43話 あいつの顔
――リオを追放したその日から、全てが狂い始めた。
期待の銀級冒険者のマイケルはまるで使えないままに死んだ。
それ以降も、フリーの銀級や黒鉄級を勧誘し――誰も彼もが役立たずだった。
リオのようなハズレスキルの冒険者ですら出来ることがどうして出来ないのか。
三人だけで動けばいい、と考えたこともあったが、長らく四人パーティで活動していたせいで、一人分いないことの負担が大きくのしかかった。
そんなことが続いたせいで依頼は失敗ばかり、報酬金はろくに入らず、装備の消耗や道具の消費は嵩み、補填すらまともに出来なくなり、それがまた依頼の失敗に繋がり……悪循環を生んだ。
結果的に周囲からは「【紺碧の刃剣】は落ち目だ」と嘲笑されるようになった。
新たに勧誘しようにも「【紺碧の刃剣】に入ったら死ぬ」と言う根拠の無いジンクスまで広まった。
ここ直近は、銀級揃いの【紺碧の刃剣】らしからぬ、地味で安い依頼で少しずつ資金を貯めていたが、それも装備や道具の補填ですぐに消え、酒場や宿屋での食事も切り詰めなければなかった。
スコットとヒルダの顔も暗くなり、目も死につつあった。
冒険者になってから、こんな惨めったらしい思いなんてしたことがなかった。まるで昔の、スラム街で貧しく寒々しい生活に逆戻りしたようだった。
この事態を打破すべく、ここでひとつ大きな依頼を受けようと提案した。
ちょうど今、銀級以上を推奨される『ブレイドビートル』の討伐依頼が舞い込んで来ていたため、渡りに船と言えた。
ブレイドビートルは、クワガタムシのような大型の甲虫型の魔物で、その名の通り大剣のように鋭く巨大な鋏と、並みの刃や攻撃魔術では全く歯が立たないほど頑強な外甲殻を持つため、地域によっては飛竜種よりも危険度が高く指定されることもある。
弱点は肉質の柔らかい腹部だが、危険な鋏による攻撃を掻い潜って懐に飛び込む必要がある上に、腹下にいる冒険者には巨重を活かして押し潰してくることもあるため、狩猟する際のセオリーとしては、脚の関節や鋏の継ぎ目を狙って弱らせ、動きが鈍り始めた頃に弱点の腹部や頭部を一気に攻め立てるのが望ましい、とされる。
また、水属性や氷属性の魔術であれば外甲殻にも有効打を与えられるので、それらが使用できる魔法使いなどがいるパーティは積極的に外甲殻の破壊を行うべし、とも言われる。
出没地は、王都と歓楽街ネオライトの間、どちらかと言えばネオライト寄りの、森林付近の街道。
周辺の植生物や野生動物が食い荒らされ、既に人的被害の報告も上がっており、緊急性の高い依頼だったので、これを達成すれば【紺碧の刃剣】は落ち目などと言う汚名を返上出来る。
戦法としては、ルインが前衛、スコットが撹乱、二人がブレイドビートルの注意を引き付けている間に、ヒルダの攻撃魔術でダメージを与え、隙が見えればルインとスコットが畳み掛ける。
シンプルで不確定要素に頼らない、長期戦にはなるが堅実的。
今度こそ失敗は許されない、そう意気込んでブレイドビートル討伐に臨んだ――
が、実際にはどうだ?
巨大な鋏を軽々と振り回すそれは、注意を引き付けるのさえ綱渡り、自身にとっての脅威はヒルダだと気付くと、ブレイドビートルはヒルダを執拗に狙い始めた。
なんとかヒルダから引き剥がそうと、スコットは腹部に取り付こうとしたが、鋏に薙ぎ払われて負傷してしまった。
決死の覚悟で、水属性の魔法剣で外甲殻の継ぎ目のひとつを破り、ようやくブレイドビートルの注意が自分に向けられ、その間にヒルダにスコットの救助をさせて、
――今、絶望的な戦いを強いられていた。
自慢の外甲殻を破られたブレイドビートルは怒り狂い、何がなんでも排除しようと暴れまわる。
ここで逃げようにも怒り狂っている今、どこまでも追い掛けてくるだろう、そうなれば負傷して足の遅くなったスコットでは追い付かれてしまう。
であれば最低でも、ブレイドビートルが諦めて立ち去るまでは。
「ハァッ、ハッ、ハァッ、ハ……ッ」
一撃でも喰らえば動けなくなるだろう鋏の攻撃を幾度も躱し、体力と神経は削られる一方。
魔法剣に必要な魔力もそろそろ足りなくなるかもしれない。
対するブレイドビートルも、魔法剣で斬りつけた部分はいくつもあるが、全く弱る気配がない。むしろ怒り始めた時よりも興奮状態だ。
ギジャァギジャァと耳障りな鳴き声を上げながら、ブレイドビートルは力任せに鋏を何度も地面に叩き付け、捲り上げる。
「(クソッ……そろそろ諦めろよ!)」
次の瞬間には踵を返して森へ消えていくのではと期待を抱いては砕かれてを繰り返し、
不意に爪先が何かに引っ掛かり、ガクンと膝が折れた。
「な……!?」
転ぶのと同時に、躓きの正体――ブレイドビートルが捲り上げていた地面――に気付いた。
疲労困憊の今、一度倒れてしまったら、もう立てなかった。
「(ヒルダとスコットは、逃げ切れたか……?)」
近くの街――ネオライト辺りに逃げ込めただろうか。
ズズンズズンと足音を響かせて、ブレイドビートルが迫る。
「(あぁ、クソ……ここで、死ぬのか……)」
もし、もしも、この依頼にリオがいれば、ブレイドビートルを倒せていたのだろうか?
間際に浮かんだのは、失望と怒りで歪んだ、リオの顔。
ブレイドビートルが鋏を振り上げる影。
これで何もかも終わりだ。
意識を手放し――かけた瞬間、
「ごっ、ばがっ!?」
突然横腹に強い衝撃――だが、ブレイドビートルのそれではなかった。むしろブレイドビートルの鋏はその後で地面に叩き込まれた。
衝撃で吹き飛ばされて、地面を転がった際に見えた。
もう二度と見ないと思っていた、あいつの顔が。




