34話 不自然な星空
異国の少女料理人こと、シャオメイとのファーストコンタクトを終えてから。
商隊の馬車と焚き火の中間位辺りに座り、すぐに抜ける手元にロングソードを置く。
これから夜明けまでは不寝番だ。
焚き火が小さくならないように、定期的に薪をくべて不寝番がいることを強調する。
自分の持ち場だけでなく、この場から見れる範囲で他の焚き火も確かめる。
もし小さくなっている焚き火を見かけたら、持ち場を担当している冒険者が居眠りしている可能性があるからだ。
今のところそんな心配は無さそうでなので、焚き火を眺めつつ適度に枯れ枝を放り込む。
商隊も寝静まり、体感的にそろそろ日付変更を迎える頃合いかと思っていると。
「お疲れさま、リオくん」
後ろから声を掛けられたので振り返ると、リーゼさんがマグカップを二つ片手ずつに持っていた。
「はい、眠気覚ましにコーヒーをどうぞ」
「ありがとうございます」
リーゼさんがマグカップを差し出してくれたので、それを受け取る。
軽く息を吹き付けて、淹れたてのそれを一口。
「ふー……」
無糖の苦味が眠気に効く。
「隣、失礼していい?」
リーゼさんが座っていいかと訊いてきたので、「どうぞ」と焚き火の正面から場所を少しずらして座り直す。
「ありがとう」
俺の隣に座り込んだリーゼさんもマグカップを口に近付ける。彼女の方のマグカップはホットミルクのようだ。
静かな時間が少しだけ流れてから、ふとリーゼさんの方から話題を振ってきた。
「そう言えばリオくんは、どうして冒険者になろうと思ったの?」
「そうですね、「冒険者になりたかった」んじゃなくて、他に道が無かったからです」
「他に道が無かったから?」
「俺、元々は王都のスラム出身――孤児なんです。ロクな学も無いんで、冒険者になるぐらいしか、金の稼ぎ方を知らなかったんですよ」
「……そう、なんだね」
俺がスラム出身の孤児と聞いてか、リーゼさんは気まずそうに声のトーンを落とした。
「ま、スラム出身の孤児が冒険者になるなんて話、そう珍しいことでも無いですし」
気にしないでくださいと、と付け足したのだが、リーゼさんの顔は浮かないままだ。
「うぅん、そうじゃなくて。スラムは闇ギルドの構成員が増える原因でもあるのよ」
「闇ギルドの構成員?」
ついこの間にもその単語を聞いた。
しかしその構成員が増える原因がどう繋がるのか?
一呼吸を挟んでから、リーゼさんはその理由を懇切丁寧に答えてくれる。
「スラムは犯罪の温床になりやすく、騎士団や自警団の目も届きにくいから、犯罪者の潜伏先になりやすい。また、スラムが増えれば治安悪化に繋がるから」
「……あぁ、そう言うことですか」
スラムのような統治が行き届かない場所の数と、犯罪者の増える数は比例すると言うことか。
犯罪組織である闇ギルドは、そんなところから『使いやすい捨て駒』を引き抜いているんだろうな。
何故なら、スラム人は基本的にみんな金が無い。だからちょっとした小金をチラつかせられたら、どれだけ怪しい奴から、どれだけ怪しいことを頼まれようとも、それを受けたいと思うだろう。
「そうして上手くやりおおせた奴は、素質アリとしてスカウトし、闇ギルドに引きずり込む、と?」
「そう、正解。だから、リオくんが闇ギルドの構成員にならなくて良かったって。あなたのような有望な冒険者が、犯罪組織の鉄砲玉になるなんて、冒険者ギルドの損失だもの」
「そんな大袈裟な」
俺みたいなハズレスキルの冒険者なんて、むしろギルドの面汚しだと思うんだが。
そのハズレスキルのせいで、俺は【紺碧の刃剣】から追い出されたんだ。
まぁ怪我の功名と言うべきか、追い出されたおかげでアンドリューさんやアイリス、エトナ、リーゼさんとも出会えて、こうして旅をしているわけだが。
「さて、私はそろそろ寝ようかな。リオくん、不寝番頑張ってね」
「はい。おやすみなさい、リーゼさん」
ホットミルクを飲み干して、リーゼさんは立ち上がり、
「……あら?」
不意に、夜空を見上げたまま真顔になった。
「リーゼさん?どうしました?」
どうしたのかと思って声をかけると。
「………………星の動きが、何かおかしい」
「星の動き?」
神妙な顔と声で何を言うのかと思ったら。
「別にいつもと変わらない……と言うか、違いが分かるんですか?」
「リオくん、"九星気学“って知ってる?」
「すいません、不勉強なもので」
「簡単に言うと、方位の吉凶を知るため……運がいいか悪いかどうかを占うってこと」
「運が良いか悪いかを占うってところだけ分かりましたけど、魔術とかですか?」
運の良し悪しなんて、その時の状況で勝手に決まるものだと思ってたんだが。
「いいえ、魔術や呪術の類いではなくて、れっきとした気学だよ」
よく分からないが、リーゼさんが言うには、今夜の星空は何だか不自然らしい。
「………………やっぱり、星の運行周期がズレてる。それに、月の満ち欠けも……吉位が一定方向にしか向いていない?これは一体……」
ぶつぶつとよく分からないことを呟きながら、リーゼさんは馬車に戻っていく。
改めて星空を見上げてみる。
真っ赤な月とか流れ星が見えたなら、何だか不吉だなーくらいには思えるんだが、何もおかしいところは無いように見える。
……っと、リーゼさんと話し込んでいたら焚き火が弱くなっていた。
急いで枯れ枝と薪をくべて火の勢いを強め直す。
パチッと音を立てて、燃える枯れ枝が焚き火からこぼれ落ちた。




