64話 魔瘴液
ワーカーマスターが予め打ち合わせしていたおかげで、騎士団の動きは迅速そのものだった。
屋敷に無理矢理留め置かれていた女性達は、速やかに全員保護され、落ち着いたところを事情聴取するとのこと。
シャルルの件もあるし、大抵はグリードに騙されるような形で滞在させられていたんだろうな。
仕えていたメイド達や (まともな)兵隊も、同様に騎士団に保護された上で事情聴取を受ける手筈になっている(なお、シャルルに当て身を喰らわされて気絶したメイドは、過労で倒れたと言うことにしたらしい)。
グリードに従っていた手下達も、領主が討たれた(最大限の配慮)ことで即座に見限り、この街から逃げ出そうとしていたらしいが、そのほとんどは屋敷を包囲していた騎士団に捕まった。
抵抗されたため、何人かには逃げられてしまったようだが、街の外へ逃げる以上、どこかへ落ち延びる前に魔物や"同業者“に狩られるのがオチだろう。
そんな中、ワーカーマスターはそれを手に詰所に戻ってきた。
「グリードの執務室に、薬品瓶が見つかった。アイリスさん、奴が飲んでいたのはコレか?」
実物を見ただろうアイリスに訊ねると、
「そうです。それを飲んで、グリード領主が突然暴走しました」
「やはりか。鑑定士に鑑定してもらい、どのようなものかを調べてもらわなくてはな」
「あ、それならエトナちゃん……商隊に、ギルド受付嬢の資格を持った娘がいます」
アイリスの進言によって、騎士団の詰所から、商隊の馬車の停留場へ移動する。
アンドリューさんに話を通し、デスクワークをしていたエトナに、グリードが飲んだこの薬品を鑑定してもらうと。
「……鑑定結果、これは『魔瘴液』です」
魔瘴液?とその場の全員の声が重なる。
エトナの説明によると……
・エルフやハーフエルフなど、高濃度の魔力を含んだ血液に、ガス化した魔素を浸透させた秘薬。現状、一般的な市場には出回っておらず、闇市や非合法な道具屋などで高値で取引されている。
・服用者の魔力を急激に増幅させるが、増幅した魔力に対して服用者の肉体を強引に最適化させるため、肉体の肥大化なども同時に発生する。
・肉体の最適化に伴って脳機能が上書きされるため、自我を失い、極めて攻撃的かつ凶暴化する。
・魔物に服用した場合にも同様の効果を発揮するため、使役した魔物に服用して凶暴化させ、要人の抹殺などに用いられている。
・服用による魔力暴走を止める手段は、現状で確認されていない。服用者は死ぬまで暴走する。
……とのこと。
ようするに一度飲んだら最後、理性ゼロの化物になった挙げ句に死ぬってことか?なんて物騒な代物なんだ。
「グリード領主は、何故そんなものを持っていたのでしょうか?」
アイリスの疑問は最もだろう。
飲んだら怪物になるような薬だと知っていれば、自ら飲むとは思えない。
「……この薬の出所そのものは、恐らく闇ギルドからです。何かしら非合法な取引の上で、入手したのかもしれません」
尤もその売り手側は、『飲んだら最強になれる薬』とかなんとか適当な理由を取って付けたんでしょうけど、とエトナは推察する。
「うん。でも、これでハッキリしたかな」
するとリーゼさんは、腑に落ちたように頷いた。
「何がですか?」
何がハッキリしたのかと訊けば。
「グリード領主の後援……うぅん、この場合は、闇ギルドのスポンサーのひとつが、グリード領主だったと言うことだね」
それを聞いて、ワーカーマスターがいち早く理解を示した。
「そうか、グリードの背後には何か大きな後援があるとは思っていたが、闇ギルドの連中と繋がっているのなら、それも頷ける話だ」
つまり、闇ギルドの連中がグリードの野心に協力する代わりに、資金を提供してもらっていたと言う利害関係が成り立っていた、と。
しかし……
「また闇ギルドの仕業か……」
カイツールで、エトナを拉致していた冒険者三人組が受けていた、飛竜の卵の密猟依頼も闇ギルド由来のものだ。それだけならまだ、『冒険者が大金に目が眩んで身を滅ぼした』で済む。
が、今回は仮にも領主とあろう者が非合法な組織に資金を提供していたと言う。
ひとつの領地の主ともなれば、それ相応の権力や人脈を持つものだ。
それが非合法な組織によって悪用されるとなれば、その影響力は計り知れないだろう。
「裏稼業が表社会に食い込み始めているんだ、恐らくこれから行く先々で、闇ギルドの連中の企みに巻き込まれることも増えるかもなぁ……」
横から話を聞いていたアンドリューさんも、溜め息混じりに頷いている。
それはそれとして、とアンドリューさんは俺達三人に向き直る。
「リオ、お嬢さん、リーゼさん、三人ともよくやってくれた。これでこの街も、少しずつ元の姿を取り戻していくはずだ」
近日中は領主の"急死“によって混乱するかもしれないが、それでも圧政が取り下げられれば、市民達の表情も明るくなっていくだろう。
それと、とアンドリューさんの視線がシャルルに向けられる。
「お前さんも、彼らと一緒に戦ってくれたそうだな。オレからも礼を言わせてくれ、ありがとう」
「いや、そんな。あたしは、大したことしたわけじゃ無いですし……」
急に水を向けられた上に深く感謝までされてか、謙遜するシャルル。
そこに、アイリスが挙手する。
「商隊長さん、こちらのシャルルさんのことなのですが……」




