70話 人には人の苦労がある
商隊がネオライトに来てから、ちょうど一週間後の朝。
これからネオライトを出立するので、今日は朝から出立準備で大忙しだ。
俺は馬車同士を連結したり、大きな荷物を馬車の中に詰め込んだりと、力仕事を請け負う。
アイリスとシャルル、シャオメイの三人は手分けして、小さめで細かい荷物を馬車に詰め込んでいる。
アイリスはつい先日、赤銅級への昇格試験を兼ねた依頼を達成し、見事昇格したそうだ。
ちなみに、シャルルが世話になった孤児院への寄付は、しっかり履行されたらしい。
エトナとリーゼさんは、アンドリューさんとの三人で額を突き合わせて、港町メルキューレへ向かうまでの進路確認や、食事を取る時間帯の予定、俺達以外の護衛依頼を受けた冒険者達を含めて寝ずの番のローテーションを組んだりと、頭脳労働に勤しんでいる。
聞いた話だと、ネオライトからメルキューレはここから川沿いに三日ほど南下した位置にある。
道中に小さな村がひとつあるので、一日目の夜は夜営、二日目の夜は村にお邪魔させてもらう形になるそうだ。
……鍛冶屋に預けていたロングソードはどうしたのかって?もちろん昨日の昼頃に受け取り済みだ。
出立準備を終えたところで、忙しい中ワーカーマスターと、ゴンザレスさんが見送りに来てくれた。
「あなた方の旅路に、幸運があることを祈る」
ワーカーマスターは背筋を正して生真面目に。
「それじゃぁアンちゃん、次はぁ……何年後になるかしらねぇ?」
ゴンザレスさんはアンドリューさんと握手を交わしている。
「ハッハハッ!なぁに、どうせまた七、八年したらまたここに来るに決まってる。歳でくたばる前に、もう一回は飲みに来るからな!」
「やだもぉ、縁起でもないこと言わないの!」
ハッハハッ、オッホホホ、と笑い合う二人。
なんかいいなぁ、あぁ言う"大人の男同士“の付き合いって。
「よぉし、出発するぞ!護衛の冒険者は、配置に就いてくれ!」
アンドリューさんの号令と共に、俺とシャルルは先頭に、アイリスとリーゼさんは後方に、その他の冒険者は左右に、それぞれ守りにつく。
さて、ここは王都やカイツール周辺と違い、風土の悪化もあるからな、魔物や破落戸どもと出くわす回数も多くなりそうだ。
道中、魔物の襲撃は何度かあったものの、前から来るなら俺とシャルルが打って出て、後ろから来るならアイリスとリーゼさんが迎え撃ち、左右の横合いも他の冒険者達が守ってくれるから、いずれも危なげなく討伐、あるいは撃退した。
「そろそろ、お昼休憩な感じ?」
ふと、シャルルが俺にそう訊ねてきた。
日の高さを見ても、そろそろ昼食時が近い頃だが……
「いや、ここは見晴らしが良くない。もう少し進んで、見晴らしのいい場所に着いてから昼食になるな」
「そうなの?」
「障害物や遮蔽物が多い上に狭い場所だと、奇襲を察知しにくいし、こっちも身動きが取りづらくなる。食事中はどうしても気が緩むから、周囲の安全を確保しやすい場所を選びたいんだ」
「へぇー……」
「へぇー……って、冒険者ならそれくらい知ってるだろ?」
俺みたいなスラム上がりで学のない冒険者でも知ってるセオリーだぞ?
アイリスのような特殊なケースはともかく、現役冒険者がそれを知らないのは、ちょっとまずくないか?
「いや、あたしさ、こう言う護衛依頼って実は初めてでさ。以前までは、すぐに行って帰ってこれる近場の依頼ばっかりだった……ってか、それを優先してたから」
「そうなのか?」
遠出したくない気持ちはまぁ、分からなくはない。
何日もかかるような距離だと、食料や夜営の準備も必要だし、それらは冒険者側が自前で用意しなくちゃならないからな。
その分、報酬金は近場の依頼と比べても高額だから、元は取れるように出来ている。
「ほら、あたしって孤児院出身って前に言ったっしょ?冒険者になってからも、孤児院で暮らしてたから」
「あぁ、小さい子ども達の面倒も見なくちゃならないからか」
「そうそう」
しかし不意にシャルルの表情が曇る。
「なんだけどさ……闇ギルドの連中にお金騙し盗られて、騎士団にも追われちゃって、もう何ヵ月も孤児院に帰ってないっての。手紙と、お金代わりの小切手はちょくちょく送ってるんだけど、返信は受け取れなくて。……マザーとちび達、他のみんなも、元気にしてるかなぁ」
遠い目を明後日の方向――恐らく孤児院があるだろう方角へ向けるシャルル。
本当は、すぐにでも帰りたいんだろうな。
「いつか必ず、帰れる時が来るさ」
気が付けば、俺はそう口にしていた。
「って言うか、孤児院出身なんてむしろ幸運な方だろ。俺なんて、王都とは言えスラム出身だからな」
「えっ、そうなの!?」
俺自身の出自を独白したら、シャルルは驚いた。
「あぁ。だから、血の繋がりが無くても、"家族が待ってくれている場所“が、羨ましくてな」
僻んでるわけじゃないぞ。単純にそう思ってるだけだ。
「その……なんか、ごめん」
「いや、そこで謝られてもな。それに、闇ギルドに金を騙し盗られて、騎士団にも追われるなんて、そっちの方がよっぽど苦労してると言うか」
俺は俺なりに苦労してきたけど、ルイン達がずっと一緒にいてくれたからな。どっちが不幸とかじゃない。
っと、見晴らしのいい、開けた場所に出たな。
「よーし、ちと時間がズレちまったが、昼食休憩だ!」
アンドリューさんの号令で、馬車が一時止まり、すぐにシャオメイを始めとした数人が炊事にかかる。
「……ありがと、リオ」
「ん?」
「あたしの話、聞いてくれて。あたしも割と苦労してきた方だと思ってたけど、あんたも大変だったんだなーっての」
「どういたしまして。……昼飯の準備、手伝いにいくか」
「うんっ」
なんと言うか、少しだけシャルルとの心の距離が縮まった気がする。




