらせてきた」


 莉子は涙ぐみながら微笑んだ。


「おめでとうございます、悠人さん。本当によく頑張りました」


 悠人は莉子に向き直り、これまで感じたことのない、本物の愛を込めて告白した。


「俺は、前の人生では美咲という虚飾の愛に囚われ、自分を見失っていた。でも、事故から生還したおかげで、君という真実の愛に出会えた」


「莉子さん。君は、俺が自分を取り戻し、強く生きるための命の恩人だ。これからの人生、俺が持つ全ての力は、君と俺の幸せのためだけに使いたい」


 悠人は、莉子の手を両手で包み込んだ。


「俺と、新しい人生を一緒に歩いてくれないか?」


 莉子は静かに、しかし力強く頷いた。


「はい。悠人さんと一緒なら、どんな未来でも幸せです」


 夜空の下、二人は深く抱き合った。


 過去の清算は完了した。


 佐藤悠人の人生のリベンジは成功し、彼には未来の知識と、愛する莉子という最高のパートナーが残った。彼の二度目の人生は、今、本当の意味での幸せに向けて、再スタートを切ったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


これにて、第一部完結となります。つきましては、下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から作品の評価をしていただけると嬉しいです。


ブクマや感想も大歓迎です。


本作品はまだまだ続くので、是非お付き合いください。


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