71話 戦火の予兆
一日目の夜は野営し、俺と他数人(全員男)の冒険者はそのまま不寝番。
二日目は昼まで眠り、今晩は道中の小さな村で滞在させてもらう予定なので、昼から村に着くまでは先頭の護衛について……
「お、見えてきたな……」
先頭に立っているおかげで、夕暮れが近くなってきた茜色の空の向こう側に、集落らしい影を真っ先に発見できた。
「あそこが、今日あたしらが泊まる村だっての?」
同じく先頭にいるシャルルが、そう訊ねてきたので、先頭の馬車にいるアンドリューさんに確かめてみよう。
「アンドリューさん、あそこが予定の村ですか?」
「おぅそうだ。地勢図にも載っていない小さな村だが、『ファムル』って名前がある」
地勢図にも載っていない小さな村の位置も把握しているらしいアンドリューさん。伊達に五十年も商隊長をしてないだけあるってか。
「もうすぐで到着だが、最後まで気を抜くなよ。ここいらも最近物騒だからな」
っと、確かにその通りだ。
外にいる以上、間違いなく安全な場所なんて無い、気を抜いたところを突然襲われたらたまらないからな。
どうにか日が暮れる前に村の敷地内に入ることが出来た。
まずはアンドリューさんが、一晩の滞在許可を得るために村長との対談に向かっているので、その他の俺達はひとまず待機、及び夕食の準備だ。
「うーん……」
さて夕食の準備を始めようと言う時、シャオメイが複雑そうな顔をしている。
「どうしたんだシャオメイ、そんな顔して」
「あ、リオサン。イエ、大したことジャないんです」
何故そんな顔をしていたのかと思えば。
「ここっテ、農村じゃないデスか。後で商隊長サンにお願いシテ、出来れバ農産物とか、畜産品ヲ買い足したいナと思ってたンです、ケド……」
シャオメイの視線が、柵に覆われた牧へ向けられる。
柵の中にいる家畜は、何だか元気が無さそうに寝そべっている。
「家畜の頭数が少ナイですシ、ソレに……村全体が寂れテいるように思えマス。ココも、ネオライトと同じよう二、風土が悪化してイルとしたら、期待出来ないカナと……」
「あぁ、なるほど。……風土の悪化が、ここまで広がっているのか?」
ネオライトの領域からは既に離れて、この辺りはもう港町メルキューレの領内のはずだが、ネオライトの風土悪化がメルキューレにまで広がっているらしい。
「風土悪化の原因、一体何ナンでしょうネ……チョット、気味が悪いデス」
シャオメイが声を濁らせた。
こうまで大規模な風土悪化が起きているのに、それらしい原因が全く見当たらないのだ。
俺も正直、この風土悪化は不気味に思えるし、あまりにも不自然だとも思う。
「その原因、心当たりならあるよ」
不意に、リーゼさんも話に混ざってきた。
「リーゼさん、何か知ってるんですか?」
ここは、エルフの知恵を頼りたいところだ。
するとリーゼさんは、天体の話から始めた。
「ネオライトの天文学者に、ここ数日、天体の動きに異常があることを相談してみたの」
そう言えば、カイツールからネオライトに来るまでの旅路で、天体の動きがおかしいとか、そんなことを言ってたな。
「観測してもらった結果、星の吉位が一定方向にしか向いていないことが、ハッキリ分かったの。リオくんにこの間話した時は、地表から肉眼で見ただけだから、確証は得られなかったんだけど」
「吉位って確か、運の良し悪しが星の位置で決まるとか、そう言う話でしたよね?」
俺とリーゼさんが話している横で、シャオメイは「星占いのお話デスか?」と小首を傾げている。
「その吉位が向いている方向、王都なの」
「王都に?でも、それが風土の悪化とどう関係するんですか?」
運の良し悪しと、風土の良し悪しはまた話が別だと思うんだが……リーゼさん的には、関係があるらしい。
「それなんだけどね、リオくん」
リーゼさんの目がこれまでになく鋭く、声のトーンも低い。
「私の予想が正しいのだとしたら……とんでもないことになるよ、これ」
「トンデモナイこと、デスか?」
とんでもないこと?
何だ、何が起こるって言うんだ?
一拍置いてから、リーゼさんは確かにそう言った。
「戦争」
アバローナ王国後宮 女神像の間
その日の夜も、聖女――カナコはいつもと同じように、星の女神ステッラの女神像の前に跪き、両手を組んで祈りを捧げる。
「――星の女神ステッラよ、聖女『カナコ・ホシノ』の名において祈りを捧ぐ。息吹け微風、咲き誇れ生命、慈しみを以て、この地に愛をもたらしたまえ――」
真摯に祈りを捧げ、数秒の黙祷の後、カナコは立ち上がり、女神像に一礼してから女神像の間を後にする。
――それと時を同じくするように、王都クロスキングス領域に、微風が優しく流れる。
微風が吹き流れると、川の水は澄み渡り、草花は生い茂り、木の実は瑞々しく実る。
昼行性の野生動物や魔物は、心地好さげに欠伸をしてから、目を閉じて寝息を立てる。
反対に、夜行性の野生動物や魔物は狂喜するように咆哮を上げながら外へ躍り出す。
王都領域は、恵みに満ちていた。
――また同時に、ネオライトの領域には寒々しく渇いた風が吹き荒んだ。
川の水は濁り、草花は枯れ、木の実は腐っていく。
野生動物が弱々しく倒れ、そのまま死骸と化す。
その死骸に夜行性の野生動物や魔物がありつくが、程なくして死骸を食べた動物や魔物は苦しげに唸り、口から吐瀉物を吐き出しながら倒れ、事切れていく。
ネオライト領域は、死が広がっていた。




