49話 リーゼの黒い算段
そうしてまた一方、リーゼは白銀級の権力を使い、ネオライトのギルドの執務室でギルドマスターと対談していた。
ネオライトのギルドマスターは『ワーカー』と言い、元冒険者らしい細くもガッシリした体格を持つ以外はどこか凡庸で、真面目と言う言葉を体現したような――どこにでもいそうな中年の男だった。
「……つまり現状、風土悪化の原因は全く不明であると?」
リーゼがギルドマスターに訊ねていたのは、ネオライト周辺の風土が急激に悪化していることについてだった。
今朝、宿屋の主人から聞かされた、前領主の急病死や、農作物の凶作。
その風土悪化の原因が、広範囲の生態系に害を及ぼすような危険な魔物であれば自分が討伐する、とリーゼはそのように見通しを立てていたのだが。
「あぁ。調査隊にこの街の周辺に危険な魔物やその痕跡が残っていないか、もしくは危険度の高い動植物が活動していないか調べさせたが、調査結果は完全に空振り。何も分からず終いだ」
外来種の魔物が疫病を運び、周辺一帯に伝染させてしまっていたケースも過去にあったが、仮にそうだとしても、足跡や体毛と言った痕跡や、感染した原生生物も何も確認出来なかったことは無い。
「そうですか……」
「逆にリーゼさん、あなたは何か心当たりは無いか?どんな些細なことでもいい、今はとにかく情報が欲しい」
今度はワーカーの方からリーゼに何か心当たりは無いかと訊ねる。
リーゼは「ひとつあるとするなら」と前置きを置いて言葉を選んでから。
「ここ数日、星の運行や月の満ち欠けに乱れが見えました。吉位が一定方向にしか向いていなかったり、月の満ち欠けのペースが異常に早かったり、通常では有り得えません。……風土の悪化との関連性があるかは分かりませんが、何か尋常ならざることが起きているのでは、と私は考えています」
「ふむ、天体に怪しい動きがあると?私は天体に詳しくないので、専門家に相談する必要があるが……いや、情報提供に感謝する」
関連性は不明、しかし全くの無関係とは思えない。
根拠などはまだ薄弱だが、数少ない情報に変わりはない、とワーカーは頷いた。
「ありがとうございます。それともう一つ……現在、ネオライトの新領主が随分好き勝手をしている、と市民から聞きましたが、実際のところは?」
リーゼは次に、ネオライトの新領主について質問した。
するとワーカーは片手を額に置いて、深い溜め息をついた。
「……それも大きな問題でな。街全体が風土悪化に苦しんでいる時に増税など、正気とは思えん」
奴はこの街を滅ぼしたいのか、とワーカーは愚痴を溢す。
「しかも直近では、若い女性を屋敷に連れ込んで滞在させ、帰さないと言う有り様だ。何故あんな男が領主になどなれたのだ、全く嘆かわしい……」
「……若い女性を」
リーゼは、アイリスやエトナ、シャオメイのことを思い浮かべる。
彼女らは三人とも年頃の娘だ、その新領主とやらが興味を示さないとも限らない。
「私の方から、騎士団に密告しましょうか?」
ワーカーもそんな横柄な新領主に不満を募らせているのだから、騎士団に通報して取り締まらせることは出来るはずだが、何故かそれを実行することが出来ないらしい。
故にリーゼは、外部者である自分の口から密告しようと申し出たのだが、
「そのお気持ちはありがたいが、新領主――『グリード』の背後には大きな後援があるらしく、しかも奴の周りには腕っ節の強い部下や傭兵で固めている。騎士団も迂闊に手を出せん始末だ」
騎士団すら手出しするには躊躇われるほどの強権を持つと言う。
リーゼは少し考えてから、
「……最低でもそのグリード領主とその息のかかった者達は、市民からも騎士団からも快く思われていない。その認識で良いでしょうか?」
「まぁ、その通りだが……市民や冒険者に武器を持たせての武装デモなど以ての他だ。それこそ奴は大義名分の元に鎮圧と言う名の虐殺を喜んでやるだろう」
そんなに簡単な話では無い、とワーカーは言うが、
「あら、もっと簡単な話がありますよ?」
例えば、とリーゼは微笑を浮かべながら、
「もしもグリード領主が"急病“で亡くなられたら?それこそ、"急病“で亡くなられた前領主のように」
「…………まさか」
リーゼの言わんとしていることを理解し――さらにもうひとつ思い当たる節があったのか、ワーカーの顔が青褪める。
「風土の悪化、なんて分かりやすい舞台装置がありますもの。急病で亡くなったと聞いても、誰もそれを疑わないでしょうね?」
ニコニコしながら続けるリーゼに、ワーカーは慌てて「待て、待ってくれ」と待ったをかける。
「相手は仮にも領主だ。もし殺害などすれば、あなたは重罪人認定として国際指名手配される。そうなれば、あなたが所属している商隊も一緒くたにされてしまう」
「違いますよギルドマスター。人が人を殺せば確かに犯罪ですが、"病死“では仕方ありません。そうでしょう?」
リーゼは先程から"急病“、"病死“と言う単語を頻りに口にしているが、その実『とんでもない力業』による解決を試みようとしていることは、ワーカーもとうに理解しているが、
「いや、しかし……リーゼさん。部外者であるあなたが、何故こうもこの街のことを案じてくれる?」
ワーカーとしてはそこが疑問だった。
それに対してリーゼは「理由は単純です」と頷いた。
「市民の血税と女の子を食い物にするようなクソ野郎を、ブチのめしたいだけですよ♪」
とっても物騒な理由だった。




