大学の三角関係だと思っていたけれど、ほんとうは最初から両想いでした ―すれちがう心と秘密の告白―
キャラクター紹介
・僕(主人公)
大学二年生。健太と遥とは同じ学部。
明るい性格だが、恋心に気づいてからは隠すことに必死になり、苦しむ。
読者の視点を通して、すれ違いと成長が描かれる。
・遥
静かで本好きな女の子。
物静かに見えるが、内面では強い意志を持っている。
友情を壊すことを恐れて気持ちを抑えてきたが、最後に勇気を出して主人公と向き合う。
・健太
主人公と幼なじみで、明るくムードメーカー的存在。
最初は遥に惹かれるが、二人の気持ちに気づき、身を引く。
三人の関係が壊れないように支える「裏の主役」。
【春の教室】
午後の光が窓ガラスをやわらかく透かしていた。
四月のキャンパスは、まだどこかよそよそしい。新しい講義の時間割に慣れなくて、教室の隅ではプリントをめくる音が重なっていた。
「おーい、こっち空いてるぞ」
健太の声が響く。
彼はいつもと変わらない調子で、手を振りながら席を取っている。背は高くて、無駄に明るい。けれどその笑顔は不思議と場をやわらげて、つい隣に座りたくなる。
その隣には、すでに遥が座っていた。
髪を耳にかけて、静かに本を読んでいる。細い指がページを押さえるたび、春の光が彼女を包んで、まるで小さな映画のワンシーンみたいだった。
僕は少し迷ってから、健太の反対側の席に腰を下ろした。
「今日も読書かよ。遥ってさ、授業始まる前でもずっと本読んでるよな」
「……静かだから」
遥は視線を上げずに答える。
その短い返事に、健太が声を立てて笑った。
――たぶん、誰が見てもわかる。
健太は遥のことが好きで。
そして、僕も……。
胸の奥に小さく沈むその気持ちを、誰にも知られないように笑顔で隠した。
【図書館の午後】
授業が終わると、僕たちはいつものように三人で図書館に向かった。
健太はテスト勉強なんて三日前からしかやらないタイプなのに、どうしてか遥の隣に座るとやたらと集中しているふりをする。
「ここ、どう解くんだっけ?」
「それは……公式を使えばすぐ」
遥が小さな声で答えると、健太は「へぇー」と無意味に感心して、わざと大きな声を出す。
まるで子どもが好きな子にちょっかいを出すみたいに。
僕はノートを広げながら、二人のやりとりを横目で見ていた。
――やっぱり、健太は遥が好きなんだ。
そして、遥も……?
胸の奥で、重たいものがかすかに揺れた。
「ねぇ」
ふいに、遥が僕の方を向いた。
「この数式、合ってる?」
「え、あ……うん。合ってるよ」
彼女の目が、ほんの少しだけ笑ったように見えた。
その一瞬で、息が止まりそうになる。
でも同時に、苦しくなった。
――もしも、遥の気持ちが健太に向いているなら。
僕はどうすればいいんだろう。
【すれ違う心】
五月の風が強い日のこと。
講義が終わって教室を出ると、廊下の奥で健太と遥が話しているのが見えた。
健太が真剣な顔をしている。
遥は黙ってうつむいている。
その光景を見た瞬間、足が止まった。
声をかける勇気が出なかった。
(……告白、してるのかな)
心臓がひどく早く脈打った。
息が乱れて、頭が真っ白になる。
やっとの思いで背を向けた。
見てはいけないものを見てしまったみたいで、逃げるように階段を下りた。
外に出ると、初夏の風が強く吹き抜けていた。
白いシャツの袖がはためいて、僕の視界を乱した。
【遥の秘密】
数日後。
図書館でノートを開いていると、遥がひとりでやってきた。
「……あのね」
声がいつもより小さい。
「健太に、誤解されてるみたい」
「誤解?」
「わたしが……健太を好きだって」
僕は息をのんだ。
遥はページを閉じ、かすかに首を振る。
「違うの。ずっと……好きなのは」
そこで言葉が途切れた。
瞳が揺れて、視線がまっすぐに僕を射抜く。
胸の奥に溜めてきたものが、一気に熱を帯びる。
指先が震えて、声が出なかった。
遥は、続きを言わなかった。
けれど、その沈黙がすべてを物語っていた。
【健太の本音】
翌日の夕方。キャンパスの中庭で、健太が僕を呼び止めた。
「なぁ」
いつもの軽い声じゃなかった。
「おまえさ……遥のこと、好きなんだろ」
心臓が跳ねた。
言葉が詰まって、うまく返せない。
健太は頭をかきながら、困ったように笑った。
「やっぱりな。なんか、前からそうじゃないかって思ってた」
「……どうして」
「だって、おまえ、遥を見てるときの顔が……わかりやすいんだよ」
からかうような口調の裏に、やさしさがあった。
ふざけてるようで、全然ふざけていない。
「俺さ、最初は遥が気になってたんだ。けど……違った。気づいたら、おまえら二人の方がずっと自然なんだって思ってさ」
健太は空を見上げる。
夕焼けが広がって、彼の横顔を赤く染めていた。
「だからもう、俺が間に入る必要ないよな」
その言葉に、胸の奥の重たさが音を立てて崩れた。
僕は思わず笑ってしまった。
涙がにじんで、笑いと一緒にこぼれていった。
【告白の時】
その夜。
図書館を出た帰り道、遥が待っていた。
街灯に照らされた横顔が、かすかに震えていた。
「……健太から聞いた」
僕が言うと、遥は少し驚いたように瞬きをした。
「わたし、本当は……ずっと言いたかったの」
声が震えていた。
「でも、友だちを失うのが怖くて。だから……」
言葉が途切れる。
その続きを待つ間、鼓動が耳の奥でうるさいほど響いた。
僕は深く息を吸って、勇気を出した。
「遥。僕も……好きだよ」
静かな夜風の中で、その言葉だけがやけに鮮明に響いた。
遥の目に光が宿る。
次の瞬間、彼女はそっと笑った。
それは今まででいちばん、やわらかい笑顔だった。
【春の午後、もう一度】
数日後。
三人で教室の席に座る。
「なんだよ、俺だけ仲間はずれみたいじゃん」
健太がわざとらしく肩をすくめる。
「健太は……いつもどおりでしょ」
遥が小さく笑った。
「そうそう。健太がいなきゃ、僕たち出会えてないんだし」
僕が言うと、健太は照れたように後頭部をかいた。
窓から春の光が差し込んで、三人の影をやわらかく重ねた。
もうあのころのようにすれ違うことはない。
心の奥にしまい込んだ気持ちは、やっと言葉になって。
大学の春はまだ始まったばかり。
これから先も、笑い合える季節が続いていく。
この物語は「三角関係のように見えるけれど、ほんとうは最初から両想い」というテーマで書きました。
大学という季節は、友情と恋愛の境目がゆらいで、気持ちを言葉にできない時間が多い場所です。
だからこそ、勘違いやすれ違いが「青春らしさ」として残っていくのだと思います。
健太という存在は、恋のライバルというよりも「二人をつなぐ橋」のような役割でした。
彼が明るく振る舞い、最後に身を引くことで、二人の恋はやさしい形で結ばれました。
決して誰かを傷つけることなく、三人で笑える未来がある――そんな物語を描きたかったのです。
読んでくださった方の胸にも、少しでも春の風のような温かさが届いていたら幸いです。