67話 籠の中の鳥
アバローナ王国後宮
聖女――カナコ・ホシノは、ここ最近になってさらに疑念を強めていた。
何に対する疑念なのかと言えば、王都領域外の情勢についてだった。
ここ数週間で、ネオライトと言う歓楽街の領内の風土が悪化していると言う。
実情を確かめる術は無いが、それだけならば周辺環境に問題があるか、魔物の影響か、と言う想像は出来る。
しかし周辺環境に大きな問題を与えるような魔物の存在は確認していないと聞く。
であれば一体何が原因なのか、と考えてみても皆目検討もつかない。
フルス第一王子にそう言ったことを訊いても、
「それはネオライトの統治者の問題だ。カナコが心を痛めてまで考えることじゃない」
その通りと言えばその通りだし、自分が心を痛めてまで考えたところで、ネオライトの風土を今すぐにどうこう出来るわけでもない。
けれど、王都領域の外では確実に何かが起きているのに、それを知る術が無いのがもどかしい、と言っても、
「君は聖女の務めを十分以上に果たしているし、私達も感謝している。それだけでいいんだ」
と、のらりくらりと躱されてしまう。
聖女として転生してから今日まで、王都の外に出たことはない。
外の情勢については、フルス第一王子との会話や、宮仕えのメイド達の話を又聞きした内容以外に知ることが出来ない。
正しく力を発揮する聖女として貴族や市民から崇め讃えられ、豊かな衣食住を与えられ、イケメン王子からは溺愛される毎日……なんて、前世でよく読んでいたイセコイジャンルの小説によくあるハピエンだ。
けれど実際はどうだ?
人々から崇め讃えられても、豊かな衣食住を与えられても、イケメン王子から溺愛される毎日を送っていても、不自然さと違和感しか感じない。
聖女がチヤホヤされるから気に食わないと悪さをする非転生悪役令嬢も、「自分こそが本物でこいつは偽物だ」と喚き立てる悪役聖女も、自分の死亡フラグ回避のために暗躍するリスポン悪役令嬢も、「自分がヒロインなんだから邪魔をするな」と言い掛かりをふっかける転生ヒドインもおらず、山も谷もない穏やかで平和な展開ばかりが続いているのに、こんなハピエンを享受していて、
本 当 に こ れ で い い の か ?
思い返してみればフルス第一王子は、様々な悪行を理由にアイリス公爵令嬢に婚約破棄を言い渡して追放し、エイルブルー公爵家も断罪して取り潰しにしたが……よくよく考えればこれは、『正ヒロインに濡れ衣を着せて婚約破棄して破滅する典型的クズ役王子』のそれではないか?
しかもアイリスが追放されてからは行方不明なまま、生きているのかすら判明していない。
行く宛もなく彷徨っていた所に人知れずどこかのイケメンぐう聖王子や、ヒロインを虐げてきた家族に粛清するために積極的に手を汚す運命の番に見初められる、これも典型的なパターンだ。
その上、フルス第一王子は追放したアイリスのことや、取り潰しにしたエイルブルー公爵家のことなど素知らぬ顔。
ここまでテンプレ通りの、特殊合金製の破滅フラグがパイルバンカーによって地中深くにまで撃ち込まれているのだ、冷静に考えてみれば、今は (恐らく多分きっと)聖女の務めを果たしており、フルス第一王子から溺愛されているけれど、いずれどこかのタイミングで聖女の力を失って国が弱っていけば、偽聖女だと糾弾され、断罪、処刑、首ちょんぱは不可避。そこまでストーリーが進んでしまったら、死に戻りリスポーン展開も無いだろう。
それか、アイリスの境遇を聞いた運命の番がブチギレて"お礼参り“にやって来て物理的に始末されるか。
どっちにしたって、
こ れ や ば く な ぁ い ?
だからと言ってどうすればいいのか。
既に婚約破棄は為されているし、アイリスは行方不明。
アイリスがどこかで野垂れ死んでいる可能性もあるにはある……が、それはまず有り得ない。
あんな、ラノベの表紙やアニメのビジュアルのトップを飾るようなぐう聖メインヒロイン系銀髪碧眼美少女が、こんなストーリー序盤で死ぬ展開なんて聞いたことがない。あるとしたらそれはイセコイジャンルじゃないし、イセコイジャンルだとしてもそんな作品は間違いなくエタっている。
であれば、アイリスは確実に生きており、追放してからの日数を鑑みれば、もうとっくに隣国のイケメン王子や運命の番に見初められて求婚、溺愛されている真っ最中だ。賭けてもいいだろう。
そして、アイリスが溺愛真っ最中で幸せ絶好調ならば、この後で自分に待っているのは、真綿どころか蜘蛛の糸で首を絞められるような"ざまぁ“だ。
それがいつ起こるのか、明日か明後日か、来週か来月か……
どうしよう。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!?
今からどこかに亡命する準備をするべき?
いいや、今はまだ国が安定しているのに「もうすぐ国が滅ぶから、今の内に隣国に亡命します」なんて言ったところで誰も信じないだろう。
自分の意志で出ることは出来ず、泣き叫んでも誰も聞いてくれない。
――まるで籠の中の鳥だ。




