33話 異国の料理人
腹を空かせたスライムにサンドイッチをくれてやってから。
昼食休憩を終えてからまた歩みを進め、そろそろ日が暮れ始める頃になって、今日はここで野営だ。
俺は今夜不寝番を担当するので、一晩中起きておく必要がある。夜明けを迎えたら昼までぐっすり眠らせてもらうつもりだ。
商隊の馬車の列を囲むように焚き火を作り、冒険者四人がそれぞれ四方の守りにつく。
焚き火のための薪を組み立てていると、
「お?なんかすげぇいい匂いがするぞ」
「今日の晩飯、何だろうなぁ」
他の冒険者がそう呟いたように、旨そうな匂いがこちらにも漂ってくる。
食欲を刺激する香辛料を効かせた香り……あー、腹が減ってきたな。
手早く薪と乾し草を組み立てて、火打ち石で着火すると、すぐに乾し草から薪に火が燃え移って朱い柱を立てるのを確かめたら、他の冒険者を手伝いにいく。
四方の焚き火を作り終えたら、俺達も夕食を貰いにいく。
「おぉリオ、お疲れさん」
既に夕食をいただいているアンドリューさんに声をかけられたので、そっちに向かって。
「お疲れさまです。……っと、それ、今日の晩飯ですか?」
アンドリューさんの手元にあるトレーに並んでいるのは、彩りの良いライスに、辛そうな色合いのスープ。見たことがない料理だ。
「うむ。なんでも、炊事担当者の一人の提案で作られたものらしくてな。何だったか、"チャーハン”と、"サンラータン”とか言うんだ」
「チャーハン?サンラータン?確かに聞いたことのない料理名ですね」
王都では見聞きしないものだ、異国の料理なのだろうか。
「とにかくお前さんも貰ってこい、これは旨いぞ!」
そう言いながらも、チャーハンにがっつくアンドリューさんは、文字通り頬が落ちそうになっている。そんなに旨いとは、楽しみだ。
「じゃ、俺も貰ってきますね」
踵を返して、臨時の炊事場へ向かう。
そうして見えたのは、大きな黒い鉄鍋を振るい、チャーハンとやらを宙に舞わせている――女の子。すげぇ調理法だ、しかもライスの一粒もこぼれていない。
栗色の短髪を二つに結い、それを丸っこいリボンのような髪飾りの中に纏めているらしい、不思議な髪型。
身に付けている衣服も、エプロンはともかく、その下にあるのは袖の短い赤一色の服に、飾り紐が付けられ、何かの紋様が描かれた、これまた不思議な服。
「まだ貰ってナイ人はいマスかー?」
そしてその女の子の喋り方も、どこか不慣れで訛りのある発音だ。言語が異なる、別の大陸の国から渡ってきたのだろうか。
「あぁ、貰っていいか?」
まだ貰ってない人はいますかと言っているので、素直に挙手して呼び掛ける。
「あ、ハイ。すぐに用意しますネ」
そう応じた女の子は鉄鍋にお玉を突っ込んで掬い上げて平皿にこんもりと盛り付け、サンラータンと言うスープは、具をたくさんよそってくれる。
「冒険者の方デスよね、たくサン食べてくだサイ」
チャーハンとサンラータンと、コップに入れた水をトレイに乗せて、差し出してくれるそれを受け取る。
「ありがとうな。いただきます」
軽く頭を下げて会釈。食事の時間で最も偉いのは料理人だ。
アンドリューさんのいるところまで戻ってくると、お隣いいですかと一言断り、「構わんぞ」と上機嫌に頷くアンドリューさん。
腰を下ろして、いざご賞味だ。
チャーハンの小山にスプーンを入れて、一口。
おぉ……これは!
「どうだリオ、旨いだろう?」
よく噛んで味わって、飲み込んでから。
「旨い!ライスと言うと、もっとプレーンなイメージがありましたけど、炒めているのに焦げてないし硬くない、ライス自体にしっかり味がある!」
「うむ!細かく刻まれたポークと野菜、卵も一緒に炒めているから、食べ応えもいい!これは止まらんなぁ!」
続いてはサンラータンだ。
具をたくさん掬って、一口。
これもしっかり噛んで味わって。
「これもいい!辛さと酸っぱさがちょうどよくブレンドされてて、食欲を刺激しますね!」
「スープにとろみがあるようだが、これにも卵を使っているな?いや、こんな旨い料理は初めてだ!」
アンドリューさんと一緒になって、わははハッハハッと笑いながらの食評会のようになってしまったが、旨いものは旨いんだから仕方ない!
まさか旅の途中、それも野営の時にこんな旨い料理を食べられるとは思わなかった……
周りを見れば、商人も冒険者も関係なく、チャーハンとサンラータンに舌鼓を打ち、笑顔で旨い美味しいと喜んでいる。
チャーハンもサンラータンも夢中になって食べていると、気が付いたら無くなっていた。
サンラータンは辛かったので、食後の水が染み渡る。
「ふー、ごちそうさんでした」
トレイを持ち直して、食器を返しにいく。その間際にアンドリューさんが「これは、チャンスかもしれん」と呟いていたのは気のせいだろう。
さっきの異国の女の子の元まで来ると、彼女も自分の食事を食べ始めていた。自分の分を最後まで後回しにしていたようだ。
「ごちそうさまでした。旨かったよ、ありがとう」
「ア、えぇと……お、オソマツサマ、でシタ。食器はそこニ置いていてくだサイ」
彼女が指したところに、既にいくつか食器が積まれているので、そこに重ねておく。
「ところで君、大陸の外から来た人なのか?言葉に訛りがあると言うか、片言と言うか」
「ハイ、ここカラずっと東の方から、船を乗り継いで来マシた」
この大陸からずっと東の方の、遠い大陸から海を渡って来たのか。
すると女の子は姿勢を正して頭を下げた。
「私、『シャオメイ』と申しマス。この商隊にハ、料理人として同行させてもらっテます」
シャオメイか。やはり異国人らしいネーミングだ。
「ご丁寧にどうも。俺はリオ。アンドリューさんの商隊の専属冒険者だ。もう何日か世話になるから、よろしくな」
「ハイ、よろしくオネがい致しマス」
お互いに自己紹介と挨拶、会釈を交わしてから、俺は不寝番の持ち場に戻った。




