32話 昼食時の珍客
商隊がカイツールを出立して半日。
道中で魔物や盗賊と出会すこともなく、比較的見晴らしの良い平原を見つけたところで、昼食休憩だ。
同行していた商人の中から数人が炊事を担当してくれるので、護衛の冒険者は交代で周囲の警戒を請け負う。
俺はバスケットに包まれたサンドイッチをパクつきながら、進路の前方を警戒する。
今回も商隊の先頭の護衛を任されているのだが、アンドリューさんから信用されているのだろう。以前の護衛依頼でも先頭を任されたしな。
「異常無し、と」
前方進路に異常無しを確認したら、今度は振り返って後ろを見渡す。
エトナとアンドリューさんは、馬車の縁に腰掛けながら、並んでサンドイッチを頬張っている。
基本的に無口なエトナに、アンドリューさんの方から積極的に話しかけている。
あぁして見ると、孫娘が可愛くて仕方ない祖父って感じだな。実際、年齢差もそれくらいあるだろうし。
それを言うなら俺やアイリスも、アンドリューさんからしたら孫みたいなものか。
話し声は遠くて聞こえないが、時折アンドリューさんがいつもの「ハッハハッ!」と言う豪快な笑い声を上げているので、まぁ悪い雰囲気では無さそうだ。
アイリスとリーゼさんは、馬車から少し離れた場所にいる。
アイリスが、自分の【ホワイトナイト】スキルを扱えるようになるために、リーゼさんに魔術のイロハを乞うているらしい。そう言えばカイツールの図書館で魔術書を読もうと予定していたけど、アンドリューさんから商隊専属冒険者の契約を優先していたせいで、すっかり忘れていた。
それで、昼食休憩中にあぁして魔術の勉強と練習をしているのだ。
リーゼさんが、得意の闇属性や氷属性のエネルギー体を手のひらから出したり引っ込めたりして手本を見せて、アイリスもそれを真似しようとする。
俺は魔術に関してはからっきしだし、リーゼさんはいい講師役になってくれそうだ。
他の冒険者や商隊同行者も、各々食事をしながら思い思いの形で休んでいる。
周囲に危険も見当たらないし、空模様もよく晴れているので天候が崩れる心配も無いし、魔物や盗賊が現れたりしなければ、いい旅日和なんだがなぁ。
とかなんとか思いながら、サンドイッチを頬張っていると。
「……ん?」
前方からやや左斜め辺りに動くものが見えた。
バスケットをその場に置いて、背中のロングソードの柄に手を添えながら、その動くものを注視する。
あれは……スライムだな。
先んじて始末しておこうかと考えたが、どうもあのスライム、様子が妙だ。
通常なら群れを成しているスライムが、何故か一匹しかおらず、しかもなんだかフラフラした足取り……いや、こいつはぴょんぴょんと跳ねて動くから足取りでは無いんだが、ズルズルと足を引き摺るように不安定な歩みだ。
プキュゥ……となんだか元気の無い鳴き声を溢している。もしかして、群れからはぐれたのだろうか?
やがてスライムの点々とした目と視線がぶつかり、しかしスライムはすぐに視線を俺の足元――サンドイッチの入ったバスケットに向けている。
「……なんだお前、腹減ってるのか?」
群れからはぐれて、群れに戻ろうにも腹が減って足が鈍り、商隊と出会した、と言ったところか?
魔物だからと始末してしまうのは簡単だが……腹を空かせて弱っているだけのこいつをこの場で殺してしまうのは、なんかこう、気が引けるのだ。
――幸い、誰もスライムのことには気付いていない。
それを後ろ目で確かめてから、バスケットからサンドイッチを一枚取り出し、スライムの目の前に差し出してやる。
「ほら、これやるから食え」
キュ、とスライムは口を開けてサンドイッチに噛りついた。
もっちょもっちょしゃっくしゃっくと咀嚼音を立てながら、サンドイッチをパクついていく。なんかかわいいな。
食べ終えると、プッキュプッキュと満足そうに跳ねるスライム。
「分かった分かった、早く帰れ」
プキュ!とスライムは礼を言ったつもりなのか、さっきとは打って変わって軽快に茂みの中へ消えていく。
「やれやれ……」
人の営みに害を為さなければ、スライムもかわいいものなんだがな。
「何がやれやれなのかな?」
不意に、後ろから声をかけられたと思って振り向いたら、アイリスとリーゼさんがいた。
「リオさん、スライムにエサをあげていたのですか?」
どうやら俺の行動を見ていたらしく、アイリスがそう訊ねてきた。
「群れからはぐれて、腹も空かせてそうだったし、殺すのは忍びないと思ってな」
「あら、リオくんったら優しい♪」
横からからかうように笑うリーゼさん。
「まぁその、下手に見逃して食糧を漁られても困りますし、サンドイッチ一枚で済むなら安いもんです」
「ふふ、そう言うことにしておいてあげる」
「リオさんのそう言うところ、いいと思います」
リーゼさんとアイリスの二人から、なんか微妙に生暖かい目で見られてしまった。
とは言え、俺の分の食事を減らしてしまったので、おかわりを貰えるなら貰いに行くか……
――この時食べ物を分け与えてやったスライムとは、後に再会することになるのだが、それが全く予想していない形になるとは、この日の俺には思いもしなかったのだった――。




