48話 アットホーム過ぎる職場です
リオとアイリスが旧鉱山でオークの間引きを行っている一方で。
エトナはシャオメイを連れて、馬車の停留地――自分用の馬車にいるアンドリューの元に訪れていた。
アンドリューの馬車は、幌の中に小さいながらもベッドや机と椅子を備えた、安い宿屋の個室のような仕様になっている。街に停泊している間、彼自身は基本的にここで寝泊まりしている。
エトナは自分の机仕事をする際、馬車から机と椅子を外に引っ張り出して、青空の下で行う。ちなみに雨の日は馬車の中で行う。
そのエトナはシャオメイを連れて何をするのかと言えば。
「隊長、おはようござ……ぅっ」
まだ寝ているだろうアンドリューを起こそうと彼の馬車に入ろうとすると、途端に強烈な酒気がエトナの嗅覚を突く。
「うわ、スゴいお酒臭イですネ……」
シャオメイも顔をしかめて鼻を押さえている。
エトナは前職が前職だけあっただけに、酒気臭い冒険者の相手をしたことは何度もあるので、多少は鼻が慣れており――幌のカーテンを思い切り引っ掴んで全開にした。
「ぬぅ……眩しぃ……」
幌の中のベッドで、アンドリューはなんともだらしない格好で寝転がりながら呻いた。
瞬間、エトナは自身の【鑑定】スキルを発動、対象は人物――アンドリュー。
・・・状態異常【二日酔い】【寝不足】…多量の飲酒に加えて睡眠時間も短い状態。解除には水分補給と三時間以上の睡眠を推奨。
……鑑定するまでもなかった。
「……隊長、おはようございます。もう朝ですから、早く酔いを醒ましてください。とっても酒臭いです」
エトナとしては報告と相談があるから、こうして馳せ参じたと言うのに当のアンドリューは、
「んやぁ、昨夜はつい飲み過ぎちまってなぁ……すまんが、昼まで寝かせてくれぇ……」
完全に二日酔いである。
「ダメです。早く湯浴みして着替えて、ついでに歯磨きもしてください。急ぎの案件があります」
仮にも上司を相手に毅然とした態度で鞭を打つエトナ。どう見ても酔っ払った祖父としっかり者の孫娘にしか見えない。
「いやぁ、しかしだなぁ……」
寝不足+二日酔い=昼まで惰眠を貪る と言う図式を信じて疑わず食い下がるアンドリューだが、エトナは早々に切り札を切ることにした。
「シャオメイさんが、商隊入りのことで、相談がしたい、とのことです」
アンドリューが聞き逃さないように、区切りながら、意識的にハキハキと言うエトナ。
「なにっ!?」
目に掛けていた料理人が商隊入りすると聞いて、アンドリューは目をかっ開いて飛び起きて――すぐに「ぉっ、ぅっ」と頭を押さえて膝をついた。
「タ、隊長サン、大丈夫デスか?」
「す、すまん……外で少し待っていてくれ、すぐに整えてくる……」
吉報が嬉しくて飛び起きたのはいいが、身体が正直だったせいで、アンドリューはやや覚束無い足取りで幌の中へ戻っていく。
手荷物を手に一度馬車を出て、しばらくして帰ってきた頃には、目の下の隈がちょっと濃い以外はもういつものアンドリューに戻っていた。
「すまんすまん、もう大丈夫だ。おはようさん、二人とも」
足取りも呂律もしっかりしており、酒気も感じない。
「おはようございます。もうお昼前です」
「ハッハハッ!こりゃ手厳しい」
眉の毛先ひとつ動かさないエトナの棘のある挨拶にアンドリューは笑って流し、「それでだ」とシャオメイに向き直る。
「シャオメイがウチの商隊に入りたいと言う話だったな。もちろん歓迎だ!そろそろ専属の料理人が欲しいと思っていたところだったからな。それにあのチャーハンとサンラータンも旨かった!なぁに欲しい道具や食材があるならいつでも……」
「あのアノ、まだ決めたわけデは無くテ、相談をシタくてですネ……」
ものすごい早口で歓迎してくれるアンドリューだが、まだその前段階ですとシャオメイは訂正する。
「おっと、こりゃ失礼……」
咳払いをひとつ挟んでから。
「相談と言うと、何が訊きたいんだ?」
「エェト……」
シャオメイの相談とは、雇用に当たっての契約内容だった。
エトナに用意してもらっていた契約書を読んでもらい、質問があればその都度その場で受け答えしていく、と言う形であったが。
「こちらから質問ひとつ、いいか?」
途中で、アンドリューの方から質問が入った。
「何でしょウ?」
「お前さん、遠い国から海を渡って来たと聞いていたが、やはり料理の修行のためにか?」
「イエ、そうではナクてですネ……」
シャオメイは、昨夜にアイリスやリーゼにも話した自分のここまで来た経緯を話した。
すると、
「家を追い出された女の子が、そんな遠い国から一人で……っ、辛かっただろう、苦しかっただろう、寂しかっただろう……っ!」
アンドリューは肩を震わせて鼻声になった。
目元を大きく拭って。
「だがっ、もうそんな思いはさせんぞ!決めた!お前さんは雇う!絶対にだ!もうどこにも行かせん!……あ、もちろん強制じゃないし、お前さんの自由意思は尊重するから、そこは安心してくれ」
「い、イエ、ソノ、普通に雇ってくだサイ……」
「そうはいかん!それだけはオレの矜持が許さん!契約内容を書き直す!」
そう言ってアンドリューは契約書を取り上げると、すぐにペンを走らせる。
「……わたしの時もこんな感じでしたから、諦めてください」
エトナが横合いから、そっとシャオメイに口添えする。彼女も、自分が故郷の母と妹に仕送りをしていると言った時、同じようなことになったのだ。
「ワ、私、コレからどうなっちゃうンでショウか……」
アットホーム過ぎてなんだか大変なことになりそうだと、シャオメイは微妙に不安になった。




