58話 密談しましょ、そうしましょ
「全く……騒がしくてすまんなアイリス嬢」
「いえいえ」
突然シャルルが入ってきても、気にしていませんよと言う風に微笑を浮かべて。
「ところで御領主様、今の方は?」
呼び方や立ち振舞いを見ても、娘や親族では無いだろう。何やら孤児院への寄付を催促していたようだが。
「シャルルのことか。冒険者なんだが、故あって儂の屋敷に滞在しておってな。まぁ、アイリス嬢が気にすることはない」
領主の屋敷に滞在する冒険者、孤児院への寄付の催促、何よりシャルルのグリードに対する態度から見ても。
「(孤児院への寄付と言う条件……いえ、むしろそれを脅迫材料に、彼女をここに滞在させている、といったところでしょうか)」
孤児院への寄付をするつもりは全く無く、何かと理由を付けてのらりくらり躱し、彼女をこの屋敷に閉じ込めているようだ。
「まぁそんなことはいい。それよりもアイリス嬢、何か要り用のものは無いかね?用意できるものであれば、何でも用意しよう」
それじゃぁあなたの首をください、と言いたいところだったが、アイリスは"お嬢様"の微笑を保ちつつ――妙案を思いついた。
「ふふ、そうですね。でしたら、先ほどのシャルルさんとお話しさせていただけますでしょうか?」
「シャルルと?それは構わんが、何故だ?」
「ふふ、私は世の見聞のために旅をしております故、色んな方々とお話しするのですが、中でも冒険者の方のお話はとても興味深くて。ダメでしょうか?」
そっと手を合わせ、小首を傾げて年相応の可愛げを見せるアイリス。
「む、ま、まぁそう言うことなら……」
アイリスの希望を無下にして機嫌を損ねたくは無いからか、それとも"可愛げ"アピールに動揺したか、グリードは少し慌てたように頷いて、そばにいたメイドに「シャルルをここへ」と命令しようとするが、
「いえ、お食事が終わり次第、私の方から出向きましょう。後ほど、ご案内をお願いいたします」
「そ、そうか。……聞いていたな、しばし待て」
それからゆるりとした食事も終わって。
「大変美味しゅうございました、御領主様」
「そうであろうそうであろう」
「では早速、シャルルさんのお部屋へご案内をお願いいたします」
「うむ」
グリードは待たせていたメイドに、「シャルルの部屋に案内しろ」と命令する。
先導するメイドと、その一歩後ろに続くアイリスとグリード。
しゃなりしゃなりと歩くアイリスは、その最中にも屋敷の中を見通していた。
「(清掃が行き届いているように見えますが……やはり隅々までとはいかないようですね)」
メイド達も頑張ってはいるようだが、劣悪な労働環境下では、どうしても鈍る。
幸いグリードは、アイリスが何を見ているのかを気にしている様子はない。
「……こちらが、シャルル様のお部屋になります」
複数ある客室の内のひとつ、そのドアの前まで来ると、先導していたメイドは一礼する。
「うむ、もう良いぞ。下がれ」
「ふふ、ご苦労様です」
アイリスは瞬時に微笑を見せて、案内してくれたメイドを言葉だけでも労う。
「御領主様、もうひとつお願いがあるのですが、シャルルさんと二人でお話しさせていただけませんか?」
「二人だけでか?何を話すのだ?」
「それは……乙女の秘密、と言うものです♪」
人差し指を唇に添えて、"可愛げ"アピールを見せるアイリス。実際は、これからシャルルと"お話し"をするに当たって、グリードの目と耳があるのは都合が悪いからだが。
「そ、そうか。では、話が済んだら呼ぶように」
アイリスのことは特に疑っていないようで、グリードは頷いてその場を後にする。
それを見送ってから、アイリスはドアをノックする。
「はーい、どなたー?」
ドア越しからシャルルの声が届く。
「先ほど、御領主様とお食事をさせていただいた、アイリスと申す者です。シャルルさんのお部屋で間違いないでしょうか?」
「え?さっきのお嬢様?そ、そうですけど……」
「よろしければ、私と少しお話しをしませんか?」
「お、お話し?あ、はい、とりあえず開けますね」
すぐにドアが開けられ、シャルルが姿を見せる。
どうぞ入ってください、と勧められて、アイリスは「それでは失礼いたします」と一礼してから、シャルルの部屋に入る。
シャルルの部屋も、過剰なまでの金品や調度品が飾られており、やはり落ち着けるような空間ではない。
「えーと、それで、あたしに何かご用ですか……?」
ついさっき顔を合わせたばかりの初対面の相手――それも見るからに"お嬢様"な美少女に対してどう接すればいいか分からずに、声を固くするシャルル。
しかし当のアイリスは自然な仕草で部屋を見回し、「よし」と頷いて――"カイツールのお嬢様“と言う鉄面皮を脱ぎ捨て、いつものアイリスに戻った。
「初めまして、シャルルさん。私はアイリスと申します」
「え、なんか雰囲気変わった……?あ、はい、あたしはシャルルです」
アイリスの一礼に合わせて、シャルルも倣うように頭を下げる。
一呼吸を挟んでから。
「シャルルさん。あなたは冒険者だそうですが、何故この屋敷に滞在しているのか、教えていただけますでしょうか?」
「へ?や、ちょっと待って?なになに、話が見えないんですけど……?」
何故いきなりそんなことを訊いてくるのかと困惑するシャルル。
「あなたがここにいても、グリード領主は孤児院への寄付など絶対にしませんよ。あの男は、そう言う人間です」
「……っ?」
孤児院への寄付など絶対にしませんよと言うアイリスの言葉に目を見開くシャルル。
「ど、どう言うこと?あんた、何を知って……?」
シャルルは身を乗り出そうとするが、アイリスは小声で制した。
「……ひとまず、私の話を聞いてくれますか」




