56話 毒蛾
昼過ぎ頃になるまで、ギルドの執務室で待機していると、ワーカーマスターの部下の受付嬢が駆け込んできた。
「失礼します、ギルドマスター。グリード領主が屋敷を出たとのことです」
「来たな、グリードめ」
ワーカーマスターは眦を鋭くしながら席を立った。
ゴンザレスさんの情報通りの時間帯だ。
「では、作戦を開始する。私はこれから騎士団の方に向かう。アイリスさん、任せたぞ」
「ふふ、お任せくださいませ」
待っている間は素に戻っていたアイリスだが、作戦開始と同時に再び"人形"になった。
「それじゃぁアイリスさん、リオくん、行きましょうか」
「はい」
アイリスお嬢様を先頭に、俺とリーゼさんが一歩後ろ左右に付く。
端から見れば、『お嬢様を護衛する雇われの冒険者』に見えるだろう。
ギルドの酒場を出ると、屋敷のある方向からその姿が見えた。
前髪だけが薄くなった頭髪、肥満体を正装に押し込み、宝石をジャラジャラ鳴らし、ガラの悪そうな護衛の兵士を八人ほど引き連れた、中年の男――アレがグリードか。
前領主を急病に見せ掛けた暗殺で排除し、権力をねじ込んで領主の座に就いた、ネオライトの新領主であるグリードは今、不満を抱えていた。
歓楽街であるネオライトは、他方からの観光客も多く、経済豊かな街だ。
故に前領主を排除してまで領主の座を奪い取り、その豊かさから甘い汁を啜ってやろうと目論んだ。
着任してすぐに増税を言い渡し、気に入った美女は屋敷に連れ込んで手厚くもてなし、何かと理由を付けたり、時には脅迫することで屋敷から出られないようにした。
美女を侍らせ、贅沢三昧、バラ色の毎日だったが、それもあまり長続きしそうになかった。
この地の風土の悪化が原因だ。
ギルドの調査隊にも原因を調べさせたものの、原因は不明。
観光客も減り、経済は停滞気味。
当然これには市民も不満を抱き、増税に対する反対運動も行われたが、腕っぷしの強い部下や傭兵をけしかけて鎮圧し、税はしっかりと払わせる。
ここは歓楽街で、観光客からたんまりと金をいただいているのだ、この程度は払ってもらわなくては困る。
が、最近は食べ物や酒の質も落ち、侍らせている美女達にも飽きてきた。
一人、年若くて活きのいい冒険者の美少女が、何やら金に困っていたのを見て金で釣ってから、まだ"味見"していなかったから、今夜はその娘にしよう、と予定を立てつつ、護衛を連れて屋敷を出た。
ネオライトの市民の中には、まだ増税に対して反対意志の強い者が多く、そう言った者達は納税を怠っている。
本日はその納税を怠る者達から、納めていない税と、怠慢による罰も含めてきっちり払わせるべくこうして領主自ら足を運んでいるのだ。
が、
「お?おぉ、おぉぉぉぉぉ……!?」
心が躍るほど驚喜した。
道行く先に見えたのは、なんとも若く美しい、屋敷にいる美女達とは一線を画するほどの、絶世の美少女ではないか!
白銀の髪に、磁器のような肌、胸も尻も程よく豊かで、腰は華奢なほどに細い肢体を包むのは、それら全てを強く魅せるかのような、漆黒のドレス。
護衛の冒険者を二人ほど連れており、女の方もなかなか……とは思ったものの、その長く尖った耳――エルフの証であるそれを見てそんな気は失せた。
それよりもあの美少女だ。
どこの令嬢かは知らないが、そんなことはどうでもいい。
逸る気持ちに鼻息が荒くなるのを押さえつつ、ネオライトの領主に相応しい貫禄と威風を見せなければと背筋を正す。
すると向こうの美少女もこちらに気付いたのか、微笑を添えて優雅に一礼する。
「これはこれは、何とも美しい。まるで女神が人の姿を成して降りてきたかのようだ」
「ふふ、ご冗談を」
その声色も、琴を奏でるようで聞き心地がよい。
これはもう、何がなんでもあの美少女を手に入れなければ!
「ところで貴方様は、御領主様でしょうか?なにぶん寡聞なもので、お恥ずかしい限りです」
「いかにも。儂がこの地の領主、グリードである」
「ふふ、私は、アイリスと申します。流通都市のカイツールの出身なのですが、世の見聞を深めるべく、旅をしております」
「ほほぅ、世を知るための旅とは、感心感心。よければ、儂の屋敷で寛いでいかぬか?なに、退屈はさせたりはせんから、安心なさい」
「ふふ、お心遣い痛み入ります。ですが、この後も少々予定がありまして」
すると、エルフの女がしゃしゃり出てきた。
「お嬢様、せっかくのご厚意なのですから、少しお休みになられてはいかがでしょうか」
若い男の冒険者の方も。
「ギルドマスターの方には、俺達の方から上手く言っときますんで。お嬢さんも長旅で疲れてるでしょうし、ちょっとくらいはいいでしょう」
ありがたいことだ、とこの二人に感謝する。
「ふふ、ではお言葉に甘えさせていただきましょう」
やった!!
ここ数日の不満も、この絶世の美少女が現れるための前触れだったと思えば、どうと言うことはない!
今日の徴収?そんなことは明日でもいいだろう。
これでしばらくは退屈せずに済む、と内心のほくそ笑みが顔に出ないように。
「よろしい、ではこちらへ」
手招きすると、アイリスは「それでは、失礼致します」と一礼して歩み寄ってくる。
冒険者二人組も会釈すると、踵を返して立ち去っていく。あの二人も付いてくるようなら門前払いするつもりだったが、その手間も省けた。
まずは豪華な食事でもてなして、気を許させて、その日の夜は……
"男"を知らないこの美しい箱入り娘の純潔を"いただける"と思うと、自然と頬が緩むと言うものだ。
――花よ蝶よと育てられてきたであろうこの絶世の美少女が、自分を殺すための"毒蛾"であることなど、気付くはずもなく――




