57話 ワケアリの冒険者
いとも容易く領主の屋敷に堂々侵入出来たことに、アイリスは少し拍子抜けしていた。
もっと怪しまれるかと思っていたし、相手の警戒を緩めるために、より『世間知らずな箱入りお嬢さん』な風を見せるつもりだったのだが、グリードの隠しきれていない伸びた鼻の下や、視界の端から注ぐ粘着的ないやらしい視線――もっと言えば身体への視姦――から見るに、本当に何も警戒していないらしい。
何も警戒していないように見せかけているだけなら、大した狸ぶりだが。
グリードの周囲を取り巻いているガラの悪い手下達も同様で、アイリスの"お嬢様"然とした姿に見惚れる、あるいはグリードと同じように身体を視姦するような目を向けているだけで、実はドレスの下やハイヒールの中に毒物を仕込んでいることに気付いている様子はない。
「(案外、色仕掛けと言うのも悪くない手段なのかもしれませんね)」
認めたくはないし、出来ればしたくありませんけど、と声に出さずに呟くアイリス。
客室だろう部屋の前まで来ると、グリードは周囲の手下達を解散させる。
「こちらの部屋で待っていてくれ。すぐに食事を用意させよう」
「ふふ、ありがとうございます」
残った手下によってドアが開けられ――目が痛くなるような金品や調度品で飾り散らかした、趣味の悪い部屋だった。
アイリスにしてみればこんな――今のグリードの内面のようにギラギラしまくった部屋で、寛げるはずもない。尤も、グリード毒殺の機会を虎視眈々と狙っている今、物静かで落ち着いた部屋でも同じことが言えるだろうが。
勧められるままになるように、客席に――然り気無く罠が無いかを確かめてから――腰掛ける。
グリードもアイリスと向かいの席にどっかりと肥満体を埋めるように座り、近くのメイドに「茶と食事を」と命令する。
即座に「かしこまりました」と一礼したメイドだが――化粧で無理矢理隠し、それでも隠しきれていないのが分かるほど疲労の色が濃いのを、アイリスは見抜いていた。
「(屋敷の中は荒れていませんけど、使用人達の顔が明らかに暗い。これは相当辛い生活を強いられているようですね……)」
「さてアイリス嬢、見聞を深めるために旅をしていると聞いたが、君から見た世界はどうかね?」
気さくそうに話し掛けるグリード。
もしもこの場にリオがいたら、
「スラムの中でもてめぇほど金にがめつくて薄汚いブタ野郎は見たことがねぇよ、その腹かっ捌いて魔物のエサにでもしてやろうか」
とでも言ったかもしれないが、
「ふふ、町の中にいるだけでは知らないことばかりで、気後れすることもありますが、とても貴重で得難い経験になっています」
"カイツール出身のお嬢様"であるアイリスはそんな気持ちをおくびにも出さずに微笑を浮かべつつ――今の旅がとても貴重で得難い経験になっているのは本当なので、そこだけは嘘をつかない。
「ほほぅ、では……」
そこから、「自分は領主としていかに素晴らしい市政運営を行っているか」を誇大主張しながらひけらかすグリードを、アイリスは微笑を絶やさずに当たり障りの無い言葉で相槌を打ちつつ――内心では冷たく白けた目で侮蔑していた。
「(法外な増税を、強権と武威で強いらせているだけの市政を、どれだけ前向きに捉えればそんな風に言えるのでしょうか)」
目下にあるのは、つい先程用意された豪勢な食事だが、この街で苦しんでいる市民から搾取した血税で作られた料理なのかと思うと、反吐が出そうだった。
しかしそこは元公爵令嬢、角を立たせず、相手を不快にさせない程度に、ゆるりと食事に手を付けて、感想も適度に述べていく。
そろそろ無防備なところを見せないものかとアイリスは内心で少し焦れ始めたが、
――ふと、ドタドタと言う走るような足音、それが徐々に近付いてくる。
「あぁん?何事だ?」
アイリスの前にも関わらず不快げな表情を隠そうともしないグリード。
そして、ゴツゴツとやや強いノックがされる。
「領主様!いますよね、入りますよ!」
許可も無しにドアを開け放ったのは、アイリスやリオと同い年くらいの少女。
若葉色のショートヘアに、活発そうな黄色い瞳、アイリスと同じようにドレスこそ着用しているものの、もっとラフで身軽な着こなしの方が似合いそうな雰囲気だ。
「おぉ、"シャルル"か。そんなに慌ててどうしたのだ?」
そのシャルルと言う美少女を見た途端、不快げな顔を隠して猫なで声で応じるグリード。
しかし対するシャルルは慌てているのではなく、むしろ怒っているようにしか見えない。
「どうしたもこうしたもないですっての!あたしがお願いしていた、孤児院への寄付!いつになったらやってくれるんですっての!」
「なんだそんなことか。それはまた後日にでもやっておくと言っていただろう。それより、客人の前で騒ぐんじゃない」
「客人?」
シャルルの目がグリードの向かいの席――アイリスに向けられると、アイリスはニコリと一礼するのを見て、慌てて頭を下げて謝る。
「ご、ごめんなさい!失礼しました!」
「ふふ、お気になさらず」
「と、とにかく領主様!なるべく早くお願いしますよ!あたしも、いい加減冒険者稼業に戻らなきゃなんですから!」
失礼しました!ともう一度頭を下げてから逃げるように退室していくシャルル。
――何やら、"ワケアリ"のようらしい。




