44話 甲虫駆除
「――っふぅ、間一髪」
倒れて動けなくなったルインの横腹を蹴り飛ばして無理矢理その場から動かし――その0.5秒後に振り下ろされたブレイドビートルの鋏が地面を捲り上げる。
「アイリス!ルインを頼む!」
ロングソードを抜き放ちつつ、アイリスにルインを助け起こすように指示すると、彼女は「はいっ!」と力強い返事を返してくれた。
アイリスがルインを助け起こそうとしているのを尻目にしつつ、俺は未だ怒り狂っているブレイドビートルの正面に立つ。
ギジャギジャと耳障りな鳴き声を上げるブレイドビートルは、突然割って入ってきた俺に怒りを向けてくる。
「来いよクワガタ野郎。その鋏へし折って、ただのゴキブリにしてやるよ」
空いている左手の中指をおっ立てて、挑発。
すると挑発の意味が通じたのか、ブレイドビートルは激昂したように鳴き声を喚き散らし、鋏を大きく広げながら突進してくる。
鋏み潰そうって魂胆らしいが、そうは行くかよ。
――【タイム連打】、発動解除発動解除発動解除発動解除発動解除……
元より大して速くもないブレイドビートルの動きが、さらに鈍重に見える。
……それによく見ると、ブレイドビートルのあちこちに深い傷がいくつも刻み付けられている。恐らくはヒルダの水属性魔術か、ルインの魔法剣による攻撃によるものか。
なんだ、意外と善戦していたみたいだな。
ブレイドビートルの鋏の高さを確認してから、――【タイム連打】、解除。
瞬間、勢いよくブレイドビートルの鋏が左右から迫り来るが、慌てずにその場で前転し、ブゥンッと風切り音を立てて空振りした鋏の"真下“を潜り抜ける。
――【タイム連打】、発動。
ルイン達が与えた傷痕の位置を確認し――右鋏の付け根辺り、ここだ!
――【タイム連打】、解除。
「っしゃらァッ!」
水属性攻撃によって脆くなった、右鋏の付け根にロングソードを叩き付け――ブレイドビートルの右鋏を支える関節が、ブヅンッと音を立てて千切れ飛んだ。
ギギジャジャァァァッ、と悲鳴を上げるブレイドビートルは、自慢の鋏の片方を失ったのを目の当たりにして、慌てて後ずさる。
ビビっているなら好都合だ、もう一歩踏み込んで走り出し、ブレイドビートルの腹下に潜り込んで、
「おらァッ!」
ダッシュの勢いをそのままぶつけるように下から上へ斬り上げ、ブレイドビートルの弱点である腹下を斬り裂いた。
次の瞬間にはブレイドビートルは俺を押し潰そうと身体の右半分を持ち上げて、勢いよく振り下ろすが、それは読めているので深追いせずに飛び下がって回避、ついでに脚の関節を斬りつけておく。
ついで、だが、この積み重ねが後で生きる。
これで終わりと思うなよブレイドビートル、お前はここで駆除してやるよ。
――信じられない光景だった。
まさか今際の自分を救ったのが、あいつ――リオだったなんて。
仲間の、アイリスと言うらしい銀髪の美少女に助け起こされながら、ブレイドビートルに一人で立ち向かうリオを見ていた。
ダメだ逃げろ、お前一人で勝てる相手じゃない、と叫びたいのに、過呼吸で渇きへばりついた喉では声が出ない。
鋏を広げて突進するブレイドビートルに対して、リオはまるで棒立ちだ。
勢いよく閉じられる鋏、しかしリオはその場で地面を転がり――鋏の真下を潜り抜けた。
そればかりか、鋏の付け根を正確に狙った一撃が、ブレイドビートルの右鋏を斬り飛ばした。
自分やヒルダが必死に攻撃しても傷を付けるのが精一杯だったのに、リオは単独でそれをいとも簡単に成し遂げてしまった。
あ り 得 な い 。
リオのスキルはハズレであり、遅かれ早かれいずれ、冒険者として頭打ちになるはずなのに。
なのに、銀級の自分達ですら倒せない――しかも、怒り狂って非常に危険な状態の――ブレイドビートルを、たった一人で相手取っている。
手にしているあのロングソードが特別なのか?
いいや違う、あれはいつも見ていた、王都の鍛冶屋製の量産モデル……冒険者用の、"普通の長剣“だ。
鋏の片方を失ったブレイドビートルはさらに怒り狂い、もう片方を激しく振るい、リオを踏み潰そうと暴れ回る。
だがリオは防戦一方になるどころか、ブレイドビートルの攻撃を躱しながらもカウンターを叩き込み、しかもそのカウンターのひとつひとつが、ブレイドビートルの関節などの脆い部分を的確に突き潰していく。
まるで、ブレイドビートルの一挙手一投足全てを先読みしているかのように。
脚を斬り落とされ、もう片方の鋏が千切られ、傷付いた外甲殻の隙間の脆い肉に切っ先を突き込まれ、斬り裂かれた腹部から体液を撒き散らし、また脚を斬り落とされていく。
逃げることも抵抗することも出来なくなり、弱っていくブレイドビートル。
――これが、リオの本当の実力なのか。
「こいつで、く た ば れ ッ!!」
リオの烈帛と共に放たれたロングソードの切っ先が、容赦なくブレイドビートルの顔面に深々と沈み込み、念入りに息の根を止めるべく二、三回と捻り、顔面を内側から抉り出すように引き抜いた。
ギ、ギジ、ャ……と静かな断末魔を溢し、ブレイドビートルは脚を伸ばして脱力し、ズズゥンとその超重量の巨駆を横たえた。
ブレイドビートル、討伐。




