55話 それはまるで人形のような
翌朝。
昨日と同じ宿屋で一晩を過ごした後、俺、アイリス、リーゼさんの三人は再びギルドの執務室に訪れていた。
領主暗殺作戦の最終確認のため、及びアイリスのドレスの着用だ。
今、執務室にいるのは俺とワーカーマスターだけ。
アイリスはドレスの着用と化粧、ヘアセットのためにリーゼさんとゴンザレスさんに、別室へ連れられている。
アイリスを絶世の美少女に仕立て上げるために、今しばらく時間が掛かっているので、俺は一足先にワーカーマスターと暗殺作戦の最終確認を行っている。
「リオ君、本作戦における君の役目は昨日に話した通りだが、屋敷の見取り図は頭に入っているな?」
「見取り図と、脱出ルートは完全に覚えたつもりです」
そう。
俺に与えられた役目は、『万が一アイリスがグリード暗殺に失敗し、それが露見してしまった際の、脱出ルートの確保、及び護衛』だ。
アイリスとは事前に、暗殺が露見してしまった場合、屋敷のどこから逃げるかを決めている。
そこを邪魔されないように守る、もしくはアイリスの逃走を援護するのが俺の役目。
また、商隊に類が及ばないように、アイリスは商隊と無関係な存在として扱い、俺とリーゼさんと言う冒険者二名を護衛に従えた旅のお嬢様、と言うのがバックストーリー……と言うか、追及を逃れるための言い訳だ。
逃走に成功した場合はネオライトには戻れないので、周辺の村や集落に落ち延びつつ、頃合いを見て商隊と合流する。
暗殺に成功すれば騎士団が動き、失敗すれば俺とリーゼさんが動く、と言うわけだ。
「それは重畳。場合によっては君とリーゼさんに負担をかけてしまうが、よろしく頼む」
「お気になさらず。いざとなったらアイリスの代わりに、俺が領主を抹殺して逃げるだけです」
「そうならないことを祈るばかりだ」
グリードの圧政のせいでこの人も随分苦労しているようだ、もしアイリスがしくじったとしても、グリードの抹殺だけは俺がやってやる。
「ハァ~イ、お・ま・た・せ♪」
すると別室にいたゴンザレスさんが執務室に戻ってきた。
「このアタシ渾身の力作よぉ。アイリスちゃーん、どうぞー」
ゴンザレスさんに呼ばれて、アイリスと、その一歩後ろに控えているリーゼさんが入っ――
ま さ に 目 を 奪 わ れ る 美 し さ だ っ た 。
アッシュブロンドのロングヘアは後頭部辺りにアップされ、飾りすぎないアクセサリ、普段はしていない薄化粧、少し露出が多いもののいやらしさよりも機能美が上回る、黒のドレス。
「どぉ?アイリスちゃんスタイルいいし、元の素材が最高だからぁ、本当はお化粧なんてしなくてもいいくらいだけど、ちょっとだけ、ね?」
これこそ絶世の美少女よぉ、と片目を閉じて自信満々に言ってのけるゴンザレスさん。
「いやぁ、アイリスさんは美少女だとは思ってたけど、いざこうして着飾ってみると想像以上。頭に"元"が付くとはいえ、さすがはお嬢様だね」
同性であるリーゼさんも大絶賛。
「はいリオくん、どう?」
いきなり話を振ってきた。
「え、俺ですか?」
「もちろん。ほら、この紛うことなき絶世の美少女・アイリスさんを見て、どう思う?」
「どう、ですか……」
どうだと言われてもな……
"黒は女を美しく魅せる"と聞いたことはあるが、それはつまりこう言うことなんだろう。
これが、アイリス・エイルブルーと言う女性の、公爵令嬢としての本来の姿。
「……普段のアイリスとは、まるで別人みたいですね。本当に、綺麗だ」
それ以外に言葉が出ない。溜め息が出るような美しさとも言える。
「ふふ、ありがとうございます」
俺の忌憚の無い感想に、アイリスはニコリと目を細め、
「ッ……」
その微笑に思わず寒気が走った。
微笑の仮面ではない、これが素顔だと勘違いしてしまうかのように自然で、それでいて完璧な微笑。
――まるで生きた人形だ――
普段の素のアイリスを見慣れていたのもあるからか、今のこの人形のようなアイリスを見て、怖じ気すら覚える。
「完璧だな。これならばグリードの目も眩むだろう」
何を感じているかは分からないが、ワーカーマスターはあくまでもグリード暗殺のための演出であると割り切っているようだ。
「……ちなみにリーゼさん、アイリスの武器はどこにしまっているんです?」
護身用と称しても、屋敷に入る以上は帯剣は許されないだろうから、"暗器"を仕込む必要があるはずだ。
「右の腰に毒塗りナイフと、ハイヒールの中に毒薬。どっちも即効性の猛毒だから、皮膚に触れただけで殺っちゃえるよ」
何それ怖い!?
「おいちょっと待て!そんなもん持ってるアイリス本人も危険過ぎるだろ!?」
思わず素で言ってしまった。
「ふふ、大丈夫ですよ」
そんなやべーもの持ってるアイリスは、やはり人形のような微笑……と言うか声色もさっきと全く同じだ。あまりにも完璧で逆に怖いんだが。
まぁ……毒殺なら致命傷を与えられなくても、解毒薬でも飲まない限りはきっちり殺せるから、暗殺の手段としてはより確実か。
さて、作戦の下準備は粗方整ったから、あとは昼過ぎ頃――グリードが姿を現すのを待つだけか。




