61話 暴走グリード
不意に、リーゼさんの探知魔術が強い反応を示した。
「ッ、急激な魔力の増幅……うぅん、この勢いはむしろ暴走?」
「魔力の暴走?」
思わず鸚鵡返しに訊き返す。
「アイリスの魔力が、ですか?」
「違う、アイリスさんの近くに人間が三人いて、その内のひとつが暴走を起こしているみたい」
「つまり、なんかやべぇことが起きていると」
「そうなるね」
……ようするにそれって作戦失敗か?
失敗も想定の内とは言え、誰のかは知らないが魔力の暴走が発生するのは予想外だな。
とにかくまずは、
「作戦失敗通りに、アイリスの脱出ルート確保を急ぎましょう」
詳しい状況は分からないが、グリードを暗殺し損ねた時点で作戦は失敗したも同然だ、そうなればアイリスもすぐに逃走するはずだ。
「うん」
互いに頷き合うと同時に立ち上がり、屋敷へ駆け出す。
屋敷に近付くと、そこにいた衛兵が槍を構えながら「そこの二人、止まれ!」と叫ぶが、走りながらもリーゼさんはセプターを振るい――衛兵のブーツを凍らせた。
「ひぃっ、な、なんだ!?」
足を凍らされて動揺している衛兵の側頭部に裏拳を叩き込んで気絶させる。
「ごっ」
足が凍ったまま倒れたのでおかしな体勢になっているが、氷はすぐに溶けるから許してほしい。
「悪いな、許せ」
短く詫びて、ロングソードを抜き放ち、窓ガラスを突き破って屋敷の中に入り込む。
屋敷のどこかから、ズガンドゴンと轟音が響き渡ってくる。魔力の暴走によるものなのか、どうやら相当まずいことになっているようだ。
「アイリスさんはこっちに向かって来てるけど……逃走より、魔力の暴走源を止める方が先かも」
「了解です。場所は?」
「領主の執務室から、逃走経路を進んでる。暴走源もそれを追い掛けている感じかな」
「よし、行きましょう!」
屋敷の見取り図は頭に入っているから、執務室からの脱出ルートもすぐに割り出せる。
そうして走り出して間もなく、曲がり角からアイリスと、彼女が手を引いている緑色の髪の女の子の姿が見えた。
「アイリス!無事か!」
「リオさんっ、リーゼさん!」
俺とリーゼさんを見て、アイリスの顔が安堵するが、安心するのはまだ早い。
一拍を置いて、曲がり角が粉砕した。
「ぐごががげごばァッ」
現れたのは――全身紫色の皮膚をした、"人型の魔物“……と言うか、怪物だった。
「なんだ、こいつは……っ?」
魔力の暴走源か?
「……魔力の固有周波を見ても、グリード領主のようだね」
リーゼさんが、魔力周波からこいつがグリードだと教えてくれた。
……なるほど、原因は分からんが、グリードの魔力が暴走した結果がコレらしい。
「アイリスとそこの君は逃げろ!こいつは俺とリーゼさんでなんとかする!」
するとグリードは、俺とリーゼさんを敵だと判断したのか、こっちに注意を向けてくる。
とにかく、こいつを止めない限りは屋敷にいる他の人間も危ないだろう。
「シャルルさん、ここは逃げましょう」
「……待ってアイリス、こっち!」
シャルルと言うらしい緑髪の女の子は、アイリスを連れて、屋敷のどこかへ向かっていく。
ともかく、この場から離れてくれればいい。
「げぎぼ、ごがぐぼぼがァァァ!」
もはや人の言語を為していない喚き声を上げながら、グリードは俺を殴り付けようと拳を振り下ろしてくるので、横っ飛びで躱す。
相当強烈な力らしい、拳が叩き込まれた場所は小さなクレーターのように穿たれている。
こりゃまともに喰らったら即死だな……
「――『ブラッディランサー』!」
すると俺の反対側に回り込んだリーゼさんから、闇属性の、確か中級の魔術であるブラッディランサー――紅黒い闇の炎で作られた槍が、グリードの左脇に突き刺さり、炸裂する。
が、
「がごぎ、ぎげべ、ぎげげェぼォ……!」
炸裂した闇の炎が晴れると、突き刺さった部位には焼け爛れたような痕があるが、グリードが弱ったり苦しむような様子は見られない。
「……あらら、闇属性はあまり効かないみたいかな」
見た目からして"闇“って感じだもんね、とリーゼさんは冗談めかしたように言うが、リーゼさんの【暗黒魔術師】スキルの内容的に相性が悪いか。
グリードはリーゼさんに向き直ろうとするが、そうはさせるか。
「おらこっち見ろ、ブタ野郎!」
ロングソードを一閃、二閃と振るい、グリードのダボついた贅肉を斬り裂く――が、思ったより硬く、油断すると弾き返されそうだ。
「うごばばがぎェァァァ!」
しかしそれに構わず、グリードは大きく跳躍し――図体の割に身軽だな!?――フライングボディプレスのようにリーゼさんを押し潰そうと迫る。
「っと!」
リーゼさんもすぐにその場から飛び退いて――その直後にグリードのデブ……もとい、巨重が床を陥没させた。
起き上がろうとする前に接近して、短足を斬りつけておく。これだけで動きが鈍るとは思わないが、こう言うものは積み重ねだ、後々になって効果が出る。
しかしグリードもすぐに起き上がって俺に向き直ると、ラリアットのような横殴りを何度もぶん回しながら追い掛けてくる。
「ぐばごっ、ごぎべっ、うぼがァッ!」
「くっ……!」
――【タイム連打】、発動解除発動解除発動解除発動解除……――
拳の高さと、間合いを見て、横殴りを躱し、躱し、躱し……
くそっ、思っている以上にグリードの動きが速い。
【タイム連打】のおかげで、どこからどのような攻撃が来るのかが分かっていても、俺の反射神経がそれに追い付かない……!




