53話 とってもめんどくさい大人の事情
「……分かりました。その大任、謹んでお引き受け致します」
やむを得ない、やむを得ないと自分に言い聞かせるように、アイリスは本作戦のキーを引き受けた。
「ありがとう、よろしく頼む」
ワーカーマスターはアイリスに深く頭を下げる。年端もいかない少女に人殺しをさせることに、自責の念や自身への嫌悪感もあるだろう。
こんな汚れ役ならむしろ俺が率先してやりたいくらいだが……
「ドレスの方はいくつか用意出来てるからぁ、明日の午前中に試着と決定をお願いねぇ」
既にアイリスのためのドレスを用意していると言うゴンザレスさん。恐らくアンドリューさんが昨夜に頼んでいたんだろうな。
ふと、リーゼさんを見て思ったことがひとつ。
「そう言えばリーゼさん」
「何かな?」
「要約すると色仕掛けで、その領主の懐に入り込むって作戦なのは分かりますけど、リーゼさんがそれを引き受けても良かったんじゃ?」
「ん?どういう意味かって聞いてもいい?」
「ですから、ドレスを着て領主の屋敷に堂々と忍び込んで暗殺するって点で、冒険者として実戦慣れしているリーゼさんの方が適任じゃないかってことです」
領主の趣味好みがどうだかは知らないが、リーゼさんの容姿やスタイルなら、色仕掛けと言う方向性として考えればむしろアイリスより向いているんじゃないか、と伝えると。
「あらあら、もしかして私、口説かれちゃってる?」
……何故かリーゼさんがニヤニヤし始めた。
「なんでそうなるんですか」
「だってほら、リオくんから見て、アイリスさんよりも私の方が女としての魅力があるってことでしょ?」
「俺が、と言うか。客観的に見てですかね」
「ふーん?どの辺が?」
「へ、いや、それは……」
今ここでそれを訊かれても困るんだが。
「た・と・え・ば……"この辺"、とか?」
するとリーゼさんは、ローブの胸元を少し緩めて、腕を組んで、ぐぐっとその大きな一対の"ソレ"を寄せ上げた。
元々胸元が大きく開いたローブだから、その谷間が……谷間が……ッ!
「そ、それも含めてです……」
いかん、目のやり場に困る!!
目を逸らして……逸らした先にアイリスがいて、思わず彼女の形の良いソレに目が行ってしまい、
「どこ見ているのですか、すけべ」
パッと腕で胸元を隠しながら、死ぬほどクールにそう言われてしまった。
否定できないのが悲しい男の性だ……
収拾が付かなくなりそうになったところで、「ン"ン"ッ」とワーカーマスターが咳払いをしてくれた。
「会議を続けてもよろしいか?」
真面目な方で助かった、すいません。
気を取り直して、リーゼさんもローブを正してから、会議の続きだ。
その後、細かい点やアイリスがグリードの暗殺に成功した際の騎士団の介入タイミングなど、不自然にならない程度のマッチポンプ作戦が詰められていく。
ちなみに、リーゼさんが暗殺の実行役をするか否かについては"否"とされており、その理由としては、
「私はエルフだからね。人間の中には、亜人に対して差別したがる人もいるから」
と言う、リーゼさん本人の口から語られた、至極真面目で――少し悲しい理由だった。
俺からすれば、耳の形が違うだけでどうやって差別するのかが分からないんだが、それは俺がロクな教育を受けていなかったから、と言うのもあるだろう。
差別意識って言うのは特に理由などなく、『差別するように教えられたから差別する』と言うものがほとんどだと聞いたことがある。つまりは何も考えもせずに、"こう"だからとりあえず差別しておけばいいと思っているってことだな、くだらない。
教育を受けていなかったから差別意識も生まれなかったと言うのは、皮肉なものだ。
それはそれとして、もしグリード領主が亜人に対しての差別意識があったら、リーゼさんの美貌に釣られることは無い、と言う理由もあるし、実際に貴族のお嬢様だったアイリスしか適任者がいなかったと言うらしい。
「……以上だな。では最後にもう一度、この作戦に異論は無いか?」
ワーカーマスターがこの場の全員に問い掛け――異論無し。
「では、これにて解散とする」
余計な言葉はいらない。
何せこの会議が極秘どころではない、暗殺を合法化するためのマッチポンプ、そのマッチポンプを行うための出来レースの根回し。
ようするに、とってもめんどくさい『大人の事情』満載だ。
ぞろぞろと執務室を後にしていく俺達。
窓の外はもう暗くなっている。
「おぉ、そうだゴンザレス。今日はウチで飯を食ってくか?今日、腕のいい料理人を雇ったんだ」
アンドリューさんは、先程の会議など大した内容では無かったかのように、ゴンザレスさんを夕食に誘っている。
「それは嬉しいお誘いだけどぉ、ごめんねぇアンちゃん。アタシもこれからお店の開店準備をしなくちゃなのぉ。今すぐ戻って、急いで支度しなくちゃ」
「うむ、それもそうか。引き留めて悪かったな」
「今回の件が全部終わったら、ね?」
茶目っ気たっぷりに片目を閉じて見せるゴンザレスさんは、足早に酒場を後にしていく。
それを見送ったら。
「さて、オレ達も帰るか。シャオメイが旨い飯を用意してくれているだろうからな!」
「そうですね、私もお腹空きましたし」
シャオメイさんの料理が楽しみです、と嬉しそうに微笑むアイリス。俺も楽しみだ。
しかし、領主暗殺か。
万事滞りなく、上手く事が運べばいいんだが……




