36話 正当防衛
聞き違いかと思おうとしたが、
「そんな誘ってるような服着てさぁ、ねぇ?ほら、可愛がってあげるからぁ」
「こ、困りますカラ、やめてくだサイ……っ」
うん間違いなくシャオメイの声だ、しかも声音からして嫌がってるな。
ここで見てみぬフリをするのも気分が悪いし、仕方ない。
シャオメイの声がする方に足を向ければ、
案の定、ガラもアタマも悪そうな酔っ払いおっさんがシャオメイに迫っているので、ぱっと間に割って入って。
「うちの連れに何か?」
「リ、リオサン?」
さも「身内の者です」感を出しつつ、手で制する。
「あぁ~?んだぁこのガキぃ、邪魔しやがってぇ」
うわくっせぇ!?酒だけじゃなくて何食ったんだこのおっさん。
とりあえずこのおっさんは無視して。
「シャオメイ、知り合いか?」
知り合いなわけないだろうが、一応訊いておかないとな。万が一知り合いだったら、遠慮なくぶん殴るわけにもいかんし。
「い、イエ、違いマス!」
「そうか。なら行こうか、みんな待ってるぞ」
手を引いてシャオメイを連れ出そうとするが、
「おぉぃ!おれの獲物に手ぇ出しやがってよぉ!」
俺に邪魔されたのがそんなに癪だったのか、酔っ払いおっさんは俺に殴り掛かろうと拳を振り上げてきた。
――【タイム連打】、発動。
ピタっとこの瞬間の時が止まる。
ガタイはあるがしょせん素人、ただ単に力任せに殴ってくるだけのようだ。
……が、ここは街中で相手は仮にも一般人、対する俺は冒険者。
街の外で破落戸を相手にするのとは訳が違う、法を突きつけられたら悪者扱いされるのはむしろ俺の方になる可能性が高い。
うーん、こう言う時冒険者の立場って不利なんだよなぁ。
仕方ない、ここは正当防衛に頼るか。
――【タイム連打】、解除。
と同時に酔っ払いおっさんの拳が振り下ろされてくるので、歯を食い縛りつつ、殴られる――寸前に仰け反って受け流す。
「リオサン!?」
シャオメイが悲鳴のような声で俺を呼ぶが、問題ない。
「……正当防衛だ、あとは騎士団にでも泣き付くんだな」
はい大義名分いただきました、と同時に軸足を踏み込んで回し蹴り、酔っ払いおっさんのダボついたビール腹を蹴り飛ばす。
「ゴッ、オッゲュブウボロロロロロァ……!?」
盛大に吐瀉物を吐き散らしながら、酔っ払いおっさんは吹っ飛び、壁にぶつかって気絶した。そこで寝とけ。
「リオサンっ、大丈夫ですカ!?」
「平気だ、寸前で受け流したからな」
それでもちょっとは痛いけど。
「ご、ごめんなサイ、私ノせいで……」
自分のせいで俺が殴られたと思っているシャオメイ。
「気にするな、俺が勝手に首を突っ込んだだけだ」
「ですケド……」
責任感を持つのはいいけどな。
「ここは歓楽街で、治安があまりいいとは言えないからな、夜に女の子が一人で出歩くのは危険だろ。今日のところは、俺達と一緒にいた方がいい」
さっき宿屋で四人部屋を借りたから、事情を話せば入れてくれるだろう。
「は、ハイ」
顔見知りに助けてもらえるからか、シャオメイの顔の不安が弱まる。
先ほど借りた宿屋にシャオメイを連れて戻り、受付の人にさっき借りた四人部屋にこの娘も入れていいかと訊ねて、問題ないことを確かめてもらってから、三人のいる四人部屋に連れていく。
「あの、リオサン。四人部屋って聞きましたケド……」
男三人の部屋に連れ込まれると思ったか、シャオメイの足が止まる。さっきのことを考えたら不安がるのもやむ無しか。
「女性三人だから大丈夫だぞ。俺は別の部屋だしな」
「そ、ソウでしたか」
三人がいるだろう四人部屋のドアをノック。
「はーい、どなた?」
リーゼさんが応じた。
「リーゼさん、リオです。入っていいですか?」
「どうぞー」
立ち入り許可を得てからドアを開ける。
「おかえりなさいリオさん、……と、シャオメイさん、でしたか?」
アイリスが、俺の一歩後ろに隠れているシャオメイを見て目を丸くする。
この場にいる三人も、シャオメイの顔と名前は知っている。
「さっき街を歩いている時に、酔っ払いに絡まれて困っていたから、助けてそのまま連れてきたんだ。事後承諾で悪いんだが、今晩はシャオメイもここに入れていいか?」
俺の口から事情を説明し、シャオメイからも「お願いしマス!」と頭を深く下げると。
「いいですよ」とアイリス。
「構いません」とエトナ。
「さすがはリオくん、手が早いね」とリーゼさん。手が早いってなんだよ。
まぁともかく、シャオメイの身の安全は確保出来た。
「ところでリオくん、右の頬が腫れてるけど、どうかしたの?」
ふとリーゼさんが、俺の顔を見てそう言った。
「あぁ、さっき酔っ払いに殴られた時のですね。受け流したんですけど、腫れたのか」
言われてみると右の頬がジンジンと痛む。
「あらら、名誉の負傷ってやつだね。ちょっとそこに座って」
リーゼさんの言う通り、ベッドに腰かける。
「冷たいけど我慢してね……」
するとリーゼさんの左手が俺の頬に添えられ――ひんやりとした冷気が包み込む。氷属性の魔力か。
「どう、気持ちいい?」
「はい」
大して腫れてるとは思わなかったが、なんとなく腫れが引いていくように感じる。
……頬に手を添えられているからか、リーゼさんの顔が近い。
もう少し近かったら、キスでもされそうな間合いだ。
「ふふ、キスでもしちゃいそうな間合いだね?」
「ッ!?」
俺の心を読んだのか、リーゼさんがいたずらっぽく微笑んだ。
心臓に悪いぞこの人……ッ
「はいおしまい。それじゃぁ、夕飯食べに行こっか」
リーゼさんの手が離される。
……なんだか名残惜しいな。
手当ても済んだところで、夕食の時間だ。




